夢魔の脅威02

文字数 3,052文字

降りたまでは良かった。そこまでは、捨て台詞は兎も角。後ろに居た唯にはヒーローに見えたかもしれない。だが、本棚の上から覗き込む唯の瞳にはヒーローと呼べる者。なのか悩んでしまうであろう光景が写っていた。



これを見ても尚、唯はヒーローだと思うか、思わないか。それは唯にしか分かりえないが、それでも幾ら何でも情けない。





「……くっそ! 何で、当たらねー!!」



振るった刀は大振りで。奮う感情とは裏腹に冷たく空振りし続ける。当然と言えば当然だ。雄大が物凄い剣技を使うなんて言うのはゲームのみ。都合良く剣道をやっていた。なんて、事も無い。



唯一あるのは、地元である湊町で培った持久力。後は、山遊びで手に入れた多少の握力。



だが、それでも鉄の長刀を振るうと言うのは体力を大いに消耗するもの。



上がっていくのは高ぶる感情では無く、雄大の心拍数。それを知らせるかのように吐息の速度もまた、早くなってゆく。



「はぁ……はぁ……まっ……たく、思……って……たのと違う……」



“カツン”



刃先が、地に触れる高い音が、狂い叫ぶ夢魔の声量を裂き、切なく耳に残る。



人を模した夢魔。形は人であれど中身は『魔』が付く生物か非生物か。



刀を振るっている時は、野生じみた避け方。後方へ、バックステップをし距離を取っていたが。もはや、体力の限界に近付いている雄大には必要無い。と、感じたのか“ジリジリ”と距離を詰める。



片目を瞑りながらも、眼を逸らすことなく。この危機的状況にも関わらず、雄大が鋭い眼光で夢魔を射て居るには理由があるのだ。



「お……ぉレの……オレ"ガァァァア!!」



「な、長門さんっ!!」



「──バーカ」



それは、夢魔が爪らしき鋭い何かを振りかぶった時。



それは、本棚の上から唯が必死であろう叫び声を出した時。



それは一瞬にして起こった。



風を斬り鳴らす美しい音と共に、一体の胴を真っ二つに斬り捨てた。



だが、不思議な事に、斬った感触を雄大が感じることは無く。それに関して、雄大は右手を瞳に写し。握り開き、不思議だと、首を傾げる。



が、効果はあった。それは雄大が心で確信しなくとも、目の前で起きてる現場を見れば誰でも分かる。



真っ二つになった体からは、血では無く黒い何かが吹き出し続けていた。そしてそれは、さながら水蒸気のように広がり薄くなり消えてゆく。



「押して駄目なら引いてみろってな??」



前のめりになっていた唯は力が抜けたように“へニャン”と座り込む。



「残りは……四体か……。今みたいな作戦に乗ってくれる訳は……ないですよねぇ、やっぱり」



落胆はしつつも、それでも対抗出来ている事実は、雄大に自信を肥やして行く。



表情は緩み。広角は上がる。



「さあ、第二幕の開始だ!!」



雄大は、今。自分が憧れていたヒーローに近付いている事に喜びを感じていた。



「な、長門さん……大丈夫ですか??」



憂いたような声を、眉を顰め唯は口にする。



その弱々しい声はしっかりと、雄大の鼓膜を叩き。



振り返り、笑顔で。



「だーいじょうぶだ! 俺は、今。朝霧さんのヒーローになるんだ!」



「……え? 私の……ヒーロー??」



赤ブチ眼鏡の奥にある瞳を揺らし。顔を赤らめる唯。

雄大は、別に下心で言ったんではなく。ありのままの事を言ったに過ぎない。



「私……初めて言われました……」



小さく吐露する唯。



夢の中とはいえ、些か言い過ぎ。と言うより、恥ずかしくないのか。とも、思ってしまうが。雄大の瞳に“フツフツ”と湧き上がる激情はそんな事すら掻き消す正義感。



一体が倒され、夢魔は尚、警戒を強めたのか避けながら距離を取る。



気がつけば、唯と雄大の距離も遠のき始めた。



雄大は、それを確認するように後ろを一瞬向いて頷く。



──よし、ここまで距離が離れれば……簡単に近づけまい。



「あとは、一太刀、たった一太刀浴びせる事が出来ればっ……!!」



それは、一体の夢魔を討伐した時に自ら勝ち得た情報。



その前段階に足踏みをしている段階だが、希望がある。雄大は、そう確信……いや、思い込むことに努めた。



だが、野生じみた俊敏な動きは刀の間合いに入ることは無い。



防戦一方とも攻防一体とも言えない、歯がゆい時間が過ぎる。



そんな時、雄大はある事に引っかかる。



──もし……もし。夢魔を倒せず、目覚めたらどうなるのだろうか。





それは、雄大がアリス、ラビから聞いていなかったもの。よく良く考えれば雄大は事細かいものを何一つとして聞いていないことに気がつく。



「このままじゃ!! うらぁ!!」



下段の構えから振るった一太刀は、ラッキーパンチとなる。

そして、避けきれなかった一体の片腕が消失し。切り口からは、さながら墨汁が吹き出すが如く黒い物を吹き出す。そして、それは地に落ちることなく再び消えゆく。



「よっしゃ……いけるとしか思えねぇ……!!」



雄大は、柄をもう一度強く握り直し。刃先を夢魔へと、向ける。



その刀身に夢魔を写し、雄大は再び飛びかかる……が。



「な……なんだよ……何が……どうなって?」



思わず、鼻白む雄大の目の前に写りこんだのは。重なり合体し一体化した夢魔。

その容姿は、二メートル以上ある身長・長い一本角・雄大の身長よりもある薙刀。それは、さながら暗鬼のようだった。



まだ、人の形を模した夢魔だからこそ。初見でもある程度は気持ちにゆとりを持つ事が出来ていた雄大だが。



目の前のそれは、化物であり、怪物。後退りをし・定まらない視点・震えた柄を握る手・止まらない冷や汗。そう、雄大は完璧に臆してしまっていた。



一気に雰囲気を根こそぎ持ってかれ、夢魔に向けた刃先は次第に地に落ちる。





「長門さん!! 避けてッ!!」





それは、離れた場所から目を離さず見ていたであろう、唯の叫び声。



しかし、雄大がその声に反応する時には……。



「ぐあっ……!! う……腕がッ!!」



夢魔の一振りにより、お返しだと言わんばかりに雄大の左腕が肩からブチ切れる。



飛び出、吹き出す赤い血は止まることなく地面を滝の如く叩きつけた。



その、大量出血に冷静を保てる者など居ないだろう。それが、例え夢だとしても。

──トマレトマレトマレトマレ!!

膝をおり、瞳孔を狭めながら右手をで腕を力強く抑え込むが。その努力も虚しく、血は流れる。



気が付けば、雄大の周りは赤い水溜りで満たされ。少し動く度になる“ピチャッ”と言う音が生々しい。



「今、私、行きますから!!」



大きい唯の声を聞き漏らさぬ様に耳が“ピクリ”と動く。



そして、雄大は大きく息を吸いこみ、精一杯声を出す為に体を反らし。



「く、来るなぁ!! それだけは駄目だ!! 朝霧は逃げるんだ!!」



どうにか落とさずに兼ね備えていた、本来の目的。雄大は、本能でそれに従い喉を震わし猛々しいく叫んだ。





「ぉおお……おれ……の? ぉおれぇ!! のぉお!!」



夢魔が再び振りかぶる。雄大は完璧に間合いの内に居るだろう。刀で防いだとしても、どうなるか分からない。



無力だった自分を悔いながら雄大は心に思う。



──もっと強くなりたい。



「……え?」



その瞬間、雄大を襲った感覚はさっきまで無風だったこの部屋を通り過ぎた風。



そして、その人影に雄大は口を開く。



「お前は一体……」
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