静けさと心の闇01
文字数 3,236文字
つか、アドレナリンって本当に出るもんなんだな。今更になって、余計に痛い。内頬は舌で触るとザックリと切れているのが分かるし……。鼻は……良かった、曲がってはいない。
喧嘩つか、あそこまで容赦無くヤられるとか。それだけは、不良漫画となにも変わらないな。
俺は、歩く度に痛む腹を押さえ。
先生の目から逃れるように、ソソクサと保健室に向かった。
こんな状況で見つかったら何言われるか分かったもんじゃない。
──ヒーローか。面と向かって言われると恥ずかしいものがある。
と言うか、今思えば夢で俺は、そんな恥ずかしい事を言っていたのか……。
「にしても、夢が現実に繋がってしまうのはややこしくなってしまうな……」
いや、そうでもないのか? 悩みどころだな。
「っと、此処が保健室か」
俺は、正直、保健室は好きじゃない。
ドラマやアニメでは良くサボリ場として使われているが、そんな風習一つもない。
具合悪いと行けば「何処が気持ち悪いか」だの「熱測る」だの。ちゃんとした根拠がなければ適当な事を言って追い返される。
故に、中学の時は逃げ場なんか一つもなかった。
俺は、なんだか重たいと感じるドアを“ガラガラ”と開け、清潔感漂う保健室へと一歩踏み込んだ。
「失礼します」
──ってアレ? 誰も……。ってそりゃそーか。
四人が、図書室を後にしてから時間は結構経ったとは思う。
時計を見ていないから何とも言えないが、少なくとも三十分は経ったはず。
空は茜色に染まり、この清楚感があの日の記憶を呼び起こす。
蒼葉優──
「……って、うぉあ!!」
──だ、誰がッ。
俺は、蟻地獄に囚われた蟻のように腕を掴まれ強い力で薄ピンク色のカーテンの中へと吸い込まれた。
その瞬間訪れたのは闇……。深い闇……。
そして、微かに顔から伝わる冷たい感覚。
「だーれだ」
──だーれだ。って、こんな感情を殺したような声をしているのは一人しか居ない。
「お前な……。そーゆ質問したいなら、もう少し演じろよな?」
俺は、その腕から逃げるように前に進み振りほどく。そして、答え合わせをするべく振り返った。
「む……なるほど」
俺の答えは見事に的中。
目の前に立つ少女、桜くくりは一度、目を瞑り黙考しているのか静まり返り。瞼を開くなり「よし」と言うかのように頷き。
「──だーれだ」
「いやいや、変わってないし。と言うか、声が多少高くなったぐらいじゃねーか!」
「──チッ」
「せめて、舌打ちぐらい練習しろよ。言葉でいう人初めてみたぞ? しかも真顔で」
“キィっ”とベッドの軋む音を鳴らしながら俺は、座り口にした。
茜色が混じる青い瞳は幻想的で、潤んだ桜のような唇は艶やかな雰囲気を出す。
なのに、それらを全て壊すかのように桜くくりは無表情・人に興味が無いような平坦な口調……。それは、さながらアンドロイドだ。彼女から伝わる冷たさは一体なんなのだろうか。
でも──
そんな彼女もまた俺と同じ『夢渡り』の能力を持っている。
桜くくりは上履きをフローリングに滑らし“キュッ”と言う音を出しながら俺の隣に“ふわっ”と座る。
その時、生まれた風が桜くくりの甘い匂いを俺の鼻へと誘う。
それは、いくら無表情でも女の子らしい匂い。
俺は、変な緊張を誤魔化すように、何も無いカーテンの先を見据える。
「──んと、さ? 他の皆は??」
「先生は、職員室、未来、塾、蒼葉、蒼葉……ん?」
ま、確かに蒼葉優縁と桜くくりは、これと言って共通点もない。もしあるとしたのなら、何も無ければ何時間でも黙っていそうな雰囲気。
それは相性はいいのかも知れないが、こう言った情報を聞き出すのには厄介すぎる。
「まぁ、イイや。くくりはずっと待っててくれたのか??」
「うん」
「なんか、ごめんな」
「謝る事、ない、それよりも、怪我、ちゃんとみせて」
俺は、言われるがままに、未だに見ていないじぶの顔を桜くくりに向ける。
「目、つむって」
「目!?」
「うん、目」
「……おう」
カーテンを開ける音が鳴り。
窓から射すほのかに暖かい西陽が背中を包む。
何かをやっているであろう“カタカタ”と言う音が暗闇の中で想像を踊らし、桜くくりの足音が物陰と同時に近くなる。
何も無い静かな空間に二人だけの為の必要な音が響く。それは変にドキドキして、消毒液から漂う独特のキツイ匂いが勘違いさせぬようにと嗅覚を刺激する。
「……ッッ!!」
「動いたら……めっ」
あまり刺激せぬようにだろうか、桜くくりは俺の顔を優しく拭う。逃げぬようにと、不意に掴まれた腕に神経が行き渡り、顔から伝わる冷たい痛みよりも。
腕から伝わる冷たい暖かさで頭がいっぱいだった。
目と鼻の先に彼女の顔があるんだ。いま、俺達はどんな格好になっているのだろう。このまま、瞼を開けたら……。
俺は、今朝の出来事を思い返さずにはいられなかった。
──だって、あんなん! もう、一生体験出来るか分からないし! 桜くくりは美少女だし!!
だけど、俺にはそんな勇気は無く。
次、瞳に光を宿した時は終わりを告げる言の葉が舞った後。
俺は、逃げる様に嗽をし、染みる痛みと口から出た薄まった血は、自分の煩悩を恥れと言っているかのように思ってしまった。
そう、彼女は誰の為でもない、俺の為にここまでしてくれているのだから。
俺は、そんな自分を洗い流すように顔をついでに洗う。
そして、びちょびちょに濡れた俺の顔を桜くくりは指を指した。
「──ゆーだい……折角やったのに……」
──あ。
「すまない……」
「ん、仕方ない、そこに、また、チョコんして」
“バンバン”とベッドを叩き、桜くくりは俺の治療をしてくれると言う。
──くそ、なんていい子なんだ……。
俺は座り、そして、次は無言を作らぬようにと話題を考える。
二人の共通した話題……そして、俺が聞きたい話……。それは一秒もかからずに頭を巡った。
「なぁ、くくりは夢渡り、いつからか出来たんだ??」
「うちは、中学三年の中旬ぐらい」
──って、事は、もう半年以上は夢魔と……。
何故彼女は、心が壊れる。と言う危険を伴ってでも夢魔討伐もとい夢渡りをしているのだろうか。
けして、体つきがいいとは言えない。寧ろ華奢な子が。俺は、まるで一本道かのように他に何も考えられなくなり。
そして、溜まりに溜め、その事を聞いた。
「……うちの、存在意義、そこにだけ、あった。昔は」
「それは、小説を書く。と言った点でか?」
「うん、うちの、世界、ここには無い、必要ない、と思っていた」
──なんか、俺に似てるな……。
多分、環境は違えど、彼女と俺は何処か似ている。そう思わざるを得なかった。
「目……あけて、いいよ」
「お、おう」
俺は、顔を見ぬように目を逸らしながら瞼を開き壁を見つめた。
「でも、さ、寂しくないの? 現実世界を捨てているようなさ」
──なんなんだろ。この救いを、この世界に救いを求めているような。希望があってもいいような質問の仕方は。
俺は、何故そんな事を聞いたのか。口にしたのか自分でもさっぱり分からなかった。
矛盾だ。
「捨ててる、んじゃないよ、見限ってる」
「それわ……」
それ以上の語彙が見当たらなかった。
何故なら、その言葉を放つ時に漏れる吐息には重々しい何かを感じてしまったから。
「そんな事より」
彼女にとって、今の現状と言うのは『そんな事より』と言ったもので片付いてしまうのだ。
だが、少なからず共感している自分が居るのも間違いない。多数決ならば、俺も確実に桜くくりに賛同するだろう。
俺は、そんな曖昧な回答を有耶無耶にするかのように、深く相槌をした。
喧嘩つか、あそこまで容赦無くヤられるとか。それだけは、不良漫画となにも変わらないな。
俺は、歩く度に痛む腹を押さえ。
先生の目から逃れるように、ソソクサと保健室に向かった。
こんな状況で見つかったら何言われるか分かったもんじゃない。
──ヒーローか。面と向かって言われると恥ずかしいものがある。
と言うか、今思えば夢で俺は、そんな恥ずかしい事を言っていたのか……。
「にしても、夢が現実に繋がってしまうのはややこしくなってしまうな……」
いや、そうでもないのか? 悩みどころだな。
「っと、此処が保健室か」
俺は、正直、保健室は好きじゃない。
ドラマやアニメでは良くサボリ場として使われているが、そんな風習一つもない。
具合悪いと行けば「何処が気持ち悪いか」だの「熱測る」だの。ちゃんとした根拠がなければ適当な事を言って追い返される。
故に、中学の時は逃げ場なんか一つもなかった。
俺は、なんだか重たいと感じるドアを“ガラガラ”と開け、清潔感漂う保健室へと一歩踏み込んだ。
「失礼します」
──ってアレ? 誰も……。ってそりゃそーか。
四人が、図書室を後にしてから時間は結構経ったとは思う。
時計を見ていないから何とも言えないが、少なくとも三十分は経ったはず。
空は茜色に染まり、この清楚感があの日の記憶を呼び起こす。
蒼葉優──
「……って、うぉあ!!」
──だ、誰がッ。
俺は、蟻地獄に囚われた蟻のように腕を掴まれ強い力で薄ピンク色のカーテンの中へと吸い込まれた。
その瞬間訪れたのは闇……。深い闇……。
そして、微かに顔から伝わる冷たい感覚。
「だーれだ」
──だーれだ。って、こんな感情を殺したような声をしているのは一人しか居ない。
「お前な……。そーゆ質問したいなら、もう少し演じろよな?」
俺は、その腕から逃げるように前に進み振りほどく。そして、答え合わせをするべく振り返った。
「む……なるほど」
俺の答えは見事に的中。
目の前に立つ少女、桜くくりは一度、目を瞑り黙考しているのか静まり返り。瞼を開くなり「よし」と言うかのように頷き。
「──だーれだ」
「いやいや、変わってないし。と言うか、声が多少高くなったぐらいじゃねーか!」
「──チッ」
「せめて、舌打ちぐらい練習しろよ。言葉でいう人初めてみたぞ? しかも真顔で」
“キィっ”とベッドの軋む音を鳴らしながら俺は、座り口にした。
茜色が混じる青い瞳は幻想的で、潤んだ桜のような唇は艶やかな雰囲気を出す。
なのに、それらを全て壊すかのように桜くくりは無表情・人に興味が無いような平坦な口調……。それは、さながらアンドロイドだ。彼女から伝わる冷たさは一体なんなのだろうか。
でも──
そんな彼女もまた俺と同じ『夢渡り』の能力を持っている。
桜くくりは上履きをフローリングに滑らし“キュッ”と言う音を出しながら俺の隣に“ふわっ”と座る。
その時、生まれた風が桜くくりの甘い匂いを俺の鼻へと誘う。
それは、いくら無表情でも女の子らしい匂い。
俺は、変な緊張を誤魔化すように、何も無いカーテンの先を見据える。
「──んと、さ? 他の皆は??」
「先生は、職員室、未来、塾、蒼葉、蒼葉……ん?」
ま、確かに蒼葉優縁と桜くくりは、これと言って共通点もない。もしあるとしたのなら、何も無ければ何時間でも黙っていそうな雰囲気。
それは相性はいいのかも知れないが、こう言った情報を聞き出すのには厄介すぎる。
「まぁ、イイや。くくりはずっと待っててくれたのか??」
「うん」
「なんか、ごめんな」
「謝る事、ない、それよりも、怪我、ちゃんとみせて」
俺は、言われるがままに、未だに見ていないじぶの顔を桜くくりに向ける。
「目、つむって」
「目!?」
「うん、目」
「……おう」
カーテンを開ける音が鳴り。
窓から射すほのかに暖かい西陽が背中を包む。
何かをやっているであろう“カタカタ”と言う音が暗闇の中で想像を踊らし、桜くくりの足音が物陰と同時に近くなる。
何も無い静かな空間に二人だけの為の必要な音が響く。それは変にドキドキして、消毒液から漂う独特のキツイ匂いが勘違いさせぬようにと嗅覚を刺激する。
「……ッッ!!」
「動いたら……めっ」
あまり刺激せぬようにだろうか、桜くくりは俺の顔を優しく拭う。逃げぬようにと、不意に掴まれた腕に神経が行き渡り、顔から伝わる冷たい痛みよりも。
腕から伝わる冷たい暖かさで頭がいっぱいだった。
目と鼻の先に彼女の顔があるんだ。いま、俺達はどんな格好になっているのだろう。このまま、瞼を開けたら……。
俺は、今朝の出来事を思い返さずにはいられなかった。
──だって、あんなん! もう、一生体験出来るか分からないし! 桜くくりは美少女だし!!
だけど、俺にはそんな勇気は無く。
次、瞳に光を宿した時は終わりを告げる言の葉が舞った後。
俺は、逃げる様に嗽をし、染みる痛みと口から出た薄まった血は、自分の煩悩を恥れと言っているかのように思ってしまった。
そう、彼女は誰の為でもない、俺の為にここまでしてくれているのだから。
俺は、そんな自分を洗い流すように顔をついでに洗う。
そして、びちょびちょに濡れた俺の顔を桜くくりは指を指した。
「──ゆーだい……折角やったのに……」
──あ。
「すまない……」
「ん、仕方ない、そこに、また、チョコんして」
“バンバン”とベッドを叩き、桜くくりは俺の治療をしてくれると言う。
──くそ、なんていい子なんだ……。
俺は座り、そして、次は無言を作らぬようにと話題を考える。
二人の共通した話題……そして、俺が聞きたい話……。それは一秒もかからずに頭を巡った。
「なぁ、くくりは夢渡り、いつからか出来たんだ??」
「うちは、中学三年の中旬ぐらい」
──って、事は、もう半年以上は夢魔と……。
何故彼女は、心が壊れる。と言う危険を伴ってでも夢魔討伐もとい夢渡りをしているのだろうか。
けして、体つきがいいとは言えない。寧ろ華奢な子が。俺は、まるで一本道かのように他に何も考えられなくなり。
そして、溜まりに溜め、その事を聞いた。
「……うちの、存在意義、そこにだけ、あった。昔は」
「それは、小説を書く。と言った点でか?」
「うん、うちの、世界、ここには無い、必要ない、と思っていた」
──なんか、俺に似てるな……。
多分、環境は違えど、彼女と俺は何処か似ている。そう思わざるを得なかった。
「目……あけて、いいよ」
「お、おう」
俺は、顔を見ぬように目を逸らしながら瞼を開き壁を見つめた。
「でも、さ、寂しくないの? 現実世界を捨てているようなさ」
──なんなんだろ。この救いを、この世界に救いを求めているような。希望があってもいいような質問の仕方は。
俺は、何故そんな事を聞いたのか。口にしたのか自分でもさっぱり分からなかった。
矛盾だ。
「捨ててる、んじゃないよ、見限ってる」
「それわ……」
それ以上の語彙が見当たらなかった。
何故なら、その言葉を放つ時に漏れる吐息には重々しい何かを感じてしまったから。
「そんな事より」
彼女にとって、今の現状と言うのは『そんな事より』と言ったもので片付いてしまうのだ。
だが、少なからず共感している自分が居るのも間違いない。多数決ならば、俺も確実に桜くくりに賛同するだろう。
俺は、そんな曖昧な回答を有耶無耶にするかのように、深く相槌をした。