第5話

文字数 1,226文字

「おーい、おっさん! 大丈夫か?」
 体が揺れて、朝美は疲れきっていた目を開けた。気付けば彼は先程の男におぶられていた。先程女性と見間違えた亜麻色の髪が、顔にかかって擽ったい。
「いきなり後ろへ倒れたからびっくりしたわ。おっさん組織から逃げてきたん? やとしたらかなり小心者やで。あんな血で気失われたら、見てる方もはらはらするわ」
 聞いただけですぐに関西弁だと分かった。なんだか地元に帰ってきたようで懐かしい、朝美は昔のことを思い出そうとしたが、
「ちょっとおっさん! 目閉じようとすんなや! さすがに今度は本気で死んだと思うやろ!」
 再び気を失いそうになったのを、若者の懸命な呼び掛けによって遮られた。
「ああ、すみません……。それにしても、ありがとうございます。助けていただいて」
「構へんよ。元はといえば俺が撒いた種やから。ところでおっさん、なんて名前なん? ずっとおっさん呼びやとしんどいわ」
「名前……?」久しく命令しかされてこなかったので、朝美は極めて当然の質問にすら間を置いた。
「朝美……朝美聡といいます。あなたのお名前は?」
「ああ、ユウマでええよ。仲間からはいつもそう呼ばれてた」
 その後にぽつりと呟いた。「やっぱおっさんのほうが呼びやすいか」
「なあおっさん。見るからに逃げてきた感じやったけど、あそこで何してたん?」
「あそこ……。あそこはいったい、何だったんです?」
「おっさん俺が先に聞いてるねんで! ……いやええわ、疲れきった感じやしな。全部俺が説明したるわ」
 ユウマと名乗った男は、そう言うと一度朝美の体をおぶり直した。朝美がふと視線を逸らせば、辺りは変わらず鬱蒼としたジャングルのようだった。
「ええかおっさん。ここはな、六稜島って名前の島や。そんで南北に分かれたうちの、今おる所は北部。ちなみに俺やおっさんが逃げ出した時に近くにあった一連の建物も、北部にひっそりとあるんや」
 この時初めて朝美は島の概要を知った。日本列島から遠く遠く離れた小さな島。島民以外は誰にもその存在を知られていない謎の島。
「で、さっき俺がやっつけた八木と谷口はあいつらの仲間や。仲間言うても下っ端やけどな。元々どっちも面倒な性格で俺に合わんかったから、片付けられて清々したわ」
 ユウマは少年のように……いや、本当は朝美が思う年齢より若かったのかもしれない。あどけなく、嬉しそうに笑った。
「そうなんですか……。ところでユウマさんも、私と同じ医者なのでしょうか。やけに彼らについて詳しいようですが」
「えっ、おっさんお医者さんなん!? すごいやん、先生やん!」
 ユウマは朝美の話を聞かず、再び嬉しそうに声を上げた。
「じゃあおっさんのこと、これから先生って呼ぶわ。先生、俺は医者じゃないで。むしろ先生にとっては憎い立場なのかもしれんけどな。俺、先生をこの島に連れてきた奴らの仲間やねん」
 朝美が疲労の上にさらに呆然とした後、「少し休憩させてくれ」とユウマは彼を一旦下ろした。
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