第7話

文字数 3,482文字

 僕の案内とテントの手配は、沼藺が正木の大刀自から直々に命じられている。
 大刀自の意図としては、「仲間なのだから、二人とも少しは打ち解けよ」と云うことなのだろう。だが、大刀自から「縫絵さんのことは言うな」と釘を差されている上に、こう露骨にツンケンされてしまうと、馬鹿姫様のご機嫌を取る気など、流石に僕だって失せてしまう。
「では、テントと寝袋は用意しました。夜食も奥に置いたリュックとやらに詰めております。お湯は社務所よりお借りしましたので、勝手にお茶でも飲んでください」
 沼藺が、テントに納まった僕に向かって嫌そうに口を利く。しかし、少しは愛嬌のある処を見せられないのか?
「ご苦労様。じゃ、用事が済んだらサッサッと妖怪層に引っ込んでいてください。邪魔ですから……」
 仕方ないので、僕も機械的に返事を返す。多少、嫌味が混じってしまっているのは仕方のないことだ。
 沼藺は僕の返事を聞き、黙ったままプイと後ろを向いて妖怪層へと帰っていった。
 それにしても、どうして世界が違うだけでこうも性格が違うのだろう? あっちの沼藺は、あんなにも素直で謙虚で可愛いと言うのに……。ま、あっちの沼藺も、ちょっと思い込みが激しい処もあるし、結構、意固地な処もあるか……。確か、実の母や兄たちと、まだ和解してないんだったよな……。
 それは兎も角、あの調子じゃ、沼藺は相当大全さんに甘やかされてる。となると修行も高が知れているし、盈さんがいない世界じゃ、妖刀妖樫だって造って貰っていない。ならば、恐らくイシュタルには、手も足も出ないと考えた方が良いだろう……。
 いずれにしても、耀子を止めるのは僕しかいない。昔から僕はあいつのブレーキみたいなものなのだ。あの馬鹿が、突拍子もないことを始めるのは別に珍しいことではない。それを僕が止めなくて、どうすると言うのだ。

 境内にテントで寝るなんて、僕としては情けない事この上ないのだが、結界が張られ、一般人には工事中に感じられるとのことらしく、稲荷社境内には誰も入って来ないとのことだ。ま、これで取り敢えず、人に見られて恥ずかしいと云う思いだけは、僕もせずに済んでいる。
 だが、斯うしてじっとしていると、寝袋に潜り込んでるとは言え、結構寒さが染み渡ってくるものだ。
 僕は社務所から借りたポットのお湯で、カップラーメンを作ることにした。多少、お湯がぬるいだろうが仕方ないだろう。
 寝袋から這いずり出て、僕はカップ麺をリュックの奥から取り出し、蓋を開いてポットのお湯をカップの内側の線まで注ぐ……。
 カップ麺なんて何年ぶりだろうか……? 僕は硬めが好きなので、早々に蓋を剥がして割り箸を割った。
 そうして出来たラーメンを口に含むと、風が吹きテントの中に光を導いてきた。
 外を見ると澄んだ空気の中、天頂近く煌々と満月が輝いている。満月の光は昼とまではいかないが、冬の空に一際神々しくその姿を浮かべているものなのだ。
「今宵は、月が綺麗だな……」
 テントの外から女性の声が聞こえて来る。勿論、誰の声か僕に分からない筈がない。この聞き慣れた声は、耀子……、いや、大悪魔イシュタルのものだ。
「来たか……」
 ひとりの少女が、テントの中を覗き込んでくる。間違いない、この姿。真朱の大悪魔、要耀子だ。
「テツ、お前とは長い付き合いだ。お前がシンシアを殺し、奴の首を差し出せ。そうすれば、お前の命だけは助けてやる」
「長い付き合いなんだろう? 僕の答えは分かるよな……」
「フフフ。そうだな……」
「だが耀子、お前、僕と素手で闘う心算か? 止めた方が良いぞ。お前、基本的な悪魔能力しかないんだろう?」
「私の姿を見て、何も気付かんのか?」
「そう言えば、お前、なんで柊じゃなくて、人間の形をしてるんだ?」
「逆だ。なんで柊の形になれたかだ」
 そう言えばそうだ。成長過程であの姿になったと思っていたが、通常の環境で成長したならば人間形態になるのが普通だ。あの姿は、余程異常な環境で育ったか……。
 耀子は背中から、柊の様な一対の黒い翼を出して見せた。そして、その翼をマントの様に前で交差させる。成程、これが柊形態の正体か……。だが、しかし、これは……。
「そうだ。これは飛行の大悪魔の翼だ。お前、私を馬鹿だと思っているだろう……。私が何の準備もせずに、復讐心だけで攻め込んでくると……」
 ほう、耀子も成長したもんだ。戦力を整えて地球に攻め込んで来たとは。
「私は、光臨派操舵手から琰の創り方を学んでいる……」
 そうか、ここに来る前に、使えそうな大悪魔を狩って、その能力を奪い取ってきたと言う訳か……。だが、だとすると、少しばかり面倒なことになったぞ。
「さぁ出ろ。始めようじゃないか! 私たち兄妹の闘いを」

 耀子が先に立ち、僕がその後を追ってテントを出る。身震いがするのは真夜中の寒風の為か、将又、耀子との闘いの武者震いか?
 耀子の『危険察知』が無い為、敵の数は分からない。耀子ひとりか? それとも配下を連れているか? ま、どちらでも良い。耀子は僕と一対一で闘う。あいつがこんな楽しいことを人に任せる筈がない。その後、あいつが勝てば正木軍の精鋭と戦うことになるのだろうが、それは僕の知ったことじゃない。同様に、僕が勝ったら、あいつの手下と戦うことになるだけだ。
「テツ、久し振りだな……」
「本気で遣り合うのは、何時以来か? もう覚えていないなぁ」
「楽しみだ……。それだけでも戻った甲斐がある。いいか、失望さすんじゃないぞ! せいぜい私を楽しませてくれよ」
「お前こそな……」
 耀子は僕の返事と同時に飛び込んできた。
 右の回し蹴り、サイドステップを踏んで上段の横蹴り。うん、流石に耀子。動きが軽快だ。だが、受けていても軽くてダメージが殆ど来ない。となると、師匠の能力は受け継いでいないのか……? 将又、フェイクか?
 ま、試してみるか……。
 僕は左右の正拳突きで耀子の様子をみる。耀子は掌で僕の拳を左右に受け流すと、一旦後ろに跳んで僕との距離を取る。
 質量増加をせずに僕の拳を(かわ)しやがった。これじゃ判断付かないなぁ。
「うん。じゃあ、これなんかどうだ?」
 耀子はそう言うと、今度は羽を伸ばして夜空へと舞い上がった。何をする気だ?
 僕は右手を外して、耀子にハンドブーメランを見舞おうとした。だが、右手が外れない。ありゃりゃ、そんな能力、まだ無かったんだ……。
 耀子は空中で両掌を僕に向け、新たな攻撃を仕掛けて来る。気流を司る大悪魔の能力、『気流砲』だ。
 僕は、その発射前に、前廻り受け身の様にして掌の向きから位置をずらした。単なる『気流砲』であれば受けても構わない。だが、高熱風であったり、極冷風であることも考えられる。また、礫や釘を一緒に飛ばすことだってあるかも知れない。『気流砲』とは、安易に舐めて掛かっては足を掬われる攻撃なのだ。
 当然、耀子は僕が避けることなど予想の範疇にある。僕が体勢を立て直す前に、急降下して僕の顎に飛び蹴りを食らわす。
 この攻撃を僕は敢えて受けてみた。うん、軽い。矢張り、師匠の『重力質量変換』は持っていないようだ。もし持っているなら、ここで使う筈。それで勝負は付いている。
「テツ……、間違えば、死んでいたぞ」
「それで死ぬ様であれば、僕に勝ち目など、最初から在りはしないさ……」
「確かにな……」

 僕と耀子が一旦距離を取り、次の闘いのステップに入ろうとした時である。正木狐兵団が姿を現し、僕たち二人を取り囲んだ。
「真剣に戦わない処を見ると、矢張り、大悪魔同士、内通をしておったか……」
 そう言うのは正木軍の先頭に立つ、白瀬沼藺。白き甲冑に白鉢巻で薙刀を手に大音声で声を上げる。
「なんだ? お前は……」
「私は白瀬沼藺。大悪魔どもめ。私が二人纏めて成敗してくれる!」
 一方耀子は、獲物を見付けた大蛇の様に、沼藺を横目で眺め舌舐りをする。
 そうか……。こっちの耀子は、沼藺のことを知らないのか……。
「フム。妖狐とは言え、オサキ狐では無いようだ。では、一応言っておく。私が恨みを持っているのは、オサキ狐と云う妖狐だけだ。だが、邪魔するとなれば、何者でも容赦はしない。もし、お前たちがオサキの棲みかまで案内すると言うのなら、お前たちに何も危害を加えないし、今の暴言も許してやる」
 耀子は包囲する正木軍を見渡す。だが、彼らは全く包囲を緩めることかなかった。
 そこで、僕に一言だけ告げる。
「テツ、少し待て。まず、この小狐ちゃんたちを血祭りに上げてから、その後で、ゆっくりとお前の相手をしてやる」
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


元大悪魔。耀公主の能力と伝説の大魔法使いアルウェンの魔法を受け継いでいる超人。現在は別時空に移住し、妻・美菜、娘・有希と平和に暮らしている。

尾崎辰砂(要辰砂)


オサキ四狐のひとり。当初、ラクトバチルスの一員として要鉄男、耀子兄妹と共に戦っていたが、オサキ一党の反乱により敵味方に別れた。決戦の数日前、月宮盈の暗殺を目論むも、逆に捕らえられ、月宮盈に殴り殺された。愛称シンシア。

藤沢耀子(要耀子)


元大悪魔。新田純一と同じ力を持つ超人。オサキ一党の乱のテーク1では月宮盈に焼き殺されるが、やり直しのテーク2でオサキ一党を倒し生き残る。現在、大家族のビッグママとして、日々優雅に暮らしている。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木狐(大刀自)


仙籍、白面金毛九尾の狐。政木屋敷に住む妖狐界の大立者。

政木大全景元


政木家の妖狐。鉄男と縫絵が政木屋敷を訪れた際は、政木家の次期当主ながら、二度に渡り接待役を務めた。

月宮盈(耀公主)


鉄男たちが住み着いた時空に先住している悪魔殺しの大悪魔。テーク1では玉藻御前の狐火から鉄男を庇い焼死するも、テーク2では鉄男、耀子と組んで玉藻御前を打ち倒した。

要慎之介、照子


ストリートチルドレンだった鉄男と耀子を引き取って自分の子供として育てる。

新田有希


新田純一の娘。

犬里風花(橘風雅)


白瀬沼藺の義理の妹。

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