第9話 マニアック・ダディ
文字数 4,417文字
どうしたら、いいんだろう。
リビングで
あれは今朝のことだった。
お前のクラスメイトのものだから、返しておけ、と。
その後、出かけると言い残し、早々といなくなってしまった。
これは先日、公園で会ったさみがなくなったと言っていたリュックだろう。
お姉ちゃんが盗んでいた。
どうしよう。どうしよう。どうしよう!
リビングのドアがガチャリと開き、
「どうした?」
何ということだ。
自慢じゃないが、いや、自慢だが
末っ子として皆からの愛情たっぷりに育ち、毎週のように小学校から中学、高校、と呼び出されていた上のふたりとは違い、問題も起こさず、上のふたりのような熾烈で苛烈な反抗期もなく。
すくすくと素直に優しい子に育った。
そんな、1番かわいい末の息子がっ!
同級生の着替えを盗むとか、どういうことなの!?
反抗期? ねえ、反抗期? いきなり社会に反抗する前に親に反抗してよっ!
「
「だから、パパ! 俺じゃなくて、お姉ちゃんなんだよっ!」
「へ? ああ、なんだ。
パパびっくりし過ぎてきいてなかったよ。
ああ、でもよかった!
もうあの子とは親として付き合うこと20年。パパ、今さら何されても驚かないぞぉっ!
って窃盗!
なんなの? 反抗期? 親に反抗するだけじゃたりなくて社会に反抗しだしたの?
成人したんだから、盗んだバイクで走り出すようなことは卒業してよ!
「パパ、どうしよう……。お姉ちゃんは絶対に一緒に返しに行ってくれないし……」
「
おのれ、
また
今日という今日は叱ってやる!
「
私は
今やすっかりハゲにさしかかったオヤジだが、失ったものと引き換えに私には手に入れたものがある。
それは法律の知識。
すなわち最寄りの警察署に落とし物としてリュックを届けた!
これで完璧! どうだい、
そんな感涙してまで「パパ、ありがとう」だなんて。
お前しか言ってくれないよ。
ああ、かわいい息子よ。
お前のためならパパは、もう何もこわくなーー。
「
我が息子はメガネの地味な子に声をかけた。
え? もしかして、この子がリュックの持ち主?
ひいいいいいいっ!
警察署からの帰り道に会うなんて、つけてた? つけられてたの?
おそろしい子……って、わけでもなさそうだ。
……待て待て待て待て!
しらばっくれる上のふたりと違って、なんてかわいい子なんだ!
だが、私は父親、ひとりの人間。
お嬢さん、あなたには何の落ち度もなく、うちの娘のせいだが、仕方ないのだ。
「もしかしたら、落とし物として親切な誰かが届けてるかもしれないですね」
さらりと世間話をよそおってアドバイス。
「届いてたら、怪しい」
ぼそりと誰かが言った。今の声、誰?
誰も口が動いてないよ?
第3者の声をきいて
やめてくれ、
……ああ、
そんな顔をして、かわいそうに。
「申し訳ありませんでしたっ!」
私は薄くなってきた頭が見えるように深々と頭を下げた。
これは「
悲壮感ただよう、この謝罪。これでおさめられなかったことはない!
あ、くるぶしがキュッとしまって若い頃の
〈カウント・スタート〉
ん?
〈スリー〉
この声、いや
〈ツー〉
これは
〈ワン〉
まさか
〈ゼロ〉
「ラブカウントか?!」
やはり思った通り、お嬢さんはまばゆい光に包まれた。
光がおさまると、さみはミニスカートのウェディングドレス姿になっていた。
純白のヒールに純白の靴下。
そう、白い靴下。
つまり、
また、お前か。
僕はさみの相棒のバット!
今は黒い毛玉のマスコットとして、さみが持つブーケにぶらさがっている。
さみは、にこりと微笑んで言う。
「魔法少女ミラクルらぶりん!」
さみの天使の笑顔に
隣の頭髪に不自由してきたおじさんも……って、誰だ。お前。
「あの、さっきラブカウントだって言ってましたけど……」
さみはおじさんに話しかけた。
おじさんは腕組みをしながら言う。
「親御さんは、このことを知っているの?」
「知らないです……」
おじさんの冷静な大人な態度に気圧されて、さみはしおらしくこたえる。
「君がこんな大変な目にあってるのを知らないの?」
「なんか偉そうだけど、あんた、さみに欲情したんだよね? じゃなきゃ、ここにいるわけないし」
僕がしゃべると、おじさんはギョッとした。
「やあ。僕はミラクルらぶりんの相棒のバット!」
「はじめまして。
ビジネスライクで返してきた。この、大人め。ていうか親子で白い靴下。
遺伝子って強い。
僕は質問を続けた。
「
「はい、もちろんです」
「もしかして、ラブカウントの解き方も?」
期待をこめた僕の眼差しに
さみの顔が輝く。
「ですが、私から解き方を教えてはいけません。そんなことをしたら、ラブカウントは永遠に解けなくなります」
衝撃の事実! 僕は思わず大声を出した。
「なんだって! 一体、どうして?」
「魔法とは、そういうものです。……
さみをうっとりと見ていた
急にさみの両手をブーケごとつかんだ。
「さみちゃん、きれいだよ。俺が責任とる! 結婚しよう!」
突然のことに、びっくりして目を見開いているさみもきれいなんだけど、驚きすぎて何も言えない。そりゃ、そうだ。
「はいぃぃぃっ?!」
代わりに
「
お前が落ち着け。
「だって、パパ! ウェディングドレスは結婚式の時以外に着ると、お嫁にいけないって、おばあちゃんが言ってたんだよ!」
真面目か。いや、きつい。
「え! そうなの?」
さみもびっくりした。
やっぱりさみは天使だなぁ。
なんてピュアなんだろう!
「
違う、そうじゃない。
ていうか
早くさみの手を離すんだ。
「そうか。パパ、ありがとう」
「さみちゃん。好きです。俺と結婚してください!」
だから、違う。好きだから結婚って、幼稚園児か。
さみ、今ならきっといける。
物理魔法ミラクルろーきっくを……なんということだ。さみは
「
「……ら」
さみが小さな声で言い
「え?」
「連絡先の交換なら」
「本当?! 嬉しいなぁ。ありがとう!」
〈カウント・エンド〉
魔法が解ける。
ああ、よかった。僕もさみのバッグのマスコットにもどった。
さみ、逃げる隙をつくるためにあんなこと言ったんだよね?
僕がさみを見上げると、さみは小声で言った。
「男の子の手って大きいんだね。なんか、変な感じ」
ドキドキするのをおさえるかのように、さみは胸に手をあてる。
「……連絡先は本当に交換するの?」
周りの人に気づかれないように僕は小声できいた。
さみも小声で、覚えていたら、と返す。
彼女は気づいていただろうか。
自分が笑っていたことに。
続く
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