第6話 プッツン少女かよ - 1
文字数 3,869文字
割れた空間の内部に人影が見える。虹色の逆光と緩やかに渦巻く暗黒物質のせいでその姿は朧 げだが、人間であろう事は確認出来る。
その人影はオーラのように全身に漆黒の闇を纏 わり付かせ、口からも闇を吐き出しながらゆっくりとした重々しい足取りでこちらに向かって歩を進めて来る。
「割れた空間の中に化け物じみた奴が居るんだが、こいつはいったい何なんだ?」
俺は先程の、この世の終わりか? 地獄の光景か? みたいな異常な出来事で精神力を使い果たし、不思議とけっこう冷静にこの光景を眺めている。隣のミリアが何とかしてくれそうな気もするしな。
「次元の壁が破壊されたって事は確実に言えるけど、さっきの強烈な時空振で分析器 がフリーズしちゃってそれ以上の事は何も分からないわ」
ミリアはちゃかちゃかとスマホもどきをいじくり回し、再起動させようとしている。
人の形をした闇がこの世界に重々しく一歩を踏み出す。踏みしめた足に纏わり付いていた闇が周囲に四散する。身体から立ち昇る漆黒の闇は空気を浸食するかのように放たれ続けている。
もう一歩踏み出した瞬間、そいつは突然両膝を折り両手を地面に着いた。
「ぶははーっ、げほげほっ、げふげぼげはっ」
そいつは激しく咳込む。
「あううーーっ苦しいっ、げほっ。不完全燃焼した魔力の燃えカスを大量に吸い込んじゃったわっ。げふっ、煙くて前が全然見えないしっ、げほっ、ちょっと失敗っ、げほげほ、でも成功っ、けほっ、ちゃんと一人でっ、けふっ、次元の壁を突破できたわっ、ぶふっ、ササラってやっぱ天才っ! けほほほっ!」
「魔力とか言ってるけど」
「言ってるわね」
「次元の壁を突破できたとも言ってるけど」
「言ってるわね」
「こいつ一人が自力で次元の壁を突破して出て来たって事か?」
「そう言ってるわね。とても信じられる事じゃないけど」
四つん這いでケホケホやっている人物は、膝丈程の濃いグレーの袖無しのローブみたいな物を着て、頭からすっぽりとフードを被っている。なんだか映画に出て来るなんとかの騎士か、なにぽたの魔法使いが着ているような服だ。魔力なんて言ってるしな。
そいつはローブのでかいポケットからガサゴソと何かを取り出すと口に当てた。何やら変わった素材で奇妙な形をした、携帯用の酸素ボンベみたいにも見える物でスーハーしている。
「ああああーっ、生き返るっ! 只の酸素のくせして、なんて美味しいのっ! そうだっ! これに後でイチゴ味を付けてみようっと! きっともっと美味しい酸素になるよねっ、やっぱりササラって天才っ!」
イチゴ味の酸素ってどうかと思うが。
小学生くらいの少女に見えるそいつは、スーハーしながらゆっくりと顔を上げた。ピタっと固まる。俺と目が合ったのだ。目は真ん丸に見開かれている。
「なっなななななっ! 異世界人っ!」
そいつは勢いよく後ろに反り返って尻餅をつくと、そのままの体制で後ろにカサカサっと後ずさる。
器用だな、おい。スカートの中見えてんぞ。で、異世界人って俺の事か?
その小学生はフードを外してガバっと勢いよく立ち上がると、捻じくれた木の指揮棒みたいな物を構えて俺達を睨みつける。
指揮棒みたいな奴はもしかすると魔法のステッキとかなのか? そんならもっとキラキラの可愛らしいやつにしろよ。
着ている物は、まあ、異世界人っぽくはあるかも知れない。本日二人目のコスプレ大会だ。
でかいポケットがやたらと付いたローブ。異国風のカラフルなミニスカ衣装にバックスキンっぽいブーツ。右横でひと房 結んだ肩までの長さの赤毛の髪。その髪の結び目のふわふわとした羽の髪飾りが春風に揺れている。首からはレトロ風な大きめの鍵を下げている。昔の漫画で見た『鍵っ子』ってやつみたいだな。
そして、なんと言っても特徴的なのは、首に嵌 まっている厚くて黒くて太くてでっかい首輪だ。薄い突起状の物が幾つも付いている。首からは大きく隙間が空いていて、首の動きには支障は無いんだろうが、重くはないんだろうか?
「お前、ササラって言うのか?」
小学生に向かって俺が尋ねる。
「なっなななななっ! なぜササラの名前を知っているっ! 頭の中を読めるのかっ!」
「お前さっき二回程大声で独り言を言ってたぞ」
「独り言なんて言ってないもんっ!」
いや、言ってたし。あんな大声で。無自覚なんか?
「手に持ってるのは魔法のステッキか?」
「そうだっ、聖なる魔法樹の大木からササラが命懸けで取って来た超一級品だぞっ! 捻じれた魔法樹の枝は魔力増大効果がすんごいんだっ! 滅多に見つからない超貴重品なんだぞっ! どうだっ欲しいだろっ、すごいだろっ」
いや、別に欲しくは無いが、凄い物なんだろう。魔法少女ならもっと可愛い奴にしろと言いたかったがやめとこう。
「首に嵌めてるでっかい首輪は重くないのか?」
「これは竜の鱗とミスリルその他を混ぜた魔法超合金だから羽より軽くて丈夫なんだ」
へー、そんなもんか。軽いならいい。肩こりの心配は無さそうだ。
これはどうやら異世界の魔法の国からやって来た魔法小学生って事で決まりなのかな。
そういやこの異世界小学生と普通に会話が出来てるんだが、俺達の言語と同じなのか? まあ、その辺は魔法でどうにかしてそうな気もするから会話さえ出来ればそこは問題じゃ無いか。
「お前、異世界人なのか?」
「異世界人はお前だーっ」
「いや、お前だろ。次元の壁を越えて異世界からやって来たんだろ?」
「それって宇宙人から見たら地球人も宇宙人だよって言うのとおんなじよね」
ミリアが口を挟む。まあ、そりゃそうだがそう呼ばれると違和感あるじゃん。
「えっと、お前って呼び合うのもなんだし自己紹介するぞ。俺の名は『罰野 場継 』、一見平凡そうに見えるが、その実本当に平凡な一介の高校一年生さっ。お兄ちゃんって呼んでくれてもかまわないよ」
俺は決め顔でポーズをキメる。きめーとか言わせない。
「じゃあ、バツって呼ぶよ。ササラは、大魔法使いアングリーズ・マーリンの最後の孫にして最後の弟子、千年に一人の大天才魔法使い、ササラ・サラザリ・マーリンだ」
ササラも決め顔でポーズをキメる。
う、カワイイじゃないか。俺の中の眠れるロ×コ×の血が騒ぎ出したらどうすんだ! しかし、呼び捨てかよ、名前。まあいいけど。
「わたしの名前はミリアリア・タエコ・ルラララよ。ミリアかタエコって呼んでね。ササラちゃんは歳は幾つ? 次元の壁を自分で壊して一人でやって来たっていうのは本当なのかな? いったいどうやって?」
「歳は十一だ。ササラは千年に一人の天才魔法使いだからなっ。もちろん一人でだ。ササラの大魔法で壁を壊して、はるばるこの異世界までやって来たのだっ。凄いだろっ。ササラは天才だからなっ、エッヘン」
異世界小学生ササラは腰に両手を当てて胸を張ってドヤ顔で答える。やたらと天才を強調する。
「この子の言っている事が本当なら、魔法で次元の壁を突破して来たなんて驚愕の事実だわ。次元の壁に守られた平行世界からこちら側にやって来るなんて、そんなに容易な事じゃないのに。それをこんな幼い子が。もしかして外見は幼くても実際は歳を取ってるのかと思ったら十一って、ますます信じられない」
ミリアが当惑しているのが伝わってくる。きっと凄い事なんだろう。俺にはよくわからんが。
まあ、異世界の一年がこの世界の一年と同じだとは限らんしな。こちらの一年があちらの十年だという事も無いとは言えんだろうし。でも、見かけはこちらの十一歳と同じぐらいには見える。
俺はその時不意に思い出した。通学バッグの中に、ある物が入っている事を。
昨日の学校帰りに母親から一等当てて来いと渡された券で商店街の福引をやり見事大当たり四等賞で貰った、丸くって小っちゃくって三角な飴が入っている事を。小学生には甘い物だよな、やっぱ。
俺は餌付けを試みる。
「おい、ササラ、飴舐めるか?」
「アメ? アメって甘いやつか? お菓子か? ササラにくれるのか?」
顔をキラッキラさせている。小学生には甘い物だよな、やっぱ。
まあ、知らない人から物を貰っちゃいけないんだけどな、本当は。でも凄く嬉しそうな顔だ。甘い物が大好きなんだろうな。
俺はバッグの中から飴の袋を取り出し、ササラの小っちゃい手の平に一つ渡す。
その時突然、ササラの胸ポケットの辺りからピココーンっピココーンと激しい警告音のようなものが鳴り響く。
防犯ブザー?! 違うんだっ俺は何もやってないっ! 違うんだおまわりさんっ、信じてくれっ!!
ササラは急いで胸ポケットからコンパクトに似た円形の物体を取り出した。表面には魔法陣っぽい模様が刻まれている。ガラスの表面に映る三角の矢印は俺の方を向いてせわしない点滅を繰り返す。激しい警告音は鳴りやまない。
「なっ! お前、お前がそうなのかっ!」
ササラは驚愕の表情で俺を見る。そのプニプニとした右のほっぺは小さくプクっと膨らんでいる。さっきの飴が入っているようだ。
あれ? ついさっきもこんな感じのパターンを経験したぞ?
隣に立つミリアは再起動出来たらしいゴツいスマホもどきを手にして、複雑そうな表情でササラを見つめている。
その人影はオーラのように全身に漆黒の闇を
「割れた空間の中に化け物じみた奴が居るんだが、こいつはいったい何なんだ?」
俺は先程の、この世の終わりか? 地獄の光景か? みたいな異常な出来事で精神力を使い果たし、不思議とけっこう冷静にこの光景を眺めている。隣のミリアが何とかしてくれそうな気もするしな。
「次元の壁が破壊されたって事は確実に言えるけど、さっきの強烈な時空振で
ミリアはちゃかちゃかとスマホもどきをいじくり回し、再起動させようとしている。
人の形をした闇がこの世界に重々しく一歩を踏み出す。踏みしめた足に纏わり付いていた闇が周囲に四散する。身体から立ち昇る漆黒の闇は空気を浸食するかのように放たれ続けている。
もう一歩踏み出した瞬間、そいつは突然両膝を折り両手を地面に着いた。
「ぶははーっ、げほげほっ、げふげぼげはっ」
そいつは激しく咳込む。
「あううーーっ苦しいっ、げほっ。不完全燃焼した魔力の燃えカスを大量に吸い込んじゃったわっ。げふっ、煙くて前が全然見えないしっ、げほっ、ちょっと失敗っ、げほげほ、でも成功っ、けほっ、ちゃんと一人でっ、けふっ、次元の壁を突破できたわっ、ぶふっ、ササラってやっぱ天才っ! けほほほっ!」
「魔力とか言ってるけど」
「言ってるわね」
「次元の壁を突破できたとも言ってるけど」
「言ってるわね」
「こいつ一人が自力で次元の壁を突破して出て来たって事か?」
「そう言ってるわね。とても信じられる事じゃないけど」
四つん這いでケホケホやっている人物は、膝丈程の濃いグレーの袖無しのローブみたいな物を着て、頭からすっぽりとフードを被っている。なんだか映画に出て来るなんとかの騎士か、なにぽたの魔法使いが着ているような服だ。魔力なんて言ってるしな。
そいつはローブのでかいポケットからガサゴソと何かを取り出すと口に当てた。何やら変わった素材で奇妙な形をした、携帯用の酸素ボンベみたいにも見える物でスーハーしている。
「ああああーっ、生き返るっ! 只の酸素のくせして、なんて美味しいのっ! そうだっ! これに後でイチゴ味を付けてみようっと! きっともっと美味しい酸素になるよねっ、やっぱりササラって天才っ!」
イチゴ味の酸素ってどうかと思うが。
小学生くらいの少女に見えるそいつは、スーハーしながらゆっくりと顔を上げた。ピタっと固まる。俺と目が合ったのだ。目は真ん丸に見開かれている。
「なっなななななっ! 異世界人っ!」
そいつは勢いよく後ろに反り返って尻餅をつくと、そのままの体制で後ろにカサカサっと後ずさる。
器用だな、おい。スカートの中見えてんぞ。で、異世界人って俺の事か?
その小学生はフードを外してガバっと勢いよく立ち上がると、捻じくれた木の指揮棒みたいな物を構えて俺達を睨みつける。
指揮棒みたいな奴はもしかすると魔法のステッキとかなのか? そんならもっとキラキラの可愛らしいやつにしろよ。
着ている物は、まあ、異世界人っぽくはあるかも知れない。本日二人目のコスプレ大会だ。
でかいポケットがやたらと付いたローブ。異国風のカラフルなミニスカ衣装にバックスキンっぽいブーツ。右横でひと
そして、なんと言っても特徴的なのは、首に
「お前、ササラって言うのか?」
小学生に向かって俺が尋ねる。
「なっなななななっ! なぜササラの名前を知っているっ! 頭の中を読めるのかっ!」
「お前さっき二回程大声で独り言を言ってたぞ」
「独り言なんて言ってないもんっ!」
いや、言ってたし。あんな大声で。無自覚なんか?
「手に持ってるのは魔法のステッキか?」
「そうだっ、聖なる魔法樹の大木からササラが命懸けで取って来た超一級品だぞっ! 捻じれた魔法樹の枝は魔力増大効果がすんごいんだっ! 滅多に見つからない超貴重品なんだぞっ! どうだっ欲しいだろっ、すごいだろっ」
いや、別に欲しくは無いが、凄い物なんだろう。魔法少女ならもっと可愛い奴にしろと言いたかったがやめとこう。
「首に嵌めてるでっかい首輪は重くないのか?」
「これは竜の鱗とミスリルその他を混ぜた魔法超合金だから羽より軽くて丈夫なんだ」
へー、そんなもんか。軽いならいい。肩こりの心配は無さそうだ。
これはどうやら異世界の魔法の国からやって来た魔法小学生って事で決まりなのかな。
そういやこの異世界小学生と普通に会話が出来てるんだが、俺達の言語と同じなのか? まあ、その辺は魔法でどうにかしてそうな気もするから会話さえ出来ればそこは問題じゃ無いか。
「お前、異世界人なのか?」
「異世界人はお前だーっ」
「いや、お前だろ。次元の壁を越えて異世界からやって来たんだろ?」
「それって宇宙人から見たら地球人も宇宙人だよって言うのとおんなじよね」
ミリアが口を挟む。まあ、そりゃそうだがそう呼ばれると違和感あるじゃん。
「えっと、お前って呼び合うのもなんだし自己紹介するぞ。俺の名は『
俺は決め顔でポーズをキメる。きめーとか言わせない。
「じゃあ、バツって呼ぶよ。ササラは、大魔法使いアングリーズ・マーリンの最後の孫にして最後の弟子、千年に一人の大天才魔法使い、ササラ・サラザリ・マーリンだ」
ササラも決め顔でポーズをキメる。
う、カワイイじゃないか。俺の中の眠れるロ×コ×の血が騒ぎ出したらどうすんだ! しかし、呼び捨てかよ、名前。まあいいけど。
「わたしの名前はミリアリア・タエコ・ルラララよ。ミリアかタエコって呼んでね。ササラちゃんは歳は幾つ? 次元の壁を自分で壊して一人でやって来たっていうのは本当なのかな? いったいどうやって?」
「歳は十一だ。ササラは千年に一人の天才魔法使いだからなっ。もちろん一人でだ。ササラの大魔法で壁を壊して、はるばるこの異世界までやって来たのだっ。凄いだろっ。ササラは天才だからなっ、エッヘン」
異世界小学生ササラは腰に両手を当てて胸を張ってドヤ顔で答える。やたらと天才を強調する。
「この子の言っている事が本当なら、魔法で次元の壁を突破して来たなんて驚愕の事実だわ。次元の壁に守られた平行世界からこちら側にやって来るなんて、そんなに容易な事じゃないのに。それをこんな幼い子が。もしかして外見は幼くても実際は歳を取ってるのかと思ったら十一って、ますます信じられない」
ミリアが当惑しているのが伝わってくる。きっと凄い事なんだろう。俺にはよくわからんが。
まあ、異世界の一年がこの世界の一年と同じだとは限らんしな。こちらの一年があちらの十年だという事も無いとは言えんだろうし。でも、見かけはこちらの十一歳と同じぐらいには見える。
俺はその時不意に思い出した。通学バッグの中に、ある物が入っている事を。
昨日の学校帰りに母親から一等当てて来いと渡された券で商店街の福引をやり見事大当たり四等賞で貰った、丸くって小っちゃくって三角な飴が入っている事を。小学生には甘い物だよな、やっぱ。
俺は餌付けを試みる。
「おい、ササラ、飴舐めるか?」
「アメ? アメって甘いやつか? お菓子か? ササラにくれるのか?」
顔をキラッキラさせている。小学生には甘い物だよな、やっぱ。
まあ、知らない人から物を貰っちゃいけないんだけどな、本当は。でも凄く嬉しそうな顔だ。甘い物が大好きなんだろうな。
俺はバッグの中から飴の袋を取り出し、ササラの小っちゃい手の平に一つ渡す。
その時突然、ササラの胸ポケットの辺りからピココーンっピココーンと激しい警告音のようなものが鳴り響く。
防犯ブザー?! 違うんだっ俺は何もやってないっ! 違うんだおまわりさんっ、信じてくれっ!!
ササラは急いで胸ポケットからコンパクトに似た円形の物体を取り出した。表面には魔法陣っぽい模様が刻まれている。ガラスの表面に映る三角の矢印は俺の方を向いてせわしない点滅を繰り返す。激しい警告音は鳴りやまない。
「なっ! お前、お前がそうなのかっ!」
ササラは驚愕の表情で俺を見る。そのプニプニとした右のほっぺは小さくプクっと膨らんでいる。さっきの飴が入っているようだ。
あれ? ついさっきもこんな感じのパターンを経験したぞ?
隣に立つミリアは再起動出来たらしいゴツいスマホもどきを手にして、複雑そうな表情でササラを見つめている。