第9話

文字数 3,171文字

「辰砂……」
 僕はその声の主を確認し、思わず彼女の名前を口にしてしまった。もしかすると、戦闘力を全く失った辰砂は、耀子には辰砂だと認識できなかったかも知れなかったのにだ。
 だが、考えてみれば、態々妖怪層から耀子の前に出てきたのだ。辰砂が自分の名前を名乗らない訳がない……。
「良い覚悟だ!」
 耀子がそんな辰砂に、持っていた剣で斬りかかる。流石に自分の妻が斬られるのを、もうひとりの僕の妻だとしても、黙って見ている訳には行かない。僕は手の甲の皮を伸ばして片手剣とし、耀子の打ち込みを防いだ。
 こうなったら、敵わなくとも最後までやってやるさ……。
 僕が耀子の打ち込みを防いだ直後、今度は反対側から沼藺が薙刀で斬り掛かってくる。恐らく彼女は『魅了』で操られているのだろう。僕は沼藺の一撃を、(かわ)さず背中でそのまま受けた。その程度、僕には痛くも痒くもない!
 その間に、耀子は辰砂を討ち取りに彼女に向かっている。僕は人差し指の皮膚をロープの様に伸ばし、耀子の降りかぶった右手首を巻き取り、あいつの攻撃をギリギリ防ぐ。
 だが、今度は、後ろから黄金色のロープが僕の首に絡みつく。沼藺のフリンジだ。僕はこれを掴み、地面に押し着けて接地し、手の甲の皮で作った剣、ハンドブレードで切り危機から脱出する。もし、あのまま反対側の手のフリンジにまで絡め取られていたら、強烈な電撃を食っていたに違いない。
 それにしても、流石に一対二はきつい。
 僕は一気に走りだし、耀子と辰砂の間に入った。だが、そんなこと気にもせず、耀子は片手剣を持ってゆっくりと近づいてくる。
 そして、その脇には、薙刀を手に、顔中傷だらけの沼藺が、鬼の形相で僕に襲い掛かろうとしていた。
 僕はハンドブレードを構え、次の敵の攻撃に備える。だが、それに対し、耀子は余裕を見せて沼藺を一旦制止した。
「フフフ。それで、守りきれるのかな?」
「鉄男、放して。私が死ねば全て解決する」
 僕の背中で辰砂が訴える。だが、耀子はそれに同意しなかった。
「馬鹿を言うな。ここまで来て止められるか! もう、この姫様まで洗脳したのだ。こいつにオサキの里まで案内させる!」
「耀子……。目を覚ませ……」
「止めさせたかったら、私を殺すんだな。私は……、もう……」
 そうだ。僕たちは大悪魔なのだ。 拳を交えた以上、決着は拳で付けなければならない。だが、今の僕の力では耀子は倒せない。せめて、元の世界の、僕の戦闘力のたった一割でもあれば……。

 うしろ神……。
 その妖怪は、どうして僕を呼んだのだ?
 辰砂が気になったからではないのか?
 それが、辰砂を護れなかったら、
 僕がここにいる意味が無いじゃないか
 せめて……、
 今少し、力があったら……

 その時、青白く光る満月が、一際大きく明るく輝いた。そして……、僕の肉体(からだ)に、何かが宿る……。

(死んだんじゃ、無かったんですか?)
(私が死ぬ訳が無かろう。愚か者め)
(だって……)
(死んだ振りをして、憑代に帰ったのだ)
(なんで、そんなことを……)
(面倒だったからな……)

 そうだった。彼女も元は耀子と同じ大悪魔イシュタル。死んだ振りで人を驚かせて喜ぶ、実に厄介な大悪魔だった。

 だか、これで互角、いや、互角以上だ。
 僕は右手を伸ばし、気流砲でまず沼藺を吹き飛ばして気絶させた。よし、これで耀子と一対一だ。
「辰砂、下がってろ。大丈夫だ……。僕はもう負けることはない!」
 僕は辰砂を押して境内の外に待避させた。
「テツ、お前、何をした?」
 耀子も脅威の増加から、僕の変化に気付いたらしい。顔に困惑の色が浮かぶ。
「今、僕に耀公主が憑依した。これでもう、お前の勝ちは無くなった!」
 だが、耀子は驚きもせず、馬鹿にしたように口角に笑みを浮かべた。
「態々教えてくれるとは、律儀な奴だ。だが、今の私は月宮盈よりも強い! さぁ、私に拳を向けたことを悔いて、今、この場で死ぬが良い!」
 余裕の耀子だったが、数秒後には再び困惑の表情に変わる。
「な、なぜだ?」
「『魅了』か? 悪いな。僕もこの力を持っていてね。今は使えないが、心には充分耐性が残ってるんだ。だから、お前は僕を操ることは出来ない!」
「くそっ」
 耀子は翼を伸ばして宙に舞う。上空から光線砲で僕を狙撃する心算だったのだろう。だが、残念だな……。いくら下を探しても、もう僕は地上にはいない。お前の上だ。真後ろにいるんだ。
 僕は耀子の翼の先を、スキーのストックの様に両手で掴んだ。そして背中に両足でサーフィンであるかの様に乗り、この体勢のまま翼の機能を封じ、一気に地上へと落下する。
 既に質量は何十倍にもなっている。耀子がいくら気流で落下速度を落とそうとしても、僕たちは枯れ葉ではなく、岩石の状態になっているのだ。耀子はこの速度のまま、石畳の参道に正面から墜落する。
 石畳が粉々になったが、誰かが直すだろう。僕はそれは気にしないことにした。
 耀子が砕けた参道の中、よろけながらも立ち上がってくる。
「どうだ? 『皮膚硬化』なしだと、結構きついだろう?」
「ふう。それにしても想定外だ。飛行能力を身に付けても、不器用なテツは直ぐには飛べないと考えていたのだ。だが、能力を借りるだけでなく、まさか、私との闘いまでエロブス年増に任せるとは……」
「おい、待てよ……。あれは僕が飛行制御したんだぞ」
「んな訳あるか!」
「僕は『飛行』だろうが『魅了』だろうが、今のお前より遥かに熟練してるぞ!」
「そんな訳があるか!」
「僕はこの世界の要鉄男ではない。異なった未来に生きている要鉄男だ。そこでは耀子も僕も耀公主の力を得て、その上、魔法と云う新たな力も得ているのだ」
「嘘を言うな!」
「嘘だと思うなら、僕に憑依してみろ。そうすれば、僕の経験を追体験出来る筈だ」
「私に憑依が出来ないことは、お前が良く知っていよう!」
「出来るのだ。僕たちにも……。お前、(えん)を持っているだろう? それを自分の額に宛がえ! そうすれば、お前の生気は全て吸われ、お前は一旦死ぬ。だが、琰はお前に能力と生気を与える様になっている筈だ。それで、お前は生き返ることが出来るのだ。で、その一瞬、僕たちは幽体離脱した状態になる。そこで、自分の身体に戻れば生き返るだけだが、他の身体に入れれば、憑依することになるんだ」
「そんなこと……、信じられるか! そうやって、私を殺そうと言うのだろう……」
「ま、そんな度胸はお前には無いか……。死ぬのが怖いのは、大悪魔でも同じ。仕方ないことだからな……」
 耀子はムッとした表情をし、どこから取り出したのか、小振りの水晶玉を自分の額に宛がっていた。
 それにしても、単純な奴だなぁ……。
 しかし、それが耀子の長所であると、僕は常々思っている。事実、こんなに油断ならない能力を持ちながら、あいつを慕って、訳の分からない連中が、今でもドンドン集まって来るのだ。
 そいつら、みんな耀子の養子や養女になって、あいつのところは何時も何かしらの騒動が起きているんだ……。楽しげな……。

(わ! 耀子、もっと静かに入れ!)
(知るか! 初めてなのだ!)
(五月蝿い奴らだ……)
(あ、貴様、エロブス年増!)
(黙れ、ブスチビ!)

 それにしても、三人の意識が同居するのは無理があるなぁ。かなり狭い!
 それに三人分の記憶が混ざりあってしまうのだ。話が跳び過ぎて、訳が分からなくなりそうだ。

(テツはあっちに、子供がいるのか?)
(有希って言う。お前の子もいるぞ)
(私の子?)
(そうだ。修一と言う名前だ)
(修一……)
(僕たちより優秀だぞ)
(私は、結婚したのか? 人間として……)
(ああ……。人間としてかは、分からんが)
(鉄男、私にも魔法を教えろ!)
(ここでは無理ですよ、盈さん)
(あっちの私は、幸せそうだな……)

 耀子はそれで憑依を解いた。
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


元大悪魔。耀公主の能力と伝説の大魔法使いアルウェンの魔法を受け継いでいる超人。現在は別時空に移住し、妻・美菜、娘・有希と平和に暮らしている。

尾崎辰砂(要辰砂)


オサキ四狐のひとり。当初、ラクトバチルスの一員として要鉄男、耀子兄妹と共に戦っていたが、オサキ一党の反乱により敵味方に別れた。決戦の数日前、月宮盈の暗殺を目論むも、逆に捕らえられ、月宮盈に殴り殺された。愛称シンシア。

藤沢耀子(要耀子)


元大悪魔。新田純一と同じ力を持つ超人。オサキ一党の乱のテーク1では月宮盈に焼き殺されるが、やり直しのテーク2でオサキ一党を倒し生き残る。現在、大家族のビッグママとして、日々優雅に暮らしている。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木狐(大刀自)


仙籍、白面金毛九尾の狐。政木屋敷に住む妖狐界の大立者。

政木大全景元


政木家の妖狐。鉄男と縫絵が政木屋敷を訪れた際は、政木家の次期当主ながら、二度に渡り接待役を務めた。

月宮盈(耀公主)


鉄男たちが住み着いた時空に先住している悪魔殺しの大悪魔。テーク1では玉藻御前の狐火から鉄男を庇い焼死するも、テーク2では鉄男、耀子と組んで玉藻御前を打ち倒した。

要慎之介、照子


ストリートチルドレンだった鉄男と耀子を引き取って自分の子供として育てる。

新田有希


新田純一の娘。

犬里風花(橘風雅)


白瀬沼藺の義理の妹。

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