第4話 マニアック・マスクドオーブ
文字数 3,620文字
N高校は校門外の桜並木が名物だ。
今はもうすっかり葉桜。これから毛虫の宝庫。
それを屋上からフェンス越しに見下ろしながら、私、
クラスの女子たちに糾弾されているからだ。
同じクラスの
丁寧にお断り申し上げているというのに末っ子らしく打たれ弱い彼がしょぼくれるせいでクラスの女子から私は責められているのだ。そこには彼のようなカッコいい男子の誘いを断るなんて! というやっかみもある。
でも、とんでもない。
だって私は知っている。彼は見かけは紳士でも猿だということを。
私はかつて「魔法少女ミラクルらぶりん」だった。
ふわふわのスカートときらきらした衣装と魔法使いのステッキで魔法を使った。
そして魔法の力と引きかえに悪の組織クッカドゥを倒したのだが首領トォバァジャが最後に私に魔法をかけた。
後遺魔法「ラブカウント」。
私を目の前にして私に欲情すると魔法が発動する。
そのせいで私は黒縁メガネで顔をあまり見られないように
それをあの! しょうがない
グッバイ・私の平凡で地味な日々。
男の子って、どうしてこう誰も彼も猿なのだろう。
……誰も彼もじゃない。ひとりだけいた。
私が「魔法少女ミラクルらぶりん」だった時にクッカドゥの幹部ではあったけれど、マスクドオーブが。
舞踏会の衣装かというようなタキシードに紫色のマスク。当時、今よりも幼い少女だった私は敵ではあるが紳士な彼が嫌いではなかった。
時には味方のように共闘することもあり、今思えば彼こそ私の初恋だったのかもしれない。
「きいてるの!」
クラスの中でも気が強く目立つ、誰だっけ?なんかこうマ行で始まる名前の女子が私につめよる。
私の思い出は一旦、一時停止。
とにかくこの危機をのりこえて、また明日から
「ラブカウント」が発動するごとに転校を繰り返すこと123回。日本にはもう高校がない。喜んでいいのかどうかわからないけれど、しょうがない
しょっちゅう「ラブカウント」が起きるようでは、また転校しなくてはいけない。
今度こそ、それは避けたい。女子に目をつけられて吊し上げられるのも避けたい。
だって怖っ! 怖っ!
クッカドゥのモンスターの方がもっと優しい目をしてたよ?
「
私はうつむき加減にちらちら、マ行で始まる名前の子を見ながら言う。
「ごめんなさい。緊張しちゃって、うまく話せなくて、きつい言い方になっちゃってるかも。私って暗いから。うまく断れなくて。あなたみたいに言えればいいのに」
マ行で始まる名前の子は、まんざらでもない顔で、そう? と言って取り巻きたちと、そういうことなら、と相談しだす。
しょうがない
やったね、さみちゃん!
私は彼女たちに、きょどりながら何度もお礼を言った。
これが
私の演技なんだか普段の挙動になってきたのか、よくわからないが、これでいいんだ。
屋上から彼女たちがいなくなると私は大きく伸びをした。
カツン、と靴音がする。音の方向を見上げると屋上の出入り口がついた箱のようになっている建物の上にいた。
タキシードに紫色のマスク。
そう、あれはー。
「マスクドオーブ!」
「久しぶりだな。ミラクルらぶりん」
彼の、耳に快い低いけれど明朗な声で言われると胸がどきどきした。
名前で呼んでほしいなー。あ、そうだ!
「ミラクルらぶりんって言うの恥ずかしくないですか?今は
「では
「さみ、でいいです」
「さみ。今のお前は魔法の力を失っている」
やったー!!! 名前で呼んでもらっちゃったぁっ! 嬉しい! しょうがない
えへへ! バットにきいてほしいけれどカバンは教室だ。残念。
5年ぶりくらいかな?
カッコいいままのマスクドオーブはカツン、と靴を鳴らす。
「だから私たちとは戦えない。だがクッカドゥはいずれ復活する。残念だったな」
「なんですって!?」
「お前が魔法を取り戻したければ方法はただひとつ、トォバァジャがかけた後遺魔法『ラブカウント』を破ることだ」
「『ラブカウント』って破れるの?」
私は目をぱちぱちさせてマスクドオーブを見上げた。
「『ラブカウント』は封印の魔法。お前の魔力を消費させ我々に対して魔法を使えなくしているのだ」
「どうして、それを私に?」
「フェアじゃない。手の内はすべて見せる。さみ、いや、魔法少女ミラクルらぶりん!」
そこまでマスクドオーブが言った時に出入り口のドアがきしんで開いて、しょうがない
「
しょうがない
「誰!?」
「え? 関係ある?」
思わず邪険に言ってしまった。
だって、せっかくマスクドオーブと話してたのに。本当にしょうがない
クラスの女子たちがときめいている雨の日のぬれた子犬のような顔をしているが、今はそれすら鬱陶しい。
〈カウント・スタート〉
え?
〈スリー〉
は?
〈ツー〉
どういうこと?
〈ワン〉
ええ!?
〈ゼロ〉
私はまばゆい光に包まれた。光がおさまると私は袖はレース胸元がフレアになったミニスカートのドレスになっていた。
もちろんメガネはないし髪はアップになっている。フレアの丈はほぼ胸の下、ぎりぎり下着が見えないくらいで、足にはもちろん三つ折りにした白い靴下。
私は両手の指をからませてポーズを決めた。
「魔法少女ミラクルらぶりん!」
きゃー! マスクドオーブとお揃いっぽくて嬉しい! なんて思うか!
このしょうがない
私が無言で繰り出した物理魔法「ミラクルぱんち」は
あれ? マスクドオーブもまだいる?
「どうして?」
「私は魔法が使える。魔法空間に入ることなど造作もない」
やっぱりマスクドオーブはカッコいい!
昔から私の知りたいことをすぐこたえてくれるし、素敵!
あ、この格好ってどうかな?
ドレスだし、ちょっと昔っぽいっていうか。似合うかな? きいちゃおうかな?
やだ、なんかじっと見られてる!
どきどきしちゃう!
「大きくなったな。ミラクルらぶりん」
そう言ってマスクドオーブは深いため息をついた。それは私が何度もきいてきた猿たちのように熱のこもったものではなく憂いをふくんだ深く重いため息だった。
「昔のお前は天使だった。今はその魅力は失われている」
「は?」
「さらばだ。また会おう。必要があれば」
カツン、と靴を鳴らしマスクドオーブは消えた。
「……え? 昔の私『は』天使だったって……。え? ……えぇっ!!!
ああああああああ! 思い返せば! マスクドオーブ!
敵なのに、ちょっとどころじゃないくらい優しすぎた!
必要もないのに、なんか学校の話とかきいてくれたし、なんか来てたー!
やだー! 全然気がつかなかったけれど!
今思えばあれは優しい目じゃなくて!
猿よ! 猿! 同じ猿の目じゃないぃぃぃっ!
いやあああああっ! 私の初恋がぁっ!」
地面からしょうがない
「俺は今の君がすごく魅力的だよ。さみちゃん」
「ミラクルき〜くっ!!!」
「おぶっ!!!」
ここは魔法空間。しょうがない
〈カウントエンド〉
魔法が解ける。
私の魔法も解けた。それは憧れ、恋の魔法。魔法が幻想というのであれば解けないでほしかったなぁ……。
続く
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