蒼葉優縁と過去と俺02
文字数 2,621文字
「……うん」
──何故か、息苦しさを感じる。
だから、俺は今ある静けさを切り裂くように言葉を放った。
放った後に思う。今の発言、もとい相槌は返事を催促するように聞こえたりしなかっただろうか。それなら、何も言わずに待っておくべきだっただろうか。
でも、何故だか。今の静寂は駄目な気がしたんだ。
「家族が居ない私は、変な目で見られ・変な感じに同情され──そして、無い事ばかりを広められイジメにあっていたのよ」
小学生とは、そういったものだ。善悪がハッキリと区別出来ない。故に加減が出来ない。そして、偽りすら真実を捻じ曲げる力を持っている。
でも、何だろ。何だろうこの頭痛と古傷が疼く感じは。
──イジメ? 一人の女子……。
「それでも、変わらずに接してくれて居たのは、貴方。長門君だけなの」
「……俺??」
「そして、そんな私の命を救ってくれたのも──」
振り向き、強い視線で俺を蒼葉優縁は見つめた。それだけで何が言いたいのか。流石の俺も理解は出来た。だけれど、命を救った。なんて、言われても正直分からない。
「長門君、貴方なの。あの雨上がりの夏の日。時間はそう、今日みたいに空が綺麗で周りが黄昏に染まる頃」
「あめ……あがり? 黄昏?」
「そう。私と長門君は、いつもの山に遊びに行っていたの。虫を捕まえたり、冒険したり」
椅子に再び座り。書物に手を出すことなく。汗をかいたペットボトルに入ったお茶を二口程含み、細い首から微かに出る喉を動かし飲み込んだ。
その光景に、色っぽさを場違いな程に感じ。俺は目を逸らす。
──だけど、蒼葉の発言は何処と無く懐かしい感じがするんだ。
「山は、泥濘。決して足元が良いとは言えなかった。けれど、私達はそれすら歩き慣れていたの」
──まてまて、俺だけならともかく。この子、どんだけ活発少女だったんだよ。今や見る影もねーな。
「あの日、長門君は渋い顔を時折見せ『嫌な感じがする』『なんだろう、この、モヤモヤする違和感。何処かで……』と、口にしていた。そして、ある事故が起こってしまった」
「事故??」
「そう、それは私達が行きなれている道。玉城高校の通学路でもある、あの緩い坂の右手」
──右手?
それは、山肌を削り。コンクリで固めてあるものだ。
そもそも、山が多いこの土地は、そう言った箇所が幾つも存在している。
故に、坂から見える木々までは意外と高低差があるのだ。
「私は、泥濘に足を取られ。そして、転げたの。その時、私を……その……あの……」
──ん? 何故、この子は急に顔を赤らめ出したのだろうか。
口を結び、両またで手を挟み“モジモジ”とし、言いにくそうな雰囲気を醸し出す蒼葉優縁。一度目を瞑り、深く呼吸をした。
そこまで、気持ちを正す必要があるのだろうか。
「……私を庇うように抱きしめて、転げ。そして、私達はあの坂に落ちた。長門君が下になり庇ってくれた私は軽傷。でも、私を抱き締めていた長門君は受け身も取れず、頭を強く打って……。長門君? 何も思い出せない??」
──頭を打って……。あの日の事……。
痛む頭・疼く古傷・そして震える両手。そのどれもが、俺をあの日へと誘うかのように。まるで力強い大波の様に激しく打ち付ける。
頭を抱え、冷や汗が流れる中。記憶に微かに残っていた幼き日の誰かの笑顔を思い出す。
純粋な笑みで、近寄る少女……。それが……蒼葉……優縁?
「ッッッ!!」
──いっっってぇぇええ!! 何でこんな痛いんだ!!
「だ、大丈夫?? 無理をして欲しいんじゃないの。ただ、知って欲しかったの」
「はぁ、はぁ、いや。大丈夫だよ。薄らだけれど、思い出せた。欠けた記憶と言う奴を……」
考えて見れば、何もおかしな事じゃない。
俺が感じた違和感。それは、きっと彼女に幼き面影をみたから。
そして、ラビとアリスも言っていた。『ある程度親密』と言う言葉。それは、蒼葉優縁との関係を表していたんだ。
何も知らない彼女だったのなら、夢渡りを出来るはずがない。
──そして……。
「蒼葉は、あの突き当たりに嫌な思い出があるんだよな??」
「──嫌な思い出……そう言われればそうなのかもしれないわね。長門君が私を庇ってくれた場所だもの」
そうなんだ。きっと、彼女のトラウマはそこにあった。その道に、その場所に。
いつも・いつも、通り、そして通り過ぎる度にまるで鎖に繋がれているかのように苦しんでいたに違いない。
彼女が、蒼葉優縁が言った『私と関わったら不幸になる』と言う発言も、言いにくそうに『何も知らないくせに』と距離を取る発言も全て辻褄が合う。家族の事、そして俺、長門雄大の事。
彼女は、人に、俺に悪感情など抱いておらず。何方かと言えば罪悪感なのだろう。と、俺は、そう思った。
開け放たれた、窓から吹き付ける春の囁かで涼やかな風も慰めるように彼女の頭を優しく撫でる。
「蒼葉、一つ良いかな?」
「……なに……かしら?」
「俺は、正直。記憶が全て戻った訳じゃない」
「そう……よね」
「でも、だからこそ分かる。今の俺も過去の俺も不幸だなんて、これっぽっちも思っちゃいない。助けたいから助けた。それだけなんだ。
だから、俺は、蒼葉と接して後悔なんてしていない、不幸だなんて思っていない。だから、自分を責めるのを止めろ。それよりも、昔の俺が守った今の蒼葉を今の俺がまた、守れてよかった」
「……バカ……」
蒼葉優縁から流れた琥珀色の宝石は、ガラスのように地面に触れ、そっと弾けた。
それと、同時に蒼葉の凍り付いた何かを溶かしてほしいと願いつつ俺は、笑顔を作る。
「……グスッ……それは、流石にキモイわよ……」
「──おい!! 俺の優しさを返せ!!」
でも、その霞んだ瞳には確かに光が射し込んでいた。まるで、霧に射し込む朝日のように。次の道を記しているかのように。
震えた、綺麗で細い体が何れ笑で震えるように……と。
口に出さずも俺は、願った。
「──じゃあ、私は帰るわね」
「そうか。そうだな、ありがとう」
その言葉の後をローファーの音が木霊のように響く。
ドアを閉める最後の最後まで、目を離すことが出来ずにいた俺は、心做しか蒼葉優縁をもっと知りたいと感じていた。
──何故か、息苦しさを感じる。
だから、俺は今ある静けさを切り裂くように言葉を放った。
放った後に思う。今の発言、もとい相槌は返事を催促するように聞こえたりしなかっただろうか。それなら、何も言わずに待っておくべきだっただろうか。
でも、何故だか。今の静寂は駄目な気がしたんだ。
「家族が居ない私は、変な目で見られ・変な感じに同情され──そして、無い事ばかりを広められイジメにあっていたのよ」
小学生とは、そういったものだ。善悪がハッキリと区別出来ない。故に加減が出来ない。そして、偽りすら真実を捻じ曲げる力を持っている。
でも、何だろ。何だろうこの頭痛と古傷が疼く感じは。
──イジメ? 一人の女子……。
「それでも、変わらずに接してくれて居たのは、貴方。長門君だけなの」
「……俺??」
「そして、そんな私の命を救ってくれたのも──」
振り向き、強い視線で俺を蒼葉優縁は見つめた。それだけで何が言いたいのか。流石の俺も理解は出来た。だけれど、命を救った。なんて、言われても正直分からない。
「長門君、貴方なの。あの雨上がりの夏の日。時間はそう、今日みたいに空が綺麗で周りが黄昏に染まる頃」
「あめ……あがり? 黄昏?」
「そう。私と長門君は、いつもの山に遊びに行っていたの。虫を捕まえたり、冒険したり」
椅子に再び座り。書物に手を出すことなく。汗をかいたペットボトルに入ったお茶を二口程含み、細い首から微かに出る喉を動かし飲み込んだ。
その光景に、色っぽさを場違いな程に感じ。俺は目を逸らす。
──だけど、蒼葉の発言は何処と無く懐かしい感じがするんだ。
「山は、泥濘。決して足元が良いとは言えなかった。けれど、私達はそれすら歩き慣れていたの」
──まてまて、俺だけならともかく。この子、どんだけ活発少女だったんだよ。今や見る影もねーな。
「あの日、長門君は渋い顔を時折見せ『嫌な感じがする』『なんだろう、この、モヤモヤする違和感。何処かで……』と、口にしていた。そして、ある事故が起こってしまった」
「事故??」
「そう、それは私達が行きなれている道。玉城高校の通学路でもある、あの緩い坂の右手」
──右手?
それは、山肌を削り。コンクリで固めてあるものだ。
そもそも、山が多いこの土地は、そう言った箇所が幾つも存在している。
故に、坂から見える木々までは意外と高低差があるのだ。
「私は、泥濘に足を取られ。そして、転げたの。その時、私を……その……あの……」
──ん? 何故、この子は急に顔を赤らめ出したのだろうか。
口を結び、両またで手を挟み“モジモジ”とし、言いにくそうな雰囲気を醸し出す蒼葉優縁。一度目を瞑り、深く呼吸をした。
そこまで、気持ちを正す必要があるのだろうか。
「……私を庇うように抱きしめて、転げ。そして、私達はあの坂に落ちた。長門君が下になり庇ってくれた私は軽傷。でも、私を抱き締めていた長門君は受け身も取れず、頭を強く打って……。長門君? 何も思い出せない??」
──頭を打って……。あの日の事……。
痛む頭・疼く古傷・そして震える両手。そのどれもが、俺をあの日へと誘うかのように。まるで力強い大波の様に激しく打ち付ける。
頭を抱え、冷や汗が流れる中。記憶に微かに残っていた幼き日の誰かの笑顔を思い出す。
純粋な笑みで、近寄る少女……。それが……蒼葉……優縁?
「ッッッ!!」
──いっっってぇぇええ!! 何でこんな痛いんだ!!
「だ、大丈夫?? 無理をして欲しいんじゃないの。ただ、知って欲しかったの」
「はぁ、はぁ、いや。大丈夫だよ。薄らだけれど、思い出せた。欠けた記憶と言う奴を……」
考えて見れば、何もおかしな事じゃない。
俺が感じた違和感。それは、きっと彼女に幼き面影をみたから。
そして、ラビとアリスも言っていた。『ある程度親密』と言う言葉。それは、蒼葉優縁との関係を表していたんだ。
何も知らない彼女だったのなら、夢渡りを出来るはずがない。
──そして……。
「蒼葉は、あの突き当たりに嫌な思い出があるんだよな??」
「──嫌な思い出……そう言われればそうなのかもしれないわね。長門君が私を庇ってくれた場所だもの」
そうなんだ。きっと、彼女のトラウマはそこにあった。その道に、その場所に。
いつも・いつも、通り、そして通り過ぎる度にまるで鎖に繋がれているかのように苦しんでいたに違いない。
彼女が、蒼葉優縁が言った『私と関わったら不幸になる』と言う発言も、言いにくそうに『何も知らないくせに』と距離を取る発言も全て辻褄が合う。家族の事、そして俺、長門雄大の事。
彼女は、人に、俺に悪感情など抱いておらず。何方かと言えば罪悪感なのだろう。と、俺は、そう思った。
開け放たれた、窓から吹き付ける春の囁かで涼やかな風も慰めるように彼女の頭を優しく撫でる。
「蒼葉、一つ良いかな?」
「……なに……かしら?」
「俺は、正直。記憶が全て戻った訳じゃない」
「そう……よね」
「でも、だからこそ分かる。今の俺も過去の俺も不幸だなんて、これっぽっちも思っちゃいない。助けたいから助けた。それだけなんだ。
だから、俺は、蒼葉と接して後悔なんてしていない、不幸だなんて思っていない。だから、自分を責めるのを止めろ。それよりも、昔の俺が守った今の蒼葉を今の俺がまた、守れてよかった」
「……バカ……」
蒼葉優縁から流れた琥珀色の宝石は、ガラスのように地面に触れ、そっと弾けた。
それと、同時に蒼葉の凍り付いた何かを溶かしてほしいと願いつつ俺は、笑顔を作る。
「……グスッ……それは、流石にキモイわよ……」
「──おい!! 俺の優しさを返せ!!」
でも、その霞んだ瞳には確かに光が射し込んでいた。まるで、霧に射し込む朝日のように。次の道を記しているかのように。
震えた、綺麗で細い体が何れ笑で震えるように……と。
口に出さずも俺は、願った。
「──じゃあ、私は帰るわね」
「そうか。そうだな、ありがとう」
その言葉の後をローファーの音が木霊のように響く。
ドアを閉める最後の最後まで、目を離すことが出来ずにいた俺は、心做しか蒼葉優縁をもっと知りたいと感じていた。