第13話

文字数 2,436文字

 電車での移動は予定以上の時間が掛かったが、一方で駅に着いてからの私達の足取りは非常にスムーズだった。道路はほぼ一本道であったし、曲がり角も少しは見られたが、人がより住んでそうな方向へ進んでみれば間違いはない。市街地から北西へと離れ、痩せた木々や田畑の集合地帯から集落を見つけたのは間もなくのことだった。
「この辺りは本当に田舎なんだね。のどかで住み心地がよさそうだ」
 深呼吸して自然の空気を堪能しながらツバキは言った。
「ここで聞き込みをして今日の探索は終わりにするのか? 天気はある程度マシにはなったが」
「その方がいいだろうね。曇り空と言っても、またいつ天候が悪くなるか分からない。そのせいで帰りの電車まで止まられては堪らないからね」
 早く終わらせるためにも二手に別れようとツバキは提案した。入口と見られる場所から集落のほぼ全てを見渡せるほどの狭さである。途中で道に迷うこともないし、そうすれば短時間で聞き込みは終えられるだろう。
 A4サイズの封筒を片手に、ツバキは改めて目的の人物の確認をした。
「名前はユウマ、苗字は不明。……偽名という可能性も否定はできないか。年齢は二十代前後。容姿は極めて薄い茶色の髪に、カーキ色のフード姿。これで間違いないかい?」
「朝美先生は亜麻色の髪って言ってなかったか?」
「咄嗟に亜麻色と言われてすぐに思い浮かぶかい?」
 確かにあの時、私は亜麻色を脳内で錬成するのに数秒かかった。
「曖昧なキーワードは人によって解釈が大きく異なっていく。そうして集めた情報にムラが出るくらいなら、分かりやすい言葉である程度は言い換えたほうがいい」
 私はツバキの考えに従った。
「よし、じゃあそれで行こう」
「西側は君に任せるよ。僕は東側をあたってみる」
 そう言ってツバキは歩き始めたが、外は相変わらず冷たい風が吹いている。一瞬の風に吹かれて、彼の持つ封筒から一枚の小さな紙がこぼれ落ちた。すかさず私は拾ったが、ツバキは気付かずに先を行くではないか。
「おいツバキ! 中から一枚落ちたぞ!」
 なんてそそっかしいのだ。物が落ちたことに気付かないのは勿論だが、そもそも封筒の口はしっかりと折っておくべきだろう。
 私は追いつくために紙の裏表を確認しながら、東側の道を歩き始めた。
 すると。
 数歩歩いて私の足は止まった。ツバキがこちらへと近付いてきたからではない。彼が落とした一枚の紙に、勝手な好奇心を抱いたからだ。
 それは集合写真だった。全員の服装や背景に映る青い海から、季節は夏なのだろう。八人の男女が二列に並んで笑顔を浮かべ、中にはツバキもいた。首元にあの傷はない。もしかするとこれは、二年前に六稜島を訪れた劇団員達の写真ではないだろうか。
 私の予想はすぐに正解だと分かった。彼らの足元の砂浜に「六稜島に到着!」と元気の良い文字が書かれていたからだ。当時の天気は好天とは言えなかったのか、夏の写真にしては霞がかっている。花村は連続殺人があったと言っていたが、ツバキは彼にどんな内容を依頼したのだろう?
 漠然と考えながら私は前へと進もうとしたが、ここである衝撃が脳内を貫いた。そして再び私はその場で立ち止まる。
 ちょっと待て、今の写真……。
 切迫した様子でもう一度写真を見つめた。見覚えがあるのはツバキだけじゃない。私の目は彼の隣に映る一人の青年に釘付けとなった。
 見覚えがある。……しかもごく最近どころか、まるでつい先程すれ違ったばかりのような感覚だ。
 さらに閃いて、私はすぐさま上着のポケットをまさぐった。殴られたような感覚だった。目的の物を掴むと、私は急いで取り出してそれらを見比べた。
 花村から貰ったばかりのアイハラの写真だ。若かりし日の彼の隣に映っていた歳上の少年。涼し気な目元に、優しく微笑んだ穏やかな佇まい。間違いがない。
 その少年は、ツバキの隣に映る青年と同一人物だった。
 こんな偶然があるのか? 学生時代のアイハラの写真にいた人物が、二年前のツバキの写真にも写っているだなんて。
 唯一無二の親友と、彼を追いかけたことで出会った演出家とを結んだ、一本の奇妙な線。
 私は予感めいたものを抱き、感情はあらゆる疑念で埋め尽くされた。
 この男はいったい誰なんだ?
 突然目の前に現れた事実に、私は言葉を失ってしまう。
「サクマ! どうかしたかい?」
 ツバキがようやくこちらの様子に気付き、歩いてくる。
 思い切って聞いてみるか? いや、それはできない。ツバキは自分の過去を明かすことを何よりも嫌がっているではないか。
 しかしどうしても気になってしまう。アイハラが関わっているかもしれないのだ。彼の行方を待つ私にだって、多少は知る権利というものがあるのではないか。ツバキはまだ写真を落としたことに気付いていない。それならばいっそのこと、この写真を拝借しておくか?
 いや無駄だ。利口な彼がすぐに気付かない筈がない。ただこのまま返すにしても、聞きたいことは聞けぬままだ……。
 私はすぐさま携帯電話を開くと、二年前の写真をカメラ機能でパシャリと撮った。焦点が合っているかどうか確認できなかったのが惜しい。おまけにツバキと例の青年だけに注目してしまい、他の劇団員は枠に入らなかった気がする。
 ツバキが私の元へ来た頃、既に携帯電話はポケットにしまっていた。
「一枚落ちたぞ。封筒はちゃんと口を閉めておけよ」
「ああ、悪かったね。助かるよ」
 ツバキはいつものように微笑んで手を出した。そして何事もなかったように、私は彼の写真をその手に渡す。
 気付かれただろうか。たとえ遠目だったとしても、ツバキに怪しい動きをしていたと思われたかもしれない。それとも一瞬のことだったから、バレずに済んだだろうか?
 私はしばらくその場を動かなかったが、特にツバキはそれを訝しむこともなく元の道を戻っていった。
 はあ、と大きく息を付いただけで白く煙のように上がる。切り替えて、本来の人探しを再開しようではないか。
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