第3話 マニアック・スイムウェア
文字数 2,917文字
マニアック・スイムウェア
今日は休日、行楽日和。
だけど私には映画日和。
時野 さみはシネマ・コンプレックスの中でポスターを見ながら心を躍らせていた。転校すること123回。
かつて魔法少女だった時にかけられた魔法「ラブカウント」。
そのせいで彼女は黒ぶち眼鏡で顔を隠し地味に生きていた。つまり友だちがいない。
サコッシュについた毛玉のぬいぐるみは実は魔法少女時代の相棒のバットである。
友だちらしい友だちは彼しかいなかった。
そんな孤独な彼女の休日の楽しみといえば映画鑑賞である。
よーし、さみ、はしごしちゃうぞ! と意気込んだ彼女の背に声が発せられた。
「時野 さん?」
振り向くとクラスメイトの笹賀内 太郎丸 と小学生の女の子がいた。女の子は気の強そうな顔つきをしていて、さみを上から下までじろじろと見る。
「こんにちは。従姉妹なんだけど、相手を頼まれちゃって。時野 さんも映画? 何を観るの?」
さみからの、へぇ、という気のない返事と冷ややかな目つきに太郎丸 の胸はちくちく痛んだ。
彼は最近、後ろめたさから学校では彼女をさけていた。でも、思わぬところで出会い、声をかけずにはいられなかったのだ。
たろちゃん、と従姉妹の日夏 が腕を組む。
「いこうよ!」
「うん、時野 さん。またね」
さみからは生返事と、すぐに背を向けられた。ぎゅっと太郎丸 の息が苦しくなる。同時に目に入った彼女のきれいなうなじにどきどきした。
日夏 とチケットを買いに行く途中、壁に貼られたポスターが目に入る。海で泳ぐイルカに寝そべるようにして外国の女性がセクシーな水着を身につけていた。
〈カウント・スタート〉
さみはギョッとした。
〈スリー〉
一体、誰かとあたりを見回す。
〈ツー〉
誰もさみを見ていない。
〈ワン〉
でも、誰が?
〈ゼロ〉
さみは光に包まれた。光がおさまり彼女は顔を真っ赤にしてしゃがみこんだ。
サコッシュにぶらさがったバットが驚きの声をあげる。
「さみ! なんて格好を! 映画館で水着、いや、それじゃ紐じゃないか! それになんで白い靴下をはいているの?」
「こんなの着たことないっ!」
急にあたりは静まり返り無人となった。従姉妹の日夏 も姿を消している。
ふたりの声を耳にして振り返った太郎丸 は、息をのんだ。
Vの字の形をした水着、水着というよりは太い紐、を着た美少女が床に座り真っ赤な顔で足を開き両手を背中側について胸をつきだしているからだ。
「ま、魔法少女ミラクルらぶりん……いやぁっ!」
魔法のせいで彼女はポーズを決めて名のらなくてはいけない。言い終わるなり、さみは胸を手で隠した。紐で隠せるのは胸の中心だけで、ふくらみはあらわになっているからだ。さみは慌ててサコッシュからバットを外し、にぎりしめる。
「ミラクルらぶりん……さみちゃんなの?」
「名前よびとか、そこまで仲良くないよ!」
バットの抗議は耳に入らず太郎丸 は、はあはあと息をあらくして上気した頰で、さみに近づいていく。
「きゃあああああああっ!!! こないでっ!」
「さみちゃあんっ!」
太郎丸 が今にも襲いかかろうとした、その瞬間 !
「さみ! 今だ!」
「ミラクルさこっしゅっ!!!」
バットのかけ声とともに物理魔法「ミラクルさこっしゅっ」が太郎丸 のあごにクリーンヒットした!
説明しよう! 「ミラクルさこっしゅっ」とはサコッシュの中に文庫本、ペットボトルにみっちみちに入れた小銭など、持ち歩いても不審ではないものをつめて攻撃力をあげた、新たにバットが考案した物理魔法なのだ!
「やったよ! さみ!太郎丸 は倒れて動けない。今のうちに外に出るんだ」
「うん!」
さみは映画館の外に出る。その後ろ姿を床に倒れたまま、ぼやける視界で追って太郎丸 は目を閉じた。
〈カウントエンド〉
外には魔法の効果があり誰もいない。
さみが光に包まれ先ほどの格好にもどると同時に町の雑踏を歩く人々があらわれる。
さみはちろりと映画館を見たが下を向いて家へと歩き出した。手の中のバットが彼女をなぐさめる。その直後、背後からの声にさみは振り返った。
「時野 さん」
彼女のサコッシュを持った太郎丸 が立っていた。
「これ、時野 さんのだよね?ずいぶん重いけど……何が入ってるの?」
「小銭。ありがとう」
さみは太郎丸 からサコッシュを受け取ると、くるりと背を向け足早に去る。
太郎丸 は、それを見えなくなるまで見ていたが従姉妹の日夏 にひっばられ映画館に戻った。
とあるマンション。時野 家 。さみの家。両親は海外におり不在だ。
広いリビングの大画面でレンタルDVDを観ながら、さみは静かに涙を流した。
それをソファーのひじかけの上から見ながらバットは思う。
後遺魔法「ラブカウント」が発動してしまうため、さみには友だちがいない。彼女の唯一の楽しみ、他人と時間と感動を共有できるのが映画鑑賞だった。
「魔法少女さみ」は人が大好きだったのだ。だからこそ、みんなのために悪の組織クッカドゥと戦った。その彼女が孤独を選ぶほど残酷な魔法「ラブカウント」。
映画を観にきた人たちはさみに欲情をすることはなかった。だが、次からそうとは言えない。今日の出来事は深く彼女を傷つけた。
せめて、とバットは思う。せめて自分は彼女の悲しみに寄り添おう。
自分がいなくなったら、その時こそ真の孤独が彼女を襲う。それは決して避けなくては、とも。
深夜といってもいい頃。笹賀内 家。太郎丸 の姉、薫子 は弟の部屋のドアが開くなり太郎丸 の額にボックスティッシュを叩きつけた。
「差し入れだ。使え。うるさいから声をおさえろ。『ああ! さみちゃん! 一緒に!』と、丸ぎこえだ」
太郎丸 は顔を赤くして薫子 を追い返した。
週明けのN高校。今日も目立たず地味子 として1日を終えたさみは、ほっとしながら昇降口で靴を履き替えた。
校門の外の桜並木はもう葉桜だ。
これから毛虫がたくさんつくんだろう、そんなことを思いながら彼女が歩いていた時に声はかけられた。
「時野 さん」
「何?」
目元をゆがませて、訊き返され太郎丸 は少し悲しそうな顔をしたが続ける。
「今度、一緒に映画に行かない? またー」
「何で?」
彼の言葉を遮って、それはそれは冷ややかな目と声で返し、さみはくるりと背を向けて歩き出した。
太郎丸 はしつこく食い下がらず悲しそうに彼女を見送る。
ガワだけは紳士だな、とバットはカバンでゆらゆら揺れながら思った。
続く
今日は休日、行楽日和。
だけど私には映画日和。
かつて魔法少女だった時にかけられた魔法「ラブカウント」。
そのせいで彼女は黒ぶち眼鏡で顔を隠し地味に生きていた。つまり友だちがいない。
サコッシュについた毛玉のぬいぐるみは実は魔法少女時代の相棒のバットである。
友だちらしい友だちは彼しかいなかった。
そんな孤独な彼女の休日の楽しみといえば映画鑑賞である。
よーし、さみ、はしごしちゃうぞ! と意気込んだ彼女の背に声が発せられた。
「
振り向くとクラスメイトの
「こんにちは。従姉妹なんだけど、相手を頼まれちゃって。
さみからの、へぇ、という気のない返事と冷ややかな目つきに
彼は最近、後ろめたさから学校では彼女をさけていた。でも、思わぬところで出会い、声をかけずにはいられなかったのだ。
たろちゃん、と従姉妹の
「いこうよ!」
「うん、
さみからは生返事と、すぐに背を向けられた。ぎゅっと
〈カウント・スタート〉
さみはギョッとした。
〈スリー〉
一体、誰かとあたりを見回す。
〈ツー〉
誰もさみを見ていない。
〈ワン〉
でも、誰が?
〈ゼロ〉
さみは光に包まれた。光がおさまり彼女は顔を真っ赤にしてしゃがみこんだ。
サコッシュにぶらさがったバットが驚きの声をあげる。
「さみ! なんて格好を! 映画館で水着、いや、それじゃ紐じゃないか! それになんで白い靴下をはいているの?」
「こんなの着たことないっ!」
急にあたりは静まり返り無人となった。従姉妹の
ふたりの声を耳にして振り返った
Vの字の形をした水着、水着というよりは太い紐、を着た美少女が床に座り真っ赤な顔で足を開き両手を背中側について胸をつきだしているからだ。
「ま、魔法少女ミラクルらぶりん……いやぁっ!」
魔法のせいで彼女はポーズを決めて名のらなくてはいけない。言い終わるなり、さみは胸を手で隠した。紐で隠せるのは胸の中心だけで、ふくらみはあらわになっているからだ。さみは慌ててサコッシュからバットを外し、にぎりしめる。
「ミラクルらぶりん……さみちゃんなの?」
「名前よびとか、そこまで仲良くないよ!」
バットの抗議は耳に入らず
「きゃあああああああっ!!! こないでっ!」
「さみちゃあんっ!」
「さみ! 今だ!」
「ミラクルさこっしゅっ!!!」
バットのかけ声とともに物理魔法「ミラクルさこっしゅっ」が
説明しよう! 「ミラクルさこっしゅっ」とはサコッシュの中に文庫本、ペットボトルにみっちみちに入れた小銭など、持ち歩いても不審ではないものをつめて攻撃力をあげた、新たにバットが考案した物理魔法なのだ!
「やったよ! さみ!
「うん!」
さみは映画館の外に出る。その後ろ姿を床に倒れたまま、ぼやける視界で追って
〈カウントエンド〉
外には魔法の効果があり誰もいない。
さみが光に包まれ先ほどの格好にもどると同時に町の雑踏を歩く人々があらわれる。
さみはちろりと映画館を見たが下を向いて家へと歩き出した。手の中のバットが彼女をなぐさめる。その直後、背後からの声にさみは振り返った。
「
彼女のサコッシュを持った
「これ、
「小銭。ありがとう」
さみは
とあるマンション。
広いリビングの大画面でレンタルDVDを観ながら、さみは静かに涙を流した。
それをソファーのひじかけの上から見ながらバットは思う。
後遺魔法「ラブカウント」が発動してしまうため、さみには友だちがいない。彼女の唯一の楽しみ、他人と時間と感動を共有できるのが映画鑑賞だった。
「魔法少女さみ」は人が大好きだったのだ。だからこそ、みんなのために悪の組織クッカドゥと戦った。その彼女が孤独を選ぶほど残酷な魔法「ラブカウント」。
映画を観にきた人たちはさみに欲情をすることはなかった。だが、次からそうとは言えない。今日の出来事は深く彼女を傷つけた。
せめて、とバットは思う。せめて自分は彼女の悲しみに寄り添おう。
自分がいなくなったら、その時こそ真の孤独が彼女を襲う。それは決して避けなくては、とも。
深夜といってもいい頃。
「差し入れだ。使え。うるさいから声をおさえろ。『ああ! さみちゃん! 一緒に!』と、丸ぎこえだ」
週明けのN高校。今日も目立たず
校門の外の桜並木はもう葉桜だ。
これから毛虫がたくさんつくんだろう、そんなことを思いながら彼女が歩いていた時に声はかけられた。
「
「何?」
目元をゆがませて、訊き返され
「今度、一緒に映画に行かない? またー」
「何で?」
彼の言葉を遮って、それはそれは冷ややかな目と声で返し、さみはくるりと背を向けて歩き出した。
ガワだけは紳士だな、とバットはカバンでゆらゆら揺れながら思った。
続く
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