第1話

文字数 3,381文字

「あなた、もう朝よ。起きて……」
 僕は妻の辰砂の声に目を覚ました……って、何で僕は辰砂と結婚しているんだ?

 僕は確か……、要鉄男……、だが、今でもその名前なのか……少し自信が無い。
 僕は見慣れないベッドから飛び出して、リビングへと朝食を食べに移動を始めた。
「さ、早くして。会社に遅れてしまうわよ」
「今日は日曜日だろ! 会社は休みだ!」
 妻の辰砂はペロリと舌を出す。女狐め。確信犯だな! まぁ良い。取り敢えず、僕の好物のカリカリベーコンエッグが用意されている。それで我慢してやろう。
「ねぇ、日曜に早く起きちゃったし、折角だから何処か、お出かけでもしない?」
 くそっ。ベーコンエッグで僕の機嫌を取って、最初から外出に誘う心算だったな。本当、こいつは昔から狡賢い。
 それにしても、どう言うことだろう?
 僕は辰砂と結婚した記憶は無い。それに、抑々辰砂は『オサキ一党の乱』で、耀公主に因って無残に殺された筈だ。それがどうして、今ここで生きているんだ?
 しかし、僕は何故か、リビングの場所や家具の配置を知っている。まるで、何年もここに住んでいたかの様に……。
 もしかすると、僕の未来は何かに因って異なった未来に書き変えられてしまったのではなかろうか? だとすると、僕は僕であって、僕の知っている僕とは別の、違う僕と言うことになる。
 ふむ……、確かに身体が軽い。これは間違いなく僕は若返ってるな……。
「ところで……、耀子はどうしてる?」
 僕の妹の耀子……。辰砂の姿は耀子の外見を写し取ったものだ。耀子はそれを酷く嫌がっていた。そんな耀子が黙って僕と辰砂の結婚を許すとは到底思えない。
「何言ってるのよ……。止めてよ悪い冗談」
「いや、なんか記憶が変なんだ。僕、頭打ったのかなぁ? 記憶喪失かも知れない……」
 取り敢えず、一時的な記憶喪失を装うことに僕はした。記憶が混沌としているのは確かなのだ。強ち嘘と言う訳でもない。
「耀子ちゃんは、先の戦争の時に死んじゃったじゃない。鉄男、本気で言ってるの?」
「戦争?」
 僕はそれを『オサキ一党の乱』であろうと思った。だが、この際だ、何がどうなっているのか辰砂から聞き出すことにしよう……。
 あれ?
 辰砂の考えていることが読めない。僕は有希の悪魔能力すら持っていないのか?
「冗談だったら怒るわよ!」
 そうか……。僕は美菜と結婚していないんだ。だったら、2人の子供である有希の能力を僕が持っている訳ないじゃないか……。
「いや、本当におかしいんだ。多分、一時的なものだと思うんだけど……。何かヒントでも貰えれば、直ぐに思い出すと思うよ……」
「大丈夫なの? 耀子ちゃんは、耀公主、月宮盈に焼き殺されたわ……」
「真久良は? 城兼や、狐正信は?」
「正信は玉藻御前に討ち取られた。月宮盈と一緒に……。でも、そうして決起した真久良や城兼だったけど、結局、政木大全の兵に囲まれて、多勢に無勢……、捕えられて処刑されたわ」
「玉藻御前は?」
「結局、偽物だと言うことがバレ、彼女も処刑されたわ……。銀星狐も政木の大刀自に捕えられ、鋸引きの刑で殺されている」
「群咲は……」
「本気で記憶喪失みたいね……。パープル姉さんは……、あなたに、殺されたのよ。菅原縫絵を殺され、怒り狂ったあなたに……」
 どうやら歴史に多少の違いはあるけど、『オサキ一党の乱』は鎮圧されたみたいだ。そして、縫絵さんは、やはり討ち死にしているらしい。
 まぁ、考えて見れば、縫絵さんが生きていれば、間違えても僕が辰砂と結婚する未来など存在し得ないだろうしな……。
「それにしても……。じゃぁ何で辰砂は処刑されずに生きているんだ?」
 辰砂は少し笑って溜息を吐いた。
「それも私に言わすの? 意地悪ね。本当に記憶喪失?」
「ああ、そうだ……と思う」
「私は耀公主にボロボロにいたぶられて、捕えられていた。それを助け出してくれたのが鉄男、あなたじゃない?」
 そんなことになっているのか……。
「その上、私の助命を政木の大刀自に頼み込んでくれて、『要鉄男が引き取ると言うのであれば、要鉄男預かりとして、命だけは助けましょう』と、結局、最後には政木狐も折れたのよ」
「へぇ~」
「それで私は、孤児として孤児院に抑留され、その後、偶然に現れた要夫妻に耀子ちゃんの身替わりとして引き取られた。要鉄男の召使い、即ち奴隷となる為に……」
「奴隷?!」
「でも、鉄男は私を奴隷としてなんて扱わなかった。それどころか……」
 僕は辰砂の話を聞きながら、『皮膚硬化』を使ってみた。ふむ。耀子の『危機察知』は使えないが、どうやら自分の悪魔能力だけは無効化されていないみたいだ……。
「ところで、辰砂は『狐の抜け穴』とかは使えないのか?」
「え~、それも忘れたの? 私は政木狐から『変化』も含めて全ての狐能力を奪われたのよ。それで人間の姿から戻ることも出来なくなったの。尻尾は月宮盈に斬られたままだし、もう人間と何も変らないよ」
 そいつは残念だ。出掛けるにしても『狐の抜け穴』があれば、外出の時の旅費が随分と節約出来るのに……。
「で、記憶喪失の真似なんかして、どうしたのかしら? 私に奴隷に戻って欲しいのかな? いいわよ……、鉄男の言うことなら、何でも聞いて上げる……。日曜日だし、今からベッドに戻る?」
「何言ってんだよ。朝っぱらから……」
「あら? そんなの朝も夜も関係ないわ。発情期の雌は基本的に繁殖行為に励むものよ。人間だと発情期は月に1回だけど、人間の繁殖行為は何時でも出来るし、痛くなくて気持ちいいんだもの……」
「世間の女性が、皆お前みたいだったら、世の中、平和だよなぁ……」
「世間の女の方がカマトトぶってるだけよ。そうしないと世間から酷い扱いを受けるからね。未婚の女性が妄りに交尾したり妊娠したりすると、男どもがそれを淫乱だとか、ふしだらだとか言って馬鹿にするじゃない? 自分たちは、女遊びを(あたか)も手柄みたいに言い触らすのにね」
 まぁ、確かに男にはそんな所があるな。
「結婚したら、その制約がなくなる。夫婦である以上、夫との行為は誰に恥じることもないわ。要のお義父さんやお義母さんも『早く孫の顔が見たいわ~』なんて言われて、寧ろ私たちの心配されてるのよ。しない理由がないじゃない?」
「母さんが?」
「そうよ。照子お義母様もそれをお望みよ。さ、ベッド行きましょう? どんな清純な乙女でも、母となった人はちゃんと子供を作っているでしょう。つまり、独身中は恥ずかしくて口にすることも悍ましい性行為を、結婚したら、皆、ちゃ~んとしてるってことよ。私は狐だから隠す心算はないわ。皆が見ている前でも平気よ」
 辰砂は僕の寝間着を脱がして、ベッドに誘おうとする。まぁこの状況なら、これまで幾度も辰砂とすることをしていたのだろうけど、流石に美菜たちに申し訳なくて、こうなったからと言って、直ぐにそう言う気にはならなかった。
「今は勘弁してくれよ……」
「ざ~んねん。私、人間の交尾が大好きなのに! それに、昔から私、鉄男の子供が欲しかったんだし……」
「それは高能力の狐妖怪を生みたかったからだろう? 妖狐の世界を支配する様な……」
「それはそうだけど……。今は違うわ。妖狐世界の支配なんて、正直もうどうでも良いの。オサキ時代と違って、飢えや迫害の恐怖も無いでしょう? 王侯って程じゃないけど、鉄男にそれなりの贅沢もさせて貰っているものね。今で、私は充分幸せよ」

 辰砂は僕と結婚することで、嘘かも知れないが幸せを得たと言っていた。
 そう、もし僕が歴史を書き替えなかったらこうなっていた筈なのだ。言い換えると、これが正しい歴史なのだ。
 僕が歴史を書き替えたばかりに、辰砂は僕たちの味方についた耀公主に拷問を受けた上で惨殺された。少なくとも、その歴史よりは、今の生活の方が辰砂に取って不幸だとは言えないだろう。
 実の処、僕はこの現象の原因を突き止め、僕がいた元の歴史に戻す心算であった。だが、それが正しい行為なのか、正直、自信が持てなくなってきていた。

「今からだと、遠出は出来ないな……。どうだ、辰砂。近くのフレンチレストランにでも行って、昼飯食べないか?」
「やった~!」
 少し態とらしい気がしないでもないが、跳び跳ねて喜ぶ辰砂を見ていると、僕はこれでも悪くないと思えたのだった。
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


元大悪魔。耀公主の能力と伝説の大魔法使いアルウェンの魔法を受け継いでいる超人。現在は別時空に移住し、妻・美菜、娘・有希と平和に暮らしている。

尾崎辰砂(要辰砂)


オサキ四狐のひとり。当初、ラクトバチルスの一員として要鉄男、耀子兄妹と共に戦っていたが、オサキ一党の反乱により敵味方に別れた。決戦の数日前、月宮盈の暗殺を目論むも、逆に捕らえられ、月宮盈に殴り殺された。愛称シンシア。

藤沢耀子(要耀子)


元大悪魔。新田純一と同じ力を持つ超人。オサキ一党の乱のテーク1では月宮盈に焼き殺されるが、やり直しのテーク2でオサキ一党を倒し生き残る。現在、大家族のビッグママとして、日々優雅に暮らしている。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木狐(大刀自)


仙籍、白面金毛九尾の狐。政木屋敷に住む妖狐界の大立者。

政木大全景元


政木家の妖狐。鉄男と縫絵が政木屋敷を訪れた際は、政木家の次期当主ながら、二度に渡り接待役を務めた。

月宮盈(耀公主)


鉄男たちが住み着いた時空に先住している悪魔殺しの大悪魔。テーク1では玉藻御前の狐火から鉄男を庇い焼死するも、テーク2では鉄男、耀子と組んで玉藻御前を打ち倒した。

要慎之介、照子


ストリートチルドレンだった鉄男と耀子を引き取って自分の子供として育てる。

新田有希


新田純一の娘。

犬里風花(橘風雅)


白瀬沼藺の義理の妹。

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