第14話 マニアック・シャウティング
文字数 5,692文字
夏休みが始まった。暑さをさけて、さらに早朝になったさみの日課のジョギングに、なぜお前がいる
最初はびっくりしたさみも人懐っこい態度の
さみ。言ったよね? 君のドキドキは勘違いだと。ラブカウントが発動した時に
ジョギングを終えてリビングで課題を始めたさみの横で僕は何度目かわからない苦言を呈した。
おっと。僕はバット。「魔法少女ミラクルらぶりん」である、さみの相棒さ!
いつもはさみのバッグについているキュートな毛玉のマスコットとして過ごしているけれど、さみが魔法の力を取り戻した今は丸い体に羽根と尻尾をもった、これまたキュートな姿になっている。
「バット。うるさい」
苦手な数学に取り組んでいるさみは不機嫌さを露わにして僕に言い放つ。
やれやれ。図書館はまだ始まらない。
さみは高校では
だって、さみは欲情されたら後遺魔法「ラブカウント」が発動し、相手の欲望を叶えた姿になってしまうからだ。
そのため赤点は取るわけにはいかない。教師からも印象に残らないように75点くらいで教室の隅にいても気づかれないくらいでなくては。
さみにとって数学を75点にするのは少々、難しい。
と、いうわけで夏休みに入ってからさみはもっぱら図書館で過ごしている。
今日も僕はさみのバッグにぶら下がりながら図書館に向かった。
お昼になり、持ってきたお弁当を飲食スペースで食べる。こっそりと僕も。
さみが、お手洗いに行くと誰もいなかった。
手を洗う彼女に僕は小声で話しかける。
「明日も
「え?! ……うん。走る道が一緒だから」
「前はあんなに毛嫌いしてたのに、ずいぶんと優しいじゃないか」
「あのね、バット」
さみはハンカチで手を拭きながら言う。
「もうずっと『ラブカウント』も発動してないし……。
僕はどきどきしながら、さみの言葉を待った。
「友達と話すのって、あんな感じなんだね!」
ああ、よかった。なんだ、そういうことか。思えば魔法少女ミラクルらぶりんとして平和のために戦ってきたさみは友達がいなかった。
かつての悪の組織構成員が現在、判明しているだけで6分の3、50%を占めている。おそらく彼の身内100%。
勇気どころの話ではない。
そして、
そう思ったけれど、人が来たため僕は黙るしかなかった。
しかし、本当に
彼はもしかしたら彼女でも出来たのだろうか?
「お兄。折り入って相談がある」
「何だ?」
読書をしながら紅茶を飲んでいた
「
スマホの画面を見せた
「汚いっ! スマホを弁償しろっ! バカお兄!」
騒ぎ立てる
「バカはお前だ」
「弟を心配している私のどこがバカだ!」
「
「お兄は
「どっちだ。かわいい弟のプライバシーを守るためだ」
「へぇ。かわいい妹もいて両手に花だな」
ふふん、と胸をはる
午後4時になり、さみは帰ることにした。数学の出来は芳しくない。
僕が教えてあげたいんだけど難しい。
人間は大変だなぁ。
暑さでゆだりそうな中を家路についていると、まだ明るい空が徐々に暗くなり……おかしい。早すぎる。空は端から暗闇が広がっていき、あっという間にあたりは闇に包まれた。夜が来たのだ。夜はーー魔女の時間。
ぞくり、とするほど寒くなる。
耳をふさぎたくなるような笑い声に目を向けると箒の先から黒いもやを飛行機雲のように残しながらトォバァジャが飛んでいる。
黒いもやはゆっくりと空から降りてきて人々に降りそそいだ。
あれは……「魔女の邪悪さ」だ。
あれにふれたら魔法の使えない人間は、あっという間に悪意に満ちた気持ちに侵され、人によってはモンスターを生み出す。
「魔女の邪悪さ」は無尽蔵に湧き続ける。だからこそ、トォバァジャは「魔女」なのだ。
「大変!」
さみが変身しようとしたその時、誰かが彼女に声をかけてきた。
「……
誰かって
「
「走ってたんだけど……あれって」
空に目を向ける
「あっ!」
さみが声をあげると同時にきこえてきた。
〈カウント・スタート〉
はい、きました。
〈スリー〉
ん?
〈ツー〉
なんだい?
〈ワン〉
君はどうして
〈ゼロ〉
そんなにつらそうな顔をしているの?
意味がわからないよ
まばゆい光が
彼女はにっこりと笑って言う。
「魔法少女ミラクルらぶりん!」
ああああっ! 眩しすぎて見ていられない!
嬉しさとむらむらが湧き上がって胸がいっぱいになる反面、どうしようもないくらい自分が恥ずかしくて、嫌悪したくなる。
毎朝、一緒に、たまたまコースが同じだから走ってくれるだけの優しい子なのに、むらむらしている自分が情けない。
恥ずかしい。本当に、白い靴下が眩しすぎて見ていられない。まるで輝いているようだ。まさに天使。
そう、天使。だから汚してはいけないんだ。
だから、だから、むらむらしないようにしてたというのに、こんなところで会ってしまったら不意打ちすぎる。
純白の靴下をもつ天使になられては冷静でいられない!
「そこは羽だよね?」
……誰の声だろう? 生足を恥ずかしがっていて、たまらなくかわいい
「うわっ! 気持ち悪いっ!」
「君に言われたくないよ。初めましてかな?
「初めまして。ごめんなさい」
口の中が鮮やかな赤すぎて気持ち悪かったけれどバットはなんだか気さくに話しかけてきた。
「そうかなぁ? 健康的だろう?」
え? まさか。まさか……。
バットの赤い瞳がキラリと輝いたような気がした。
「そうとも。僕のこのデザートアイはお見通しさ」
赤かった自分の顔が、さっと青ざめたのがわかる。思わずもらした悪魔、という言葉にバットは穏やかに笑う。
「やだなぁ。本当のことを言っても、なんにもならないよ」
夏というには涼しすぎて、冬というには暖かすぎる頃。
少女は赤茶色の落ち葉の上にスカートをふわりと広げて座っていた。彼女に人形のように表情はなく、人形のように美しい顔をしている。服も人形が着せられるもののようだ。
どうしたの、ときく僕に彼女は言った。虫が死んだ、とガラス玉のようにきれいな瞳で。
その瞳には何もなかった。僕がいつも受けていた嫌悪や恐怖、憎悪、それすらも。
「君は欲しいものがある?」
僕に彼女は何もない、とこたえる。
僕は思った。この子が笑ったところが見たい、と。それはどんなに愛らしいのだろう。
「……魔法をかけてあげる。君は今日から『ミラクルらぶりん』だ」
あの日から始まった。魔法をかけたのだ。
笑わなかった少女、
ふむふむ。朝の逢瀬でむらむらをおさえるために君は毎朝、努力をしていたんだね。それでも夕方には復活するとは若さだなぁ。
あ、大変だ。デザートアイの時間が切れる。
「さみ」
「何? バット」
「
「え? でも……」
僕はさみの腰にぶら下がりながら、にこりと微笑んだ。
「大丈夫! 魔女もいなくなったし、彼も冷静だよ。ねえ?
僕がちらりと彼を見ると
「じゃあ……また明日」
それって友達に対する笑い方なの? という言葉をのみこんで僕はさみを見送った。
「
びくり、と
「あの……バットさん」
「バットでかまないよ。僕も君を
「はい。それじゃあ、バット。
「おやおや。ずいぶんと殊勝になったもんだね。君は今まで何度も無遠慮にさみに欲情していたというのに」
「なぜか知らないけれど、
ふむ。今までラブカウントが発動した時の
「
「そんなのあたりまえじゃないか!
「天使だから」
僕は握手をするかわりに彼の指を口に含んだ。
「うひゃあっ! 俺、おいしくないよ!」
「はほーはう(
僕は彼のまずい指をぺっと吐き出して続ける。
「君はよくわかっている!」
「ありがとうございます!」
「そうだよ、さみはみんなの天使なんだ。僕は君を許そう」
「ありがとうございます!」
「さみは君をよき友人だと思っている」
「そうなんだ。嬉しいなぁっ!」
「だから、これからも、ひとりで励みたまえ。天使を汚してはいけないんだ」
「……はい」
おや? なんだい、その悲しそうな顔は。
「あの、ところで、どうして
「魔法だよ」
「魔法?!」
だから僕はいつもの言葉を言う。
「この世には奇跡も魔法もあるんだよ」
〈カウント・エンド〉
ああ、さみが家に帰ったんだ。
僕はぱかりと口を開いた。
「うわっ!」
「やあ。はじめまして。僕はバット」
さみの住むマンションに向かう道すがら、僕は
さみは実は「ミラクルらぶりん」であるということ、さみは友達がいなかったので初めてできた友達の
後遺魔法「ラブカウント」を発動させた相手、つまりさみに欲情した者は「ラブカウント」がカウント・エンドされると発動中の記憶が、とてもあいまいなものになる。
言うなれば夢。しかし夢というのは深層心理に刻まれるものだ。
だから。だから僕は繰り返す。
さみは
彼女にとって「初めての友達」として特別だ、と。
彼の心の奥底に刻みつけるのだ。
そう、僕は悪魔なのだ。
僕はバット。さみの相棒さ。
続く
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