第11話

文字数 2,645文字

 意識を取り戻した直後、僕の左頬に強烈なグーパンチが襲ってきた。
 おい、何なんだ?
 仰向けに倒され、僕の視界に天井が広がっていく。どうやら僕は、後ろ手に縛られ椅子に座らせられていた所を殴られた様だ。
 誰かに捕まったのか? う~ん、面倒臭いなぁ……。取り敢えず、両手を自由にしてから考えるか……。
 あれ?! 手首の皮膚がカッターにならないぞ? どうも、僕の悪魔能力が完全に封じられているみたいだ。
「耀子叔母さん、こんなんで、パパ、正気に戻るの?」
「さぁ、どうかしら? でも、私を襲ったんだから、この程度、当然でしょ!」
 娘の有希と耀子の声だ。あのパンチは耀子のものだったのか……。くそっ!
「耀子、有希、何なんだよ~、これ?」
 僕は首だけ上げて、二人に文句を言った。
「あ、私たちが誰か分かった! パパ、正気を取り戻したみたいだよ」
「分からないわよ。正気を取り戻した振りをして、私たちを騙してるだけかもよ……。保険に、あと二、三発は殴っとかないと……」
 おい、勘弁しろ! こっちは『皮膚硬化』も出来ないんだぞ。
 一旦身体を横に倒し、背中を見せる様にしてから、僕は『魔法の矢』で自分の手首を狙った。後ろ手になっているので見えないが、恐らく、そこらに悪魔能力を完全に封じるタイプの魔封環があるに違いない。仮に無かったとしても、僕を拘束している縄は、それで切ることが出来るだろう。
「あらあら。魔法を使うなんて、本当に正気を取り戻した様ね……。でも、一応、再発するといけないから、もう一発くらい蹴りを入れといた方が良いわね……」
 ふざけるな! 耀子の奴、何を考えているんだ。全く!!

「大丈夫? パパ……」
 有希が肩を貸して、両手がやっと自由になった僕を助け起こす。
「何なんだよ……。どうしてパパは、椅子に座らせされ、縛られていたんだ?」
 それには耀子が答えた。
「テツが時空を越えた直後、突然、美貌の私に、嫌らしい目をして襲い掛かって来たんじゃない!」
「いくら僕がおかしくなっても、そんな、婆さんに襲い掛かるか!」
「はぁ~?」
 耀子が絡んできそうだったのだが、有希が間に入って、少し状況を説明してくれた。
「パパ、耀子叔母さんの言うことは本当よ。パパは突然、耀子叔母さんに『耀公主、耀子の仇、覚悟しろ!』って言って、サーベルで斬り掛かってきたの……」
 だいぶ、話のイメージが違うなぁ……。なんか、それなら在りそうだ。
 耀子が、有希の話の後を引き継ぐ。
「それも、鼈甲の魔封環を着けたまま……。自分自身の悪魔能力も低下していると云うのに、それに気付きもせず攻撃するなんて、それで私に勝てる心算だったのかしら? 本当、呆れて物も言えないわ。おまけに、魔法の存在もすっかり忘れていたし、有希ちゃんのことまで『誰だ?』なんて言い出すんだもん。本当、勘弁して欲しいわね」
 成程……。今まで僕は、中身が向こうの僕になっていたのか……。
 まぁ、確かに耀子と盈さんは瓜二つだ。と言うより、元々時空違いの同一人物だったのだ。向こうの僕が年取った耀子を盈さんと勘違いしたとしても、特別不思議なことはないだろう。
 それで耀子たちは、僕に暴れられても困るってんで、悪魔能力を完全に封じる魔封環を僕に嵌めて拘束してたって訳か……。それにしても、何だか、体中が痛いなぁ……。どれ程、殴ったんだ? 耀子の奴……。

「そうか……。それは悪かった」
 説明も面倒臭い。ここは謝っておこう。
「ところで、ここはどこだ? 僕は何で耀子たちと一緒に時空を越えたんだ?」
 この僕の問いには、有希が答えた。
「もう! 忘れたの? 沼藺さんが、知らせたいことがあるって言うから、パパと私で耀子叔母さんの家に、こうして時空を越えて来たんじゃない」
 そう言えば、耀子が突然やってきて、なんだか急がされ、時空を越えたんだっけ……。
 沼藺は時空を越えられないから、僕たちが行くしかないんだけど、それにしても、沼藺が僕たちを態々呼び出すなんて、いったい何の用だ?
「ここは耀子叔母さんの家よ。修兄も、文枝さんや文彦君、それにサーラも、あっちの部屋でパパを心配してたんだよ」
 そうか、皆に心配掛けちゃったな。
「パパは、どれ程の間、おかしくなっていたんだ?」
「一時間くらいかなぁ……」
 僕は向こうで一ヶ月以上過ごしたけど、こっちの時間は一時間しか過ぎていない……。ふむ、時間の進み方と云うものは、どうも一様なものではないらしい。
 しかし……、一時間で一ヶ月分のことが出来たのだから、僕の方が得したと云うことかな? まぁ、僕の方が大変だった訳だから、このくらいの得が無けりゃ、正直、割りが合いはしないよな。
「ところで、沼藺は?」
「沼藺さん、風花と一緒に三時に着くって言ってたわ。だから、もうすぐここに来るんじゃないかな?」
 そうか……。

 あっちの耀子は孤独だったが、こっちの耀子は騒がしい程の大家族だ……。
 旦那の修平さんは、仕事の都合で留守のことが多いのだが、長男の修一君はもう立派な大人で、修平さんの連れ子の文枝さんや文彦君も既に成人していた。サーラは別時空から来た養女だが、耀子に随分と懐いている。
 耀子の家族だけあって、騒動も少なくはないのだが、賑やかにやっている様で、独りぼっちが大嫌いな耀子には、寧ろ、この家の生活は合っているに違いない。
 そう言う意味では、沼藺も向こうの沼藺よりもずっと大人になっている。金丹と云う万能薬も吹いて作ることが出来るし、『瑞雲(ずいうん)』と云う妖力で空を駆けることも出来る。紫、白、ピンクの狐火を周囲に飛ばし、自由に操る『紫陽花灯籠(あじさいどうろう)』は圧巻の威力だ。そして、なにより電気系の技は、フリンジの電撃や『雷霆(いかづち)』だけでなく、手を電気器具に化けさせることで、現代人が電気で出来ることは何でも出来ると云う、もうチートと言っても言い過ぎじゃない能力まで持っているのだ。
 大きな声では言えないが、実は以前、僕は魔法を使ったにも関わらず、沼藺にエキジビションの疑似戦闘で敗けたことがある……。
 そうそう、風花と云うのは沼藺の義理の妹で、あちらにはいなかったが、沼藺の後に政木家の養女になった子だ。何でも、風狸と云う種類の妖怪だと言うことで、指を鳴らして空気砲の様なことが出来るのだ。
 風花と有希は年が近いからか、結構、気が合うみたいで、二人して出掛けたりもしているらしい。
 こうしてみると不思議なものだ。
 僕がしたひとつの決断で、こうも世界が変わってしまうなんて……。
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


元大悪魔。耀公主の能力と伝説の大魔法使いアルウェンの魔法を受け継いでいる超人。現在は別時空に移住し、妻・美菜、娘・有希と平和に暮らしている。

尾崎辰砂(要辰砂)


オサキ四狐のひとり。当初、ラクトバチルスの一員として要鉄男、耀子兄妹と共に戦っていたが、オサキ一党の反乱により敵味方に別れた。決戦の数日前、月宮盈の暗殺を目論むも、逆に捕らえられ、月宮盈に殴り殺された。愛称シンシア。

藤沢耀子(要耀子)


元大悪魔。新田純一と同じ力を持つ超人。オサキ一党の乱のテーク1では月宮盈に焼き殺されるが、やり直しのテーク2でオサキ一党を倒し生き残る。現在、大家族のビッグママとして、日々優雅に暮らしている。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木狐(大刀自)


仙籍、白面金毛九尾の狐。政木屋敷に住む妖狐界の大立者。

政木大全景元


政木家の妖狐。鉄男と縫絵が政木屋敷を訪れた際は、政木家の次期当主ながら、二度に渡り接待役を務めた。

月宮盈(耀公主)


鉄男たちが住み着いた時空に先住している悪魔殺しの大悪魔。テーク1では玉藻御前の狐火から鉄男を庇い焼死するも、テーク2では鉄男、耀子と組んで玉藻御前を打ち倒した。

要慎之介、照子


ストリートチルドレンだった鉄男と耀子を引き取って自分の子供として育てる。

新田有希


新田純一の娘。

犬里風花(橘風雅)


白瀬沼藺の義理の妹。

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