桜くくりと夢魔の剣撃01
文字数 2,501文字
桜くくりは、そこに居た。『そこ』が何処だと言うと、それは長門雄大が住まう。一人で住まうには大きい一軒家の前。
その玄関を目の前に、かれこれ十分は立ち尽くしたまま。
日は暮れ、暗がりにヒッソリと立つ姿は気味が悪い。が、それを通報する人が居ない。と言うよりも、通行人すら少ない為、注目すら浴びはしない。
くくりは、くくりなりに悩んでいた。
何て言えば良いのか。くくりは無表情と言うのもあり、過去を振り返っても浮いてる存在。
そんな彼女は、当然として人を寄せ付けずに居た。結果、家に訪問は疎か休み時間に友達と遊ぶ。と言ったことも無かった。
だからこそ、絢美未来に懐いているのだ。
──行こう、
顎を引き、追い風に身を任すように腕を伸ばす。
──“ガチャ……”
その鈍い音はインターホンでは無くドアが開いた音。
「……開いた」
くくりは悩んでいた。二階に漂う淡い光。それは当然、雄大が居るという証だろう。
しかし、もし、インターホンを鳴らし他にも関わらず出てこなかったら……居留守を使われたら。
自分は、どんな行動を取ればいいのか。
そんな事をかれこれ十分以上考えた結果。
それなら、部屋に入ってしまえばいい。と言う解に行き当たった。それが、この結果と言える。
「──スンスン……これが、ゆーだいの家の匂い……甘くて優しい匂い……これは、金木犀?」
芳香剤に鼻を近づけ、匂いを嗜む。ちょっと、何かが違う気もするが。くくりは、そんな事を気にせず自分の世界を繰り広げる。
「お邪魔します」
靴を脱ぎ捨て、くくりは軋む廊下を“ヒタヒタ”と歩く。
──あっ
くくりは、来た道を戻り。細い脚を折り、屈むと、自分の靴を綺麗に直した。
「人の家でガサツは……めっ」
自分で自分に説教を終え。辺りを見渡し、くくりは一点を見つめる。それは、二階だ。
光が灯ってる二階へと、くくりは足を運ぶ。
踏み込む度に軋む音は薄暗さと相まって、おどろおどろしい。
一つのドアの隙間から溢れる光を見つけ、くくりは頷く。
「……ピーンポーン」
自分で口にするチャイム音が隅々に行き渡り。くくりは首を傾げる。
「ゆーだい、居留守??」
くくりは、手を伸ばし。冷たいドアノブを肌で感じながら静かにドアを開ける。
目の前にはベッドで横になる短髪、小麦色に焼けた男、雄大が寝ていた。
しかし、様子がおかしいのは少し離れたここからでも見てわかる。
「──もしかして」
その姿を瞳に写した、くくりは足早に雄大の元へ駆け寄る。
それは、さながら悪夢に魘されている苦しそうな表情。上がる荒々しい吐息、瞼の内側で動き回る目玉・激しい寝返り。
くくりは、その傷が大きい腕を自分の胸に持っていき、
「今、助ける、から」
そう言うと、制服を脱ぎ始める。くくりは、部屋で寝る時。服を着て寝るとまったく寝付けない。故の行動……だが、少し静止して、ハンガーに掛けてある雄大のワイシャツに手を伸ばす。
「これ、借りれば、だいじょーび」
くくりには些か大きいワイシャツを着て、いや羽織る。
「……あ、だから。人の家でガサツ──めっ」
丁寧に制服を畳み、徐に雄大と同じ布団に入り込む。
そして雄大の、くくりには少し大きい手を両手で包みながら目を瞑った。
****
──ここは、雄大の夢の中……じゃない。
ピンクに染まる辺りを見渡し、時間をかけることも無く解はそこに行き着く。
くくりは、目を閉じ。服装をイメージする。すると、変身とでも言うかのように、くくりの見た目は変わる。
「……一蹴りは風を熾す、邪を押し退ける強い風、それは、翔る強い風、それは、猛りと静寂を司る強い風、うちは全てを巻き上げ跋扈する。それは、風の羽衣、力を貸して……フルトゥーナ!!」
左中指に付けられた指輪は、輝きを増す。
しかし、周りはこれと言って変化はない。が、変化を身近に感じているのは、他ならぬくくり。
軽く跳躍を終えると、深々と膝を曲げる。
「……いくよ」
地を蹴り飛ばした。それは文字通りだと言うしかない。
まるで、野を駆け回る兎の如く、いや、空を翔る燕の如く。くくりは、目にも留まらぬ跳躍をした。それも、辺りの書物や人形を舞いあげ、巻き込みながら。
それは、さながら突風。
一歩を踏み込み、長い距離を飛翔し、また一歩を踏み込む。その度に一体が激しく唸る。
余りの速さに、通り過ぎるものは一線としか視認が出来ない。それでも、くくりは慣れているのように縦横無尽に翔て行く。
「──けは駄目だ!! 朝は……げるんだ!!」
くくりをなぞるかのように流れる風は微細な音も包み流れる。
その風が運んできた声。それを確認し、
「……あっち」
目の前にある本棚に飛び掛り、そして垂直に蹴り飛ばす。
「赤く染まる刃……根絶の大鎌。百七十あるその一振りは、絶望を残し全てを狩り尽くし。その一振りが奏でる音は畏怖を植え付ける。それは全てを選定する権利を与えられた、破滅と消滅の代名詞。うちに終わらせる力を……エマ・メタノイア」
再び、光を放ち。広げた右手のひらには、くくりの身長よりも長く刃が赤い大鎌が具現化されていた。
それは、あまりにも異様で。くくりの足元に伸びる鎌の曲線は、美しくも恐ろしい。
それは、さながら死神の大鎌。
「いた……」
くくりが風を巻き起こし到着し、目が合った頃。雄大の腕は断裂していた。
平常心すら保ててるか分からない程、雄大の視点は定まらず。それでも、何処か助かったような表情を浮かべる。
「……血の、流れは、人を一番、不安にさせる……まず、止めないと……」
くくりは、雄大に向け手のひらを広げ翳す。
「命の神秘。それは、終わりと再生の福音。流れ出る赤い血は生の証。途切れた糸を嗣ぐむ女神よ。慈悲なる心で、救いたまえ。セラス・セラピア」
「ちょ!! 何する気だっ!?」
くくりから放たれた淡い光。エメラルド色をした光。
その光が、雄大の腕を包み込む。すると、血管一つ一つがまるで、塞がれたかのようにピタリと血が止まった。
雄大は、呆気に取られたような表情を浮かべ、くくりを見つめる。
──これ以上は、ゆーだい、危ない。
「あっち行ってて」
「俺も戦」
「無理、邪魔」
すると、雄大は苦渋を舐めるような表情を浮かべる。
──ゆーだい達は、うちが護るから……。