第11話 マニアック・ディフェンス

文字数 4,534文字


 さみが変だ。
さみがあの悪魔の黒い虫のように毛嫌いしていた笹賀内(ささがない)太郎丸(たろうまる)
その彼に対して最近、慈悲深い。

僕はバット! 黒い毛玉のマスコットとして、さみのカバンについている。
高校からの帰り道。
僕は小声で、さみに話しかける。

「さみ。太郎丸(たろうまる)のことだけど」
「え? ……うん、やっぱり覚えてなかったね」

あれはついこの間のこと。後遺魔法「ラブカウント」が発動した時にさみは太郎丸(たろうまる)に幼稚園児並みのプロポーズをされた。そして、さみは連絡先の交換なら、とこたえたのだが「ラブカウント」が終わると魔法の力がない人間は発動中の記憶を失う。
だから、太郎丸(たろうまる)は覚えていない。
さみ、君は気づいているのかい?
笑っているけれど、どこか寂しそうな顔をしているのを。

「さみ。太郎丸(たろうまる)はガワだけなら紳士だから、君は勘違いしているようだけど、白い靴下にこだわる男なんだ。そして『ラブカウント』が発動するということは君に欲情しているということなんだよ」

思わず、ひと息で言ってしまった。
めっちゃ息切れる。
僕のこの体では肺活量が足りない。

「え? やだなぁ、バット。違うったら!」
「じゃあ、その赤い顔は何?」
「えっと……今まで恥ずかしい格好にばっかりされてきたけど」

そうだよ。それで、さみは転校しすぎて、もう高校がないんだ。

「『好き』って言われたの初めて……。男の子って真剣な顔すると、あんな風なんだ」

やばい、友達いなさすぎて免疫がない。
思えば、さみは魔法少女として日々、平和を守っていた。だから急にいなくなったりで、かつていた友達たちとも段々と疎遠になっていった。
悪の組織クッカドゥを倒してからは首領のトォバァジャに後遺魔法「ラブカウント」をかけられて、人を避けてきている。
つまり、社会と関わりを持っていないため、まともな価値観が育っていない。
なんか映画みたい、じゃないよ、さみ。趣味の映画鑑賞が、こんな弊害を生み出すとは。
これこれは見ちゃいけませんって言ってくるPTAの気持ちが今、わかった。

「さみ。太郎丸(たろうまる)に今まで、どんな格好をさせられていたか、君は忘れてしまったのかい?」
「ネットで相談したら好きな子には、ああいうこと考えちゃうって言われたし……」

インターネットは偏っているよ! 情報化社会が少女の純真な心を蝕んでいる! なんという恐ろしいものを人間は生み出したんだ!
僕がなんとかしなきゃっ!

「……わかった。さみ、太郎丸(たろうまる)が君を好きだというのが間違いないとする」
「えへへ。なんか変な感じ」
「それで、さみ。君はどうなの?」
「え?」
「君は太郎丸(たろうまる)が好きなの? 恋はひとりでするものじゃないんだよ」
「あ……」

さみは言葉につまった。ひどくショックを受けている顔が僕の胸をちくちくと痛ませる。
ごめんね、さみ。でも僕が言ってあげなきゃいけないんだ。

「……時野(ときの)さん?」

でた、太郎丸(たろうまる)
ランニングしてます、みたいな格好で何をしているの? 走りたいなら部活に入って高校で走ればいいじゃないかっ!

「あ……さようなら」

さみは顔を伏せると足早に太郎丸(たろうまる)の横を通り過ぎる。
太郎丸(たろうまる)は何も言ってこなかった。カバンに揺られていると彼はこちらに背を向けて走り出した。


どうしよう。
あれは絶対にリュックのせいで避けられている。
どうしよう。変態だと思われて嫌われていたら。
嫌だ。怖い。嫌われたくない。


 どどん、と地響きがした。
さみは思わずバランスを崩しそうになり近くの街路樹に手をつく。
カバンにぶら下がった僕も激しくぶらぶらと揺れた。

「大丈夫?」
「うん。何だろう。地震かな?」

続いてきこえてきたのは咆哮。
獣の声だ。大きな大きな獣の声。
何かが飛んできた。
ひゅうと空を切って降り立ったそれは、どん、とアスファルトを割って着地する。
丸太のように太い手足。筋肉で盛り上がった体躯は服を破いている。牙の並んだ口から荒い息を吐くその姿はー。

「鬼……」

呆然と呟くさみの瞳をのぞきこんで鬼はにたりと笑った。

〈カウント・スタート〉

なんてことだ!

〈スリー〉

まずい!

〈ツー〉

まずいぞ!

〈ワン〉

さみは魔法が使えないんだっ!

〈ゼロ〉


 さみはまばゆい光に包まれる。
光がおさまると、さみは一糸まとわぬ、生まれたままの姿だった。
僕はイヤリングのようにさみの耳にぶら下がっている。
さみは悩ましげなポーズを決めて言う。

「ま、魔法少女ミラクルらぶりん。きゃあああっ!」

さみは胸を両腕で隠してしゃがみこんだ。
しゃがみこんだ目の前には鬼の股間。
こういう時の不思議で、破けた服を身につけている鬼のそこは、さみと違ってしっかりガードされている。
どうなってんの、これ?
おっと、股間を凝視している場合じゃなかった。
さみは文字通り無防備だ。
どうしたら鬼から逃げられるだろう?
鬼がさみに手を伸ばしてくる。

「危ない! さみ!」

閃光がきらめいた。光は鬼の手をはじく。

「情けないねぇ。ミラクルらぶりん」

この声はー。
空を見上げると、とんがり帽子に黒い服。先がぐるりと丸まった木の杖をもち、ほうきにのった魔女がいた。クッカドゥの首領トォバァジャだ。

「いまだにラブカウントを破っていないとは。かわいそうに」

トォバァジャは高らかに笑って言った。

「お前は愛されていない」

時が止まったような気がした。
真っ赤だったさみの顔は、さっと青ざめ、恥ずかしさで潤んでいた瞳には悲しみの涙がにじむ。
ぽろりと一粒、涙がこぼれ落ちると、もう我慢できないのだろう。
さみはぼろぼろと涙を流した。それを見てトォバァジャはまた笑い出す。
邪悪な邪悪な魔女の笑み。
お前に何がわかるんだ。
ぐぅ、という唸り声に目を向けると、そこにあったのは鬼の顔。
膝をつきながら、さみを見る瞳は優しさにあふれている。
この目はどこかで見た。どこかでー。
あっ!

太郎丸(たろうまる)?!」

さみが白い靴下をはいていなかったので、すぐにはわからなかったが、この瞳は太郎丸(たろうまる)だ。
鬼は僕を不思議そうに見つめた。
トォバァジャが鼻を鳴らす。

「よく気がついたな。そうだ。その鬼は我が孫、太郎丸(たろうまる)

なんだってー! 太郎丸(たろうまる)の姉はランバルンだし祖母がトォバァジャ。世界ってせまい。
もしかしてクッカドゥは家族経営だったのだろうか?

「孫にまで魔法をかけたのか? なんてことを!」

僕が叫ぶと魔女はまた笑った。

「欠けていたのは太郎丸(たろうまる)だ。魔法の力をもたずに生まれてきた。これはその報い。当然だな」
「意味がわからないよっ!」
「満たしてやらねば満たされず、獰猛で野蛮な鬼に成り果てる。哀れな子だよ」

魔女は笑った。愉快そうに。
なんて奴だ。なんて邪悪な奴なんだ。

「この鬼が笹賀内(ささがない)君なの?」

さみは泣くのをやめて鬼の瞳を見つめた。
鬼が笑ったような気がする。
その途端、空から落ちてきた光の柱が鬼を撃ち、太郎丸(たろうまる)は黒こげになった。彼はぐらりと倒れ、ずん、と地面が震えた。

笹賀内(ささがない)君!」

見上げると笑いながら魔女が杖をかかげていた。
自分の孫にすら、なんて奴だ!

「魔法をなくした哀れな少女。お前も死んでしまった方が楽だろう」

魔女の杖が光る。危ないっ!
僕は目をつぶるしかできなかった。
まぶたの裏からもわかる強い光。どおっという音。だけど衝撃はなかった。

笹賀内(ささがない)君!」

立ち上がった鬼、太郎丸(たろうまる)がさみを守ったのだ。代わりに彼は白目をむいて今度こそ完全に倒れてしまった。魔女はまた笑っている。


 あれは11歳の誕生日。おめでとう、と言ってくれたのはバットだけだった。
その前も、その前も。
変だよ、といつも誰かに言われてきた。魔法なんてない、と。
だから私は思った。魔法なんてなくなってしまえ、と。
でも、今はー。




「さみ!」

 立ち上がった私に耳元でバットが叫ぶ。大丈夫だ。私は知っている。
白い光が私を包む。光がおさまると私は胸に星のついたひらひらした服に、ふわふわのスカート、手にはてっぺんに星と天使の羽をあしらった魔法のステッキ。

「魔法少女ミラクルらぶりん! 悪い子はおしおきよ!」

 私の横にはバットがいる。昔と同じ、丸くてキュートな体に羽根としっぽをもった姿で。
私はステッキをくるくると回して笹賀内(ささがない)君に向けた。

「ミラクルおてあて!」

笹賀内(ささがない)君はステッキの先からでたキラキラ輝く星型の光線をあびると鬼から、いつもの姿に戻った。服は破けちゃったから、まだ裸だけど。……やだぁっ!
私はステッキをかまえて空を見上げる。
トォバァジャが笑っていた。

「魔法の力を失った、と。マスクドオーブの報告もあてにならないね」
「念のためにきくけどマスクドオーブは、もしかして太郎丸(たろうまる)の兄っぽい人、兄丸(あにまる)なの?」

バットがきくとトォバァジャはまた笑った。

源一郎(げんいちろう)のことなら、そうだね」
「世間せまっ! ミラクルらぶりん! いくよ!」
「うん! ミラクルめておすとーむ!!!」

私がステッキを向けて叫ぶとトォバァジャに空から大小様々な無数の隕石が降り注いだ。さすがに魔女もびっくりした顔をしている。これはクッカドゥを壊滅させた究極魔法。子供の私なら使うのをためらってしまうが、今の私は大人。
ここは「ラブカウント」が発動している魔法空間。心おきなく破壊できる。
私とバットと笹賀内(ささがない)君は球状の光のバリアで守られて安全だ。
飛んでいるトォバァジャはひとたまりもない。逃げ場がない。

あたりがオレンジ色の夕闇に包まれ、クレーターしかなくなった頃、トォバァジャの姿はなかった。残念ながら逃げられたのだ。

「ミラクルらぶりん……おめでとう!」

バットが言ってくれた。いつものように。やっぱり彼は私の相棒だ。

「ありがとう!」

私は笑顔で返すと自分の家であるマンションまでワープした。もちろん、バットと一緒に。
マンションのエントランスに入ると、あの声がきこえてくる。

〈カウント・エンド〉

私とバットはまばゆい光に包まれて、光がおさまると元の姿に戻っていた。
カバンにぶら下げたバットが言う。

「さみ」
「なあに?」
「どうして『ミラクルおてあて』で太郎丸(たろうまる)の服も直さなかったの?」
「え!? それは……久しぶりだったから」

 真っ赤な顔でこたえた、さみは色々なことに興味があるお年頃。
彼女の魔法はいまだに解けない。

続く
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