第7話 マニアック・ファーストキス

文字数 2,728文字


 気持ちのいい初夏の風がふいている。
空は抜けるような青空で……だけど俺の心は曇り空。
俺は笹賀内(ささがない)太郎丸(たろうまる)
自己紹介をすると太郎に丸ってなんだよ、って言われ続けて17年。漁船? とか。
俺も、そう思う。
頭痛が痛い、みたいな感じ?

 俺はN高校に通う、ごく普通の高校生。
おじいちゃんが道場を開いていて、ちょっと腕に覚えがあるのと、背が高くてカッコいい。よく言われるから、そうなんだろうな。女の子にきゃーきゃー言われることも多いし。
お姉ちゃんから「女には優しく! 」って厳しく言われてきたから、お姉ちゃんに言われた通りにしてるだけなんだけど。

 やっぱり女の子って笑うとかわいいなぁ。
女は愛嬌、男は度胸、ってお姉ちゃんがよく言って、真冬に池の氷の上を歩かされたり、(もちろん氷は割れて池に落ちた。そして、お兄ちゃんのせいにされた。)登っちゃいけないって言われてた木に一緒にのぼって俺だけ落ちたりしたけれど、女の子ってかわいいなぁ。笑うと本当にかわいい。

 で、女の子には笑顔を向けてもらえる俺なんだけど、たぶん初めてかなぁ?
ゴミっていうか虫? あの黒い悪魔の虫に向ける目の方が優しいんじゃないかってくらい冷たい目で見られるんだよね。

 その子は同じクラスのさみちゃん。時野(ときの)さみって言う4月からの転校生。
レンズの大きい太い黒ぶち眼鏡をかけて、いっつも下を向いて、気がつけば隅のほうにいるし、話しかけても、せいぜい返ってくるのは一言。
それで会話は終了〜! みたいな、おとなしい子だから、同じクラスにいることも知らない人が多そうな子。

 でも、泥だらけになって子供のおもちゃを探してあげたり、木にのぼって、おりられなくなったペットのネコをおろしてあげたり。
何度か町で見かけて、だけど声はかけられなかった。
俺が自己紹介で名前を言った時に笑ったりもしなかったし。

 放課後に、さみちゃんと、ふたりっきりで話す機会があったんだけど、それからなんだよなぁ……。
なんか、俺が最近、意識を失うことが多くて、病院に行っても異常はないんだけど。
俺が初めて、その症状が出た時になにかしたかなぁ?
それまでは、あんな風に冷たくされなかったのに。仲良くなれそうだったのに、悲しい。

 女の子はおしゃれのために、ほとんどの子が短くしている制服のスカートも、かたくなに長いままだけど、そこから見える範囲でのびた足も細くて、でも細すぎなくて、きれいだし。黒い靴下に隠れて見えないけれど、きゅっとしまった足首。それにつん、と盛り上がったお尻。スタイルいいと思う。胸はちょっと控えめかもしれないけれど、三つ編みおさげにしている髪も艶があってきれいだし。お姉ちゃんみたいにおろしてほしいなぁ。

 ……ってダメだ。ダメだ。ダメだ。
そういう目で見ちゃダメだ。
もしかして気づかれてるのかなぁ……。
いつもじゃなくて、いつもじゃなくて!
たまに! 本当に! たまに、ちょっとだけ!
ドキドキしちゃうだけなんだけど。

 なんか、こう……最近、さみちゃんへの具体的な「想像」がとまらない。夜に(はかど)ってたまらない。「想像」は、まるで実際に見たかのように。そんなはずはないんだけど。

 そういえば先週にタキシードに仮面をつけたダンスでもしそうな人と話してたみたいだけど、あの人って誰だろう?
俺へと態度が全然違ったし、もしかして恋人なのかなぁ?
一緒にダンスを踊ったり、そのあとはもしかして……いやいやいや。朝から考えちゃダメだ!

 この間も、その前も休みの日に、さみちゃんに会えて、ちょっと嬉しかったけれど。
また日夏(ひなつ)と遊んだりしないかな。
日夏(ひなつ)を間に挟んで仲良くなれたら嬉しいな。
さみちゃんは俺にとって、ちょっと気になるメガネをとったら絶対にかわいい! 子。
メガネとったところ、近くで見てみたいなぁ。



 今日もおはよう、とあいさつしたら、ゴミでも、いや、ゴミを見る方が優しいだろうなって目で、あいさつだけは、きちんと返してくれた。悲しい。俺、何かしたかなぁ……。
あ、そうだ。クラスの子から「時野(ときの)さんと話す時は私を通して」って言われたんだけど、どういうことか詳しくきけないままだ。俺と話すの恥ずかしいって言ってたけど、絶対に違うよね?
嫌われるようなことしたんなら謝りたいなぁ。



 緊急の職員会議で自習となり、さみは図書室にいた。暑すぎず、寒すぎず気持ちがいい。ほかのクラスメイトたちはグラウンドでサッカーや教室でおしゃべり、皆、思うように過ごしている。
さみは昨日はむしゃくしゃして夜にレンタルDVDざんまいだったため眠かった。
そのために図書室に来たのだ。
 図書委員が座るカウンター内の座り心地のいい椅子を占拠して枕がわりに辞書をつみ、そのままでは痛いからタオルハンカチをしく。
地味子(じみこ)として、ひとりを満喫するため、彼女の準備はばっちりだ。
さみは窓からの気持ちのいい風を感じながら目を閉じた。すぐに眠りに落ちる。
だから、気がつかなかった。
がらりとドアが開き太郎丸(たろうまる)が入ってきたのを。


 あ、いた。ここだったんだ。トイレって言ってサッカーぬけたから、あんまり話せないと思ったけど。どうしよう。
気持ちよさそうだなぁ。
つるつるの白い肌。柔らかそうなほっぺ。
ぷるんとして、きれいな色のかわいいくちびる。メガネが邪魔だ。もっと見たい(、、、、、、)



〈カウント・スタート〉

魔法が発動したが太郎丸(たろうまる)にそれはわからない。

〈スリー〉

〈ツー〉

〈ワン〉

〈ゼロ〉


まばゆい光がさみを包む。ぐっすりと眠っている彼女は気がつかない。光がおさまると、さみはメガネがなくなり学校指定の靴下が黒から白に変わっていた。
太郎丸(たろうまる)は何度も、まばたきを繰り返す。


 これはなんだろう。外の音がきこえなくなった。やっぱり、かわいい!
きれいだなぁ。まつげが長くって……。
さわってみたい。さわってー。


太郎丸(たろうまる)は、さみのくちびるに指でふれ、その柔らかさに熱い息をもらした。たまらず、自分のくちびるを重ねる。
さみが小さく声をもらして身をよじった。
途端、我に返り彼は逃げ出した。
がらりとドアが閉まる。


〈カウントエンド〉


魔法が解ける。
さみはまた光に包まれる。光がおさまると彼女はまたメガネをかけており靴下は黒に戻っていた。だが、それを見ているものは誰もいなかった。


続く
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