第9話 マニアック・ダディ

文字数 4,417文字


どうしたら、いいんだろう。

 リビングで太郎丸(たろうまる)は悩んでいた。彼の目の前にはリュックがある。無論、彼のものではない。クラスメイトの時野(ときの)さみのものだ。
あれは今朝のことだった。
太郎丸(たろうまる)の姉、薫子(かおるこ)が彼に渡して言ったのだ。
お前のクラスメイトのものだから、返しておけ、と。
その後、出かけると言い残し、早々といなくなってしまった。
これは先日、公園で会ったさみがなくなったと言っていたリュックだろう。

お姉ちゃんが盗んでいた。

太郎丸(たろうまる)は目眩がした。

どうしよう。どうしよう。どうしよう!

リビングのドアがガチャリと開き、太郎丸(たろうまる)は飛び上がって驚いた。父の壷武良(こむら)が入ってくる。

「どうした?」

壷武良(こむら)は末の息子、太郎丸(たろうまる)が浮かない顔をしているのを見て声をかけた。


 SDU5(エス・ディー・ユー・ファイブ)。(Settozai De Uttaerareru 5byomae)
何ということだ。
自慢じゃないが、いや、自慢だが太郎丸(たろうまる)はいい子だ。
末っ子として皆からの愛情たっぷりに育ち、毎週のように小学校から中学、高校、と呼び出されていた上のふたりとは違い、問題も起こさず、上のふたりのような熾烈で苛烈な反抗期もなく。
すくすくと素直に優しい子に育った。
そんな、1番かわいい末の息子がっ!
同級生の着替えを盗むとか、どういうことなの!?
反抗期? ねえ、反抗期? いきなり社会に反抗する前に親に反抗してよっ!

太郎丸(たろうまる)……」
「だから、パパ! 俺じゃなくて、お姉ちゃんなんだよっ!」
「へ? ああ、なんだ。薫子(かおるこ)か」

パパびっくりし過ぎてきいてなかったよ。
ああ、でもよかった! 太郎丸(たろうまる)は優しい素直な子のままだった!
薫子(かおるこ)なら、まあ、やるだろう。
もうあの子とは親として付き合うこと20年。パパ、今さら何されても驚かないぞぉっ!

って窃盗!
SDU5(エス・ディー・ユー・ファイブ)!(Settozai De Uttaerareru 5byomae)
SDU5(エス・ディー・ユー・ファイブ)きちゃったよ、これ。
なんなの? 反抗期? 親に反抗するだけじゃたりなくて社会に反抗しだしたの?
成人したんだから、盗んだバイクで走り出すようなことは卒業してよ!

「パパ、どうしよう……。お姉ちゃんは絶対に一緒に返しに行ってくれないし……」
太郎丸(たろうまる)……パパにまかせなさい」

おのれ、薫子(かおるこ)
また太郎丸(たろうまる)を泣かせて!
南姫琉(なきる)さんに似てるからって、いつもパパが許すと思うなよ!
今日という今日は叱ってやる!

太郎丸(たろうまる)、安心しなさい。パパがついてる」


 私は笹賀内(ささがない)壷武良(こむら)
笹賀内(ささがない)道場のひとり娘、南姫琉(なきる)さんに惚れることMDK28(エム・ディー・ケー・トゥエンティエイト)。(Maji De Koishite 28nen)
今やすっかりハゲにさしかかったオヤジだが、失ったものと引き換えに私には手に入れたものがある。
それは法律の知識。
すなわち最寄りの警察署に落とし物としてリュックを届けた!
これで完璧! どうだい、太郎丸(たろうまる)
そんな感涙してまで「パパ、ありがとう」だなんて。
お前しか言ってくれないよ。
ああ、かわいい息子よ。
お前のためならパパは、もう何もこわくなーー。

時野(ときの)さん?」

我が息子はメガネの地味な子に声をかけた。
え? もしかして、この子がリュックの持ち主?
ひいいいいいいっ!
警察署からの帰り道に会うなんて、つけてた? つけられてたの?
おそろしい子……って、わけでもなさそうだ。
時野(ときの)さんとやらは服屋のショーウィンドウを見て、ため息をついている。太郎丸(たろうまる)との会話をきくにリュックがなくなって、お気に入りの服がなくて困っているとか。
……待て待て待て待て! 太郎丸(たろうまる)! お前のその顔は言うつもりか? 言うのか? 言っちゃうのか?
しらばっくれる上のふたりと違って、なんてかわいい子なんだ!
だが、私は父親、ひとりの人間。
お嬢さん、あなたには何の落ち度もなく、うちの娘のせいだが、仕方ないのだ。

「もしかしたら、落とし物として親切な誰かが届けてるかもしれないですね」

さらりと世間話をよそおってアドバイス。太郎丸(たろうまる)よ、これが大人だ。
時野(ときの)さんとやらは目をぱちぱちさせた。あ、この子、メガネがなかったら若い頃の南姫琉(なきる)さんほどじゃないけど、かわいいんじゃないかな。

「届いてたら、怪しい」

ぼそりと誰かが言った。今の声、誰?
誰も口が動いてないよ?
第3者の声をきいて時野(ときの)さんは白い目を太郎丸(たろうまる)に向けだした。
やめてくれ、太郎丸(たろうまる)は悪くないんだっ! いっつも謝らない薫子(かおるこ)が悪いんだ!
……ああ、太郎丸(たろうまる)
そんな顔をして、かわいそうに。
太郎丸(たろうまる)、パパ決めたぞっ!

「申し訳ありませんでしたっ!」

私は薄くなってきた頭が見えるように深々と頭を下げた。
これは「壷武良(こむら)返り」。
悲壮感ただよう、この謝罪。これでおさめられなかったことはない!
あ、くるぶしがキュッとしまって若い頃の南姫琉(なきる)さんほどじゃないけど、スタイルいいなぁ、この子。

〈カウント・スタート〉

ん?

〈スリー〉

この声、いや

〈ツー〉

これは

〈ワン〉

まさか

〈ゼロ〉


「ラブカウントか?!」

やはり思った通り、お嬢さんはまばゆい光に包まれた。


 光がおさまると、さみはミニスカートのウェディングドレス姿になっていた。
純白のヒールに純白の靴下。
そう、白い靴下。
つまり、太郎丸(たろうまる)
また、お前か。

僕はさみの相棒のバット!
今は黒い毛玉のマスコットとして、さみが持つブーケにぶらさがっている。
さみは、にこりと微笑んで言う。

「魔法少女ミラクルらぶりん!」

さみの天使の笑顔に太郎丸(たろうまる)は顔を赤くして、ぽかんとしている。
隣の頭髪に不自由してきたおじさんも……って、誰だ。お前。

「あの、さっきラブカウントだって言ってましたけど……」

さみはおじさんに話しかけた。
おじさんは腕組みをしながら言う。

「親御さんは、このことを知っているの?」
「知らないです……」

おじさんの冷静な大人な態度に気圧されて、さみはしおらしくこたえる。

「君がこんな大変な目にあってるのを知らないの?」
「なんか偉そうだけど、あんた、さみに欲情したんだよね? じゃなきゃ、ここにいるわけないし」

僕がしゃべると、おじさんはギョッとした。

「やあ。僕はミラクルらぶりんの相棒のバット!」
「はじめまして。笹賀内(ささがない)太郎丸(たろうまる)の父、壷武良(こむら)です」

ビジネスライクで返してきた。この、大人め。ていうか親子で白い靴下。
遺伝子って強い。
僕は質問を続けた。

壷武良(こむら)はラブカウントのことを知っているの?」
「はい、もちろんです」
「もしかして、ラブカウントの解き方も?」

期待をこめた僕の眼差しに壷武良(こむら)は力強く頷いた。
さみの顔が輝く。

「ですが、私から解き方を教えてはいけません。そんなことをしたら、ラブカウントは永遠に解けなくなります」

衝撃の事実! 僕は思わず大声を出した。

「なんだって! 一体、どうして?」
「魔法とは、そういうものです。……太郎丸(たろうまる)? どうした?」

さみをうっとりと見ていた太郎丸(たろうまる)は、だって、さみはそれはそれはきれいなんだから仕方ない!
急にさみの両手をブーケごとつかんだ。

「さみちゃん、きれいだよ。俺が責任とる! 結婚しよう!」

突然のことに、びっくりして目を見開いているさみもきれいなんだけど、驚きすぎて何も言えない。そりゃ、そうだ。

「はいぃぃぃっ?!」

代わりに壷武良(こむら)が奇声をあげた。

太郎丸(たろうまる)、落ち着け! 結婚って、お前はこちらのお嬢さんと付き合ってもいないだろう? まずは交換日記からだっ!」

お前が落ち着け。

「だって、パパ! ウェディングドレスは結婚式の時以外に着ると、お嫁にいけないって、おばあちゃんが言ってたんだよ!」

真面目か。いや、きつい。
太郎丸(たろうまる)、君はその年で、そんなおとぎ話を信じているのか?

「え! そうなの?」

さみもびっくりした。
やっぱりさみは天使だなぁ。
なんてピュアなんだろう!

太郎丸(たろうまる)! 急に、そんなことを言ったらダメだ! プロポーズっていうのはな、もっと大切にロマンティックに言わないと! 一生に一度のことなんだから!」

違う、そうじゃない。
ていうか太郎丸(たろうまる)
早くさみの手を離すんだ。

「そうか。パパ、ありがとう」

太郎丸(たろうまる)は真面目な顔をして、さみをみつめた。頰が赤い。

「さみちゃん。好きです。俺と結婚してください!」

だから、違う。好きだから結婚って、幼稚園児か。
さみ、今ならきっといける。
物理魔法ミラクルろーきっくを……なんということだ。さみは太郎丸(たろうまる)に負けないくらいの真っ赤な顔で恥ずかしそうに目を伏せている。

太郎丸(たろうまる)ぅっ!」

壷武良(こむら)が交換日記から、とうるさい。

「……ら」

さみが小さな声で言い太郎丸(たろうまる)がききかえす。

「え?」
「連絡先の交換なら」
「本当?! 嬉しいなぁ。ありがとう!」

太郎丸(たろうまる)は無邪気に笑う。さみはぱっと太郎丸(たろうまる)の手を振りほどき駆け出す。そのままショッピングモールに続くドアを開けて中にとびこんだ。

〈カウント・エンド〉

魔法が解ける。
ああ、よかった。僕もさみのバッグのマスコットにもどった。
さみ、逃げる隙をつくるためにあんなこと言ったんだよね?
僕がさみを見上げると、さみは小声で言った。

「男の子の手って大きいんだね。なんか、変な感じ」

ドキドキするのをおさえるかのように、さみは胸に手をあてる。

「……連絡先は本当に交換するの?」

周りの人に気づかれないように僕は小声できいた。
さみも小声で、覚えていたら、と返す。
彼女は気づいていただろうか。
自分が笑っていたことに。


続く
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