第8話 マニアック・クイーン
文字数 5,937文字
今日はお休み。ジョギング日和!
私は足取り軽く公園を走り抜けていく。
ここは人気のない山すその自然公園だ。
電車を乗り継ぐこと5駅。
田舎の方にあるし地元の人たちも滅多に来ない。来るとしても早朝。今はもうすぐお昼。
そう、誰もいない。私は自由だ!
走るたびにウェストポーチにつけたバットがゆらゆら揺れている。
バットは魔法少女だった私の相棒。
今でも大切な友だち。ぱっと見は毛玉のぬいぐるみだけど。
ひととおり走り終えた私は木のベンチで休憩することにした。
私は今、魔法が使えない。でも物理魔法を使うために、こうして体をきたえておかなくてはいけないのだ。
ジョギングは趣味と実益をかねている。
体を動かすのは昔から好きだし気持ちがいい。
誰にも見られず、のびのびできる。
ここは私のお気に入りの場所。
「
うわ、でた。
私、今なら、きっと、あの黒い悪魔の虫にも優しく笑える気がする。
なんでこう、いつもいつもいつもいつも!
私のお気に入りスポットに出現して台無しにするのか。この! しょうがない
私が黙っているせいか、しょうがない
最近、というか今週に入ってから学校でもさけてくれるから助かる。
ようやくさけられていることを察してくれて嬉しい。末っ子特有の誰にでも愛される感じで誰かから嫌われるなんて思いもよらないんだろうな。
私だって、そうだった。最初、転校してきたばかりの頃は。
こうして走っている時も邪魔な黒ぶちメガネをかけて
だから。だから。ちょっと、ちょっとだけ好きだったのに!
胸が開きすぎた制服とか紐の水着とか下から見えちゃうドレスとかバニーガールとか!
しかも、なんで、ぜんぶ白い靴下なの?
そんな妄想するなんて最低!
男の子って、みんな猿!
私はペットボトルの水をごくごく飲むと、しょうがない
重たいので着替えなどの入ったリュックは置いていく。どうせ誰もいないのだから。
遊歩道、と言っていいのか、公園をぐるりと回る舗装された道、ジョギングにはうってつけの道を走っていると女の人がいた。
道にそって一定の間隔である木のベンチに座ってスマホをいじっている。
長くて腰の下まであるストレートヘアに、お人形さんみたいな彫りの深い顔。赤い口紅がきれい。
どこかで会った気がするけれど、こんなきれいな人なら忘れないだろうし。きっと思い違いだろう。
女の人はスマホから顔をあげ私と目が合うと、にこりとほほえんだ。
つられて私も笑ってしまう。それくらい素敵な笑顔だった。そのまま、透明感のある、きれいな声で話しかけてくる。
「こんにちは。ジョギングかな?」
「はい」
「そうか。弟が走りたいから、と連れてきたのだが私は暇でな」
女の人はスマホをしまった。
「弟さん……もしかして、
「知っているのか?」
「はい。同じクラスですから。私は
女の人は姉の
「君が『さみちゃん』か」
「それって
私は思い切り嫌そうな顔をした。
だって嫌なんだもん。
薫子さんには失礼だったかもしれない。
でも嫌なんだもん。
えっちなことを考えられて、それを押しつけられる気持ちが。
すごく気持ち悪い。それもこれも、ぜんぶー。
〈カウント・スタート〉
え?
〈スリー〉
私は目を見開いて
〈ツー〉
彼女はあやしく笑い、自分の赤いくちびるをぺろりと舌でなめた。
〈ワン〉
「君はかわいいね」
〈ゼロ〉
私はまばゆい光につつまれた。光がおさまるとレギンス付きのジョギングウェアはホットパンツにTシャツ、それも丈が短くて、おへそ丸だし、っていうか胸がでそう。もちろんめがねは消えて髪はポニーテール。
私は立ち上がり
「ま、魔法少女ミラクルらぶりん……」
「さみ!」
ウェストポーチにつけたバットが叫ぶ。
私の目の前で
「さあ、ゲームのはじまりだ」
ランバルンは手に持つ
……今、誰か叫ばなかった?
彼は急いで声のした方へと走り出した。
なんということだ!
僕はバット。
さみのウェストポーチについている丸くてかわいい黒い毛玉のぬいぐるみは仮の姿。
魔法少女ミラクルらぶりんの相棒さ!
僕は普段はキーホルダーのふりをしなくてはいけないから、当然のことなんだけど。
まばたき厳禁。つまり、めっちゃ目かわく。
もうドライアイ。むしろ砂漠、デザートアイ。ゴビ砂漠じゃない、サハラ砂漠だ。
砂漠の違いがわかるマスコットキャラ、それが僕。
そんなデザートアイの
さみの転校先のクラスメイト
彼の姉、
つまり、さみにエロい妄想をした。
そのため、さみは後遺魔法「ラブカウント」が発動し、
弟と違って白い靴下じゃないんだ。
姉弟でも好みは違うらしい。
そんな発見があった。
さらに、なんと
さみは魔法の力を失っている!
どうしたらいいんだ!
「ミラクルはいきっく!」
「うわあっ! や〜ら〜れ〜た〜」
さみの物理魔法ミラクルはいきっく! が決まった。ランバルンは、ばたりと座っていたベンチに横たわっている。
ベンチからだらりとたれた手には鞭が握られたままだ。
そりゃ、相手がベンチに座ったままで高低差があれば急所である頭部がねらいやすいよね! ナイス判断だ! さみ。
「……
ん? この声は……
さみに欲情するクラスメイト。
彼は慌てて倒れたままのランバルンをゆすり、声をかけている。目を離した一瞬でランバルンこと
まずい、まずいぞ。傷害罪で訴えられる5秒前、
「
さすがに姉のピンチとあって
「男の子だな」
「お姉ちゃん! 大丈夫?」
目を覚ましたランバルン、もとい
「何があったの?」
「うむ、
?! まずい! まずいぞ! SDU5!
ランバルンが法律を使いこなし出していたとは! 昔っから意地の悪い作戦を立てて搦め手でくるから何度、さみがピンチに陥ったことか! そのたびになんかマスクドオーブがうっかりミスとか指摘して助かっていたけれど。でてこないかな、マスクドオーブ。……来ない。来ないな、ちっ。
「なぁんて、都合のいいことよりも、さみちゃんにきけばいいじゃないか」
そう言って
やっぱり、こいつイヤな奴だな。
さみはどうしたものか、うろたえている。
「
「えーと……」
こうなったら、あの手しかない。僕はゆらゆらと体を揺らした。風でゆれているかのように自然に。さみは僕を見て覚悟を決めたかのように唇をぎゅっとかむ。
やや上目使いに
「あんまり見ないで。恥ずかしいから……」
やったぞ! さみ! 「ミラクルいろじかけ!」(物理魔法)がきいたぞ!
「着替えてくるね!」
さみはくるりと背を向けて走りだした。遊歩道を走り抜け、公園の入り口につく。
すなわち、出口。
〈カウントエンド〉
魔法が解ける。
さみの服もジョギングウェアにもどった。
これで安心だね!
「あっ! ……ない」
なんということだ! ここに置いていった、さみのリュックがない!
つまり足の形がよくわかる、ぴったりレギンス付きのジョギングウェアで帰らなくてはいけないのだ!
そんなことになったら、どんな輩が乗っているかわからない帰りの電車でー。
「さみ君」
背後からの声に振り向くと、ランバルン、もとい
ちっ。うやむやにして逃げようと思ったのに!
「もしかして、着替えがないのかな? よければ私の車で送ろう」
「えっ! ……でも」
警戒をあらわにした目で自分と弟を見るさみに
「さっきのは、そうだな、奥手な弟にきっかけをつくってやろうという、私の姉ごころだ」
「……え?」
「弟はクラスの女子から『
「童貞! 私には未来が見える! いい年を相当にすぎても経験がつめず、生涯自分でハッスルするしかない弟がっ! なぜなら私は魔法が使えるからな。と、いうわけで、
「先ほどの動画を警察に出されたくなければ、おとなしく車に乗れ」
「魔法、使おうよ」
「ん? やっぱり、しゃべれたか。毛玉」
おっと、ついうっかり、口がすべった。
だって、魔法使いだよ? バトルといったら、こう、ピカッとドカーン、みたいな?
どうして法律を使うんだい? 意味がわからないよ。
「嫌です。私は
さみはきっぱり断った。偉いぞ、さみ!
SDU5に屈してなるものか!
「そうか……
「え?」
「兄弟の中であいつだけ、魔法が使えない。あいつが生涯を通して自分でハッスルするしかないのは呪いではないかと私は思っている」
「え?」
「魔法の才能がないまま、この世に生まれ落ちたゆえの呪いだ」
「そんなの、呪いだなんて、
「
やめろ。言うな。
「魔法の力は呪いだよ」
「現に、お前はもう呪われている。生涯、エロい目に遭い続けるのだ」
「生涯?!」
「後遺魔法ラブカウントは誰にも解けない。男は動物だからな」
深いため息をつくと
「帰り道に辱しめにあいたくなくば、おとなしく車に乗れ」
僕とさみは顔を見合わせて、頷きあった。
ここはおとなしく従うしかない。
駐車場に向かって歩き出す
「私はこんなやり方しか思いつかない。弟が心配なんだ」
駐車場につくと
姉の
自分がつめよって怖がらせたから言えなかったのだろう、とも
さみは気にしないで、と固い表情で返し、帰りの車の中は誰も何も言わなかった。
「バット、
いやいやいやいや! 十二分どころか十百分くらい悪い人だよ!
「
えっ! さみ! 君はまさか……
「兄弟って。私、ひとりっこだから」
そう言って笑う、さみの笑顔は天使のようだ。
よかった。魔法が使えない
……ん? 何かひっかかる。何だろう?
続く
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