第17話  マニアック・デビル

文字数 2,695文字

 「ミラクルふぁいやー!!!」

魔法少女ミラクルらぶりんのステッキの先から火炎放射器のように吹き出した炎がモンスターを焼きつくす。
モンスターの素体はタンパク質。
だいたいの相手はこれで勝てる。
人類は火を手に入れたことが偉大な発明だと言われているが、まさにその通り。
地獄の業火、と人類が死後も恐れるように強大な力だ。
すべての罪を浄化するという神秘性も持ち合わせている。
僕はバット!ミラクルんらぶりんこと時野(ときの)さみの相棒さ。
魔女トオバジャが復活したことにより全国的に「魔女の邪悪さ」がばらまかれた。
魔女から無限に湧き出すこれにふれた人間は己の邪悪さを肥大させ時にはモンスターを生み出すんだ。
そのせいか日々、凶悪から、ちょっとどういうことなの!?と思うような犯罪が増加している。
さみは日中は高校生。犯罪の方は警察を始めとした行政に任せることにして夜間に頻発するモンスター退治に明け暮れている。
魔法を取り戻しさみは絶好調。
かつて今よりも幼い頃、魔法少女だったさみとは違う。
戦法も効率的で一晩で片づける案件は53件。ごみ、と覚えやすい。

「おわったー!……バット、帰って寝よう」

さみは万歳をすると眠い目をこする。
魔法を使うには集中力が必要だ。
昼は地味子(じみこ)として目立たないように高校で神経を使い、夜はモンスター退治。よく体がもつと思う。若さだなぁ。
家までワープすると、さみは手早くシャワーを浴びて倒れこむようにベッドに横になる。すぐに寝息をたて始める。
寝不足が心配だ。
僕もさみの横に体をすべりこませると、すぐに眠りについた。

 翌朝は盛大に寝坊した。正確にいうと僕は起きて朝食を用意していたのだけれど、たとえよだれをたらしていても天使のような寝顔のさみを起こせるはずがないじゃないか。
友達である太郎丸(たろうまる)との朝のジョギングもすっぽかしたさみは慌てて高校に向かった。
僕はキュートなマスコットとしてさみのカバンについている。
走るさみに合わせて揺れる。ゆらゆら……ゆらゆら……いつのまにか僕は眠ってしまっていた。
だから、この後のさみのピンチに気がつけなかった。なんてことだ。僕は相棒なのに。

 遅刻は私にとって致命的だ。
私は地味子(じみこ)として目立たないように生きていかなくてはいけない。
何故なら異性の注意を引いたら後遺魔法「ラブカウント」が発動してしまうからだ。
目立たす地味に教室の隅っこにいるのかいないのかわからないくらいでいなくてはいけない。だから、遅刻だなんてとんでもない!
私がついた頃、昇降口はがらんとしていた。
慌てて上履きに履き替え教室に向かおうとすると行く手を女子の集団に阻まれる。
なんだったかな……確かマ行で始まる名前の気の強そうなクラスメイトだ。

「ねえ、あんた。調子にのってない?」
「何のことかわからないけれど遅刻しちゃう!」
「優等生ぶるなよ。あんたはこっち!」

マ行で始まる名前の女子に肩を押されて人垣で私が進まされた場所は体育館倉庫だった。カバンをとられ背中を押されて中に入れられると背後で扉が閉まる。
扉の向こうの笑い声が遠くなっていく。
原因は多分、ほぼ絶対確実に太郎丸(たろうまる)君。
そうだろう。太郎丸(たろうまる)君は私の秘密を知っている。
朝のジョギングと休日の図書館で一緒に勉強をする友達だ。
なるべく学校では話さないようお願いしているけれど、ふと目が合うと笑ってくれる。
見つめているのはどちらだろう。
きっとそれは──。

「あーあ……」

なんだか泣けてきた。彼女たちは太郎丸(たろうまる)君が好きなんだ。
それなのに、どうしてこんなことをするんだろう。
好きなら、好きだというなら、見て欲しいなら、もっと自分をかわいくすればいいだけだ。
いかにも、といった重く長く黒い髪を時代遅れと揶揄されながら三つ編みにして、暗いと笑われながらメガネをかけて顔をふせる。そんなことをしなくたって、好きだと自由に笑えるのに。
ごしごしと袖で涙をぬぐって中を見回す。
窓があって跳び箱もある。脱出は簡単だ。
私はひらりと外に飛び降りた。
けれど、うっかり落としたメガネを踏んでしまう。レンズが割れてフレームが曲がる。もうかけられない。
……今日はもう帰ろう。
カバンはどこにもない。バットを探さなくては。

 体育の時間を見計らって、そっと教室に戻る。カバンは私の机にかけられていた。
バットはまだ寝ている。連日のモンスター退治で疲れているのだろう。
中に入ろうとした時、ききたくない声がした。

「おい、どこの生徒だ!」

振り返るとケガで生徒指導の物理の先生がいた。名前……なんだっけ?

「あの、具合が悪くて早退しようかと……」
「!……なんだ、その目は!」

しまった。気づかれてしまった。

「コンタクトなら外しなさい!」

どうやってごまかそうと思っていると、ぞろぞろとクラスメイトたちがもどってきた。急な雨のせいで体育が中止になったらしい。体育館は先日のモンスター退治の余波で私が屋根に穴を空けてしまって工事中。
なんということでしょう。トォバジャ。
ここまで計画していたの?
叱られている私は慌てて顔を伏せたが声がとんでくる。

「目、青くない?」

その通りだ。私の瞳は青い。生まれつきだ。遺伝子のいたずらのせいだが浮気を疑われて夫婦仲がこじれた両親は私をうとんでいる。
私はただ生まれてきただけなのに。
母はずいぶんつらい思いをした反動で人形のようにしなさい、と私を育てた。
そういう母もいつも無表情で人形のようだ。
メガネがなくてはごまかせない。
わずかばかり残された魔法の力でバットが私のためにメガネに魔法をかけてくれているのだ。
何を言われるのだろう。
気持ち悪い、だろうか。つくりもの、だろうか。それとも──。

「……きれいだね」

びっくりして顔をあげると太郎丸(たろうまる)君が笑っていた。

「知らなかった。すごくきれいだね」

太郎丸(たろうまる)君はすぐに友達にからかわれる。物理の先生が追い払うようにすると皆は教室の中に戻っていく。

「コンタクトか?」
「……生まれつきです。親に電話してきいてください」

来なさい、と先生に言われ、後をついていく。
解放されたら帰ろう。それでメガネを買いに行こう。
でも、明日。ジョギングの時ははずしておこう。隠さなくていいんだ。
ほっとして落ち着くはずなのに胸のどきどきがとまらない。


続く
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