第1話

文字数 1,187文字

 身も凍る程の冬の寒さが、遂にその猛威を奮い始めた頃のことだ。私は約束の時間にわざわざ部屋を訪れてきたガトーに、原稿の束を手渡した。
「うわあ!ありがとうございますサクマさん!本当に嬉しいです!」
 ガトーは年相応の少年らしく満面の笑みを浮かべ、大切な宝物でも守るようにそっと受け取った。「そんなに大したものじゃないよ」と、思わず私ははにかんでしまう。
「それにしても、本当に俺が書いてしまって良かったのか?もしも前半との繋ぎ目で変な所があれば、躊躇いなく言ってくれ」
「ええ、大丈夫です!その点はお気になさらないでください。たとえ分からない日本語が出てきたとしても、ユッカさんに聞けばすぐに教えてくれますから」
 ガトーは再度私に感謝の言葉を述べた。相変わらずこの赤毛の少年は礼儀正しく真面目である。教会で働く四人の中で、私は最もガトーと話すのが気軽で楽しく感じられた。勿論残りの三人も悪い人物ではない。しかし彼らのリーダーである紫色の眼をした少年は特に難しい。その達観した態度から、普段の言葉遣いすら迷うほどであった。
「ところでサクマさん。覚えていらっしゃいますか?」
「ん?何のこと?」
「十一月にサクマさん達がナナセさんの件を解決してくださった時です。医者を名乗る方と出会ったのを覚えてらっしゃいますか?」
 ガトーは流暢な日本語で尋ねた。勿論覚えている。私達が住む六稜島の南部と北部を結ぼうとして造られた、廃トンネルで出会った男のことだ。あの場所は陰気な光景が好まれず、実際に利用する人間は建設当時から殆どいなかったらしい。
「結局その人の名前までは聞かなかったけど……って、ああそうだガトー。気が利かなくてすまなかった。話があるなら部屋に入ってくれ。温かいココアでも出すよ」
「いえお構いなく!すぐに終わる話ですから、このままで!」
ガトーは黒の祭服に上着を羽織った姿で、私の部屋の扉の前から動こうとしなかった。
「朝美先生と言うんですけどね。あの後は教会でしばらく保護するという形で居候して頂いていたんです。それが最近健康状態が良くなったので、近くに個人病院を構えることになりまして」
「個人病院?」
「ええ。僕達も見回りで怪我をすることはありますし、丁度いいやと思ってお手伝いしたんです。今では一人でも機能できているそうなので、是非サクマさん達も風邪を引かれたら立ち寄ってください。きっと親身になってくれると思いますよ。それで、ええと……」
 どうやらガトーはこんな世間話よりも、さらに伝えたいことがあるらしい。私は彼の言葉がまとまるまで待ってやった。私も普段は人見知りである分、伝えたい言葉がすぐに思い付かないもどかしさは痛いほど分かる。
「その朝美先生がどうかしたのか?」
 私は少しでも少年が話しやすくなるよう促した。
「すみません。実は、サクマさんにお願いしたいことがあるみたいで……」

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