第5話 ぱっつん少女だな - 4

文字数 4,012文字

「タエコ? タエコってなんだか日本風の名前に聞こえるんだけど、宇宙人なんだよね?」
 俺は空中に浮遊する巨大戦艦を()の当たりにして、この時点でミリアの言っていた事は全て真実なんだろうと確信した。
「半分は宇宙人です。母が地球の日本人で父が宇宙人のハーフです。タエコって名前は地球のお婆ちゃんが付けてくれました」
「へえー、地球人と宇宙人との出会いなんて、いったいどんな出会いだったのか想像もできないよなー……ああっ! 想像出来ちまったっ!! 君のお母さんはUFOにアブダクションされてっっ!!!」
「もー、何言ってるんですか。そんな訳ないでしょっ。お父さんは銀河連邦警察の警官で、その頃地球駐在所勤務だったからそこで二人は出会ったのよ」
「その頃って言うと、今は違うの?」
「わたしがまだ小さかった頃に他の星に転勤になって、今はまた別の星で勤務しているわ」
「じゃあ、えっとミリアさんは今は家族と離れて地球に来てるとか?」
「そう。地球から引っ越した頃の記憶はまだ小さかったからぼんやりとしか無いけど、お母さんの里帰りに一緒に付いて来てて、何度も来ているうちに地球のって言うか日本の文化が大好きになったから志願して地球で見習い警官をやっているの」
「日本の文化……『ディバイダ・ガール』が好きって言ってたけど、ひょっとしてオタク文化の事だったり?」
「そうっ、そうなのっオタク文化って素晴らしいわっ。最高ねっ。マンガもアニメもラノベもみいんな大好きっ。お婆ちゃんちに遊びに行ってた時、必ずお土産にマンガやアニメの円盤なんかを沢山買ってもらっていたわ」
「あ、俺もそういうの大好きで」
「あ、やっぱり? 『ディバイダ・ガール』買ってたもんね」
 『ディバイダ・ガール』を好きな奴のオタク率は統計学的に見て高いのだ。

「そういえばあなたの名前、まだ聞いてないんだけれど」
 俺は一瞬宇宙人に個人情報を開示しても大丈夫なのだろうかと思ったが、悪い人には見えないし、第一途轍もなく可愛いので速攻開示を決意する。カワイイは正義だっ!
「俺の名は『罰野(ばつの)場継(ばつ)』、一見平凡そうに見えるが、その実本当に平凡な一介の高校一年生さっ」
 俺は決め顔でポーズをキメる。きめーとか言わせない。
「あ、じゃあわたしと同じ歳なのね」
「へー、そうなんだ。確か本屋ではセーラー服姿だったけど、警察官見習いって学校へは通えてるの?」
「あのセーラー服は昔お母さんが着ていた物で、お婆ちゃんちに仕舞ってあったのを貰ったの。学校には通ってないけど、日本の女子高生の気分が味わいたくて。昔見たアニメに出ていたルーズソックスに憧れてたんだけど、今は流行ってなくて残念だわ」
 ルーズソックスって確か世紀末頃の流行だよな。再放送かレンタルででも観たのかな。
 やはりセーラー服がコスプレだったのではという俺の予想は当たっていたようだ。

「学校に通ってないって事は、中卒?」
「地球の感覚で言うと小卒かしら。暗記して覚えなくっちゃいけない事は学習装置で直接脳にインストールしちゃうから、後は応用問題とかスポーツやったり芸術に親しんだりとか関心のある分野の研究をしたりとか。これ大事なんだけど、みんなで一緒に遊ぶって事も」
 脳に直接って所はちょっと怖い気もするが、暗記しなくてもいいって所は凄く羨ましい。地球じゃ暗記する事が多すぎるよ。
「それから地球の高校か大学卒業ぐらいの年齢になったら、自分の適性に合った職業に就くの。わたしは地球が大好きだったから早く地球に来たくて、飛び級で警察官の見習いになったのよ」
 年齢的には女子高生警察官って事か。古典のヒット漫画に少年警察官ってのが有ったよなあ。カンケー無いけど。

「それでさっき付き合ってって言ってたけど」
 俺はもう既に理解していた。あの戦艦を見た瞬間から、あの戦艦まで付き合えという意味だという事を。
 愛の告白などされるはずもなかったのだ。また頭か心のどこかで何かが俺の思考を操作しやがったんだ。宝くじはハズレだったのだ。七等三百円ですら無かったのだ。
「ええ、罰野さんにはウインブレイバー、超時空戦闘要塞まで来て頂いて、罰野さんに融合している強化装甲の解析・分離を試させて欲しいの」
「もし分離出来なかったら?」
「銀河連邦警察の本部が在る星まで一緒に行ってもらう事になるわ」
 本部の星までってかー、いや、急にそんな事言われても……。『ディバイダ・ガール』の新刊読まなきゃならないし、DVD観なきゃならないし、カップ焼きそば食べなきゃならないし。困った。
 宇宙戦艦はとっても興味深いので、見学だけなら是非にもさせて頂きたいが、他の惑星までってのはちょっとなー。相手は宇宙人だしなー。ミリアみたいな人型宇宙人は大丈夫だけど、タコみたいな宇宙人とか虫みたいな宇宙人とかがニッコリ笑って出迎えてくれたら、俺は絶対気絶する自信がある。失禁する恐れも高い。脱糞するかもしれない。

「もし断ったら?」
 ミリアが持っていたゴツいスマホもどきがガシャガシャっと一瞬で変形して銃になった。
「ごめんなさい。SSS級の銀河広域指名手配犯をそのままには出来ないの」
 銃口は俺に向けられている。
「逃げないで下さいね。わたし、まだ銃は練習中だから腕とか足に当てる自信が無いの。お腹とか頭に当てちゃったらごめんなさい」
 いずれにせよ当てるのは前提ですか、そうですか。
「ミリアさんっ、落ち着いて下さいっ。腕がぷるぷるしてますよっ。暴発させないで下さいねっ」
「だ、大丈夫です。とどめはちゃんと刺しますからっ」
 これはイカン! 俺がアブナイ!
「あ、あのっ、ミリアさんっ。空に浮かんでる巨大戦艦、あんなのがいつ迄も浮かんでたら、ここら辺の地球人達が大騒ぎしちゃって困る事になりませんかっ。既に騒ぎ出してるかもですっ」
 俺はミリアの気持ちをなんとか落ち着かせようと話題を逸らす。
「それは大丈夫です。わたしを中心とした半径五メートルの範囲内でしか目視出来ないように光学ステルスを展開中ですから」
「え、本気(まじ)で? そんな魔法みたいな事が出来るの? 本気(まじ)で?」
本気(まじ)で。ほら、昔からよく聞くでしょ。高度に発達した科学は魔法と区別がつかないって言葉。そういう事よ」
「あ、なるほど。でもそれだと魔法じゃなくて魔術って言った方が正しいんじゃないのかなって思うんだけど」
「あ、出た出たっ。魔法と魔術の違いとか、オタはすーぐ言い出すんだからっ。うふふっ」
 ミリアは楽し気に笑う。銃口も下がる。ちょっと御機嫌良くなってくれたかな? オタ宇宙人で良かったよ。でも俺はオタじゃないよ。
 俺をオタ呼ばわりすると真のオタクの皆さんに対して失礼だろっ。不敬罪で死刑に処されても文句は言えんぞっ。百歩譲っても俺は熱狂的ファン止まりだよ。それもひっくるめてオタクって言うって? そんな奴は真のオタクの何たるかを知らない素人だ。

「じゃ、そゆことで! 用事があるから俺帰るよ。今日は楽しかった。さよならっ」
 俺はミリアにくるっと背を向けて帰ろうとする。
「フリーズっ!」
 爆発音と共に俺の足元のアスファルトが弾け飛び、大穴が空く。
 これは足元を狙った威嚇射撃なのか、足を狙って外れたのか、どっちだ?
 ヤバい! 俺は両手を上げて観念した。
「罰野場継さん、あなたを銀河連邦法によりその身柄を拘束します。私と一緒にウインブレイバー、超時空戦闘要塞までの同行をお願いします」
 うん、もうこうなったら覚悟を決めよう。ちゃちゃっと身体の中の物を除去してもらって家に帰ろう。帰る前に宇宙船内もちょっと見学させてもらおう。ここで除去出来ると信じよう。タコ星人には会いたくないしな……。



「……あれっ、今ふいに頭に浮かんだんだけど、罰野場継さんって名前、ずっと昔にどこかで聞いた覚えがあるような気が……」
「え?」
「どこでだったかなあ…………罰野場継さん……場継さん……バツさん……ばつ……ば…………ばっ…………く……んっ!!!!!!!!!」
「うわあああああっっ!!!!!!!!」
 その瞬間、物凄い衝撃波が身体を突き抜けて行った様な異様な感覚に襲われて俺は叫び声を上げた。
 大地が激しく揺れている。高速の振動で物がブレて見える。空が赤黒く渦巻いている。あちこちに稲妻が降り注いで火花を散らしている。光の明滅が激しい。視覚がおかしくなる。世界が反転している。ぐにゃぐにゃに捻じ曲がっている。吐き気を催す様な異常な感覚。
「何だ、何が起こったっ!」
 俺はとても立っていられずその場に(ひざまず)き、地面に両手をついて腕で身体を支えている。
「これは時空間振動波よっ。こんな大きな物は見た事がないっ。メーターを振り切ってるわっ」
 ミリアも地面に倒れ込み、銃形態から元に戻したスマホもどきに目をやっている。
「何かが来るっ!」
「えっ、何か? 何かって何っ? 来るって何っ?」
 俺は異常な状況の中、倒れ込まない様に身体を支え続けるので精一杯だった。



 突然、静寂が訪れた。まるでさっきまでの出来事が嘘だったかのようだ。先程までの激しい轟音で耳がおかしくなっているせいか、なんの物音も聞こえない静寂の世界だ。
 その静寂にビシっと、分厚い硝子が割れるかのような重々しい音が響き渡る。目の前に亀裂が走る。何もない空間に亀裂が走る。
 その亀裂はビキビキと鈍い音を立てながら一気に四方八方へと広がり、そして勢いよく粉々に砕け散る。空中にキラキラと煌めきながら消えて行く。砕け散った空間の内部は虹色の光と漆黒の闇とが混ざり合うように(うごめ)き、ゆっくりと渦巻いていた。




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