第5話
文字数 2,504文字
無礼講と聞いて、口を挟んでも危害が加えられないと思ったのだろう。これまで黙っていた辰砂が、突然話に加わってきた。
「大刀自様、新田純一とは、どう云うことなのでしょうか?」
政木狐は少し驚いて、説明を忘れていたとばかりに僕のことを辰砂に説明する。
「ご免なさいね。この方はあなたのご主人の要鉄男さんじゃなくて、別世界の要鉄男さんなんですよ。ちょっとした事件で、心が入れ替わっちまったんです。でね、今は新田純一さんと名乗られてますんで、ややこしいので新田様とお呼びしてるんでございますよ」
「じゃあ、この人はずっと私を騙して、私の夫に成済 ましていたって言うんですか?」
おい、別に騙していた訳じゃないぞ!
それにしても、辰砂と同衾しなくて本当に良かった。そんなことしていたら、今こいつに何を言われたか、分かったもんじゃない。
「新田様も、自分が入れ替わったなんてことが、分からなかったんですよ。過去に遡って、歴史が変わったと思ってた様なんです」
そんな突拍子もない話であるが、辰砂は意外とあっさり納得した。
「そうだったのね……。あー悔しい。そうと知っていたら、我慢なんかしてないで、早々に抱いて貰ったのに……。不可抗力だったって浮気の言い訳が出来てたじゃない……」
「おいおい……」
「冗談よ」
政木狐が笑っている。全く妖狐と云う連中は、一体何を考えているんだ?
「あなたには、彼が新田様だって分かって貰って置いた方が良いと思ったんですよ」
そんな話題、全く興味がないとばかりに、沼藺は少し語気を強めて言い放つ。
「今は、その様な話をしている時ではありません。本来の話を早く始めましょう」
そうだ。僕に関係のある危機とは一体何のことなのだ? 大体、僕は便利屋じゃないぞ。危機なんて、他のヒーローにでも任せて置けば良いじゃないか……。全く、なんで僕が呼ばれるんだ? 本当に面倒臭い……。
「そう仰有らないで、この写真を見てくださいな。これは、霊視と云う手法で撮られたものなんですけどね……」
僕が政木狐の所までにじり寄ると、政木狐は身体の下から一枚の写真を口に咥えて取り出し、僕へと差し出した。僕は恭しく両手でそれを受け取り、辰砂の脇の所まで戻ってから、その写真を見てみる。
「何これ? 私じゃない?」
隣の辰砂が、僕が手に持っている写真を覗き見て、そう口にした。
いや、違う。これは辰砂じゃない。
写真には、柊の葉を二枚合わせた様な黒い身体に、辰砂と同じ顔が合わせ目に配置された不可思議なものが写しだされている。
「こ、これは……」
「そうです。要鉄男の妹、耀子さん……。いえ、最早、耀子さんではありませんね」
「大悪魔イシュタル……」
そう、正確には『ンジャ◇イシュタ■▼×』。耀子の大悪魔としての名だ。だが、あいつは耀公主の光線砲で、跡形も無く焼き殺された筈だ……。ま、まさか……。
「ええ、そうですよ。新田様もされるでしょう? 月宮盈も耀子さんを消滅させたくなかったんでしょうね……。灼熱の炎に包んで、彼女を転生させていたようなんでござんすよ。でも、妹さんは、怨みと憎しみを宿したまま転生してしまった」
「そんな……」
「その大悪魔が、暗い炎を宿し、人間と妖狐に復讐する為、宇宙の果てから地球へと帰ってきたのです」
それにしても、こいつは確かに厄介だ。こいつの能力は、使い方によっては、どんな悪魔能力よりも強力なのだ。相手の位置、強度、状態までがあいつには手に取る様に分かる。つまり、相手が寝てる時、弱っている時に、何時でも襲うことが出来るのだ。あいつには、嘘寝も、罠も通用しない。確実に熟睡した瞬間を狙うことが出来る……。
だが、そう言う意味では、耀公主だっておんなじじゃないか。盈さんなら『危機感知』だって持っているし、その他の悪魔能力だって幾つもある。
抑々、悪魔の襲来を迎撃するのは、耀公主の仕事じゃないか。僕の出る幕じゃない。
「でもね、新田様。耀公主は死んじまったんですよ。あの戦役で……」
あ……。
そうだった。この世界では、盈さんは僕の盾になって死んだんだった。
ちょっと、これはまずい状況じゃないか?
「大刀自様、あいつを見失っちゃ駄目だ。あいつを倒すには、闇に隠れる前に力勝負を挑むしかない。あいつは……。大悪魔イシュタルは今どこにいるんです?!」
その答えは大全さんの口から発せられた。
「それがね、もう見失っちゃたんですよ。ですから、今耀子さんがどこを飛んでいるのか、それすらも分かっていないんです」
恐らく、イシュタルは、もう地球に来ているだろう。事前に宇宙空間を飛行するのを見せておいて、妖狐側が動揺する間に時空の裂け目を利用してもう移動を完了した筈だ。
そうなると、もう、イシュタルの侵攻を止める手立てがない……。
いや待てよ、政木屋敷はイシュタルには手が届かない。抑々大悪魔は、妖怪層に勝手に移動することが出来ないのだ。
「それはそうですが、そうなると、耀子さんは人間層を攻撃するでしょうね。そして、それを阻止しようとして出てきた妖怪を捕え、妖怪層へと案内させる」
だが、妖怪層には来れても、政木屋敷は特別な『狐の抜け穴』を利用しなければ移動出来ない筈……。
「ですから、それまで人間界への攻撃は続きます。そして、政木屋敷への移動が可能となった時、一気に攻め寄せて来るでしょうね」
確かに、それは考えられる。だが、政木屋敷に攻め入ると云うことは、イシュタルも政木狐の掌中に飛び込むと云うことだ。そうなれば如何にあいつが暗殺の達人だとしても、位置を知られずにいられない。ならば、政木狐が負けることはないだろう。
「新田様の仰有る通りです。でも、良ござんすか? それまで人間層は、大悪魔の爪牙に蹂躙され続けることになるんですよ」
そうだ。あいつの頭にあるのは、オサキ狐への復讐心だけだ。人間層がどうなろうと、恐らくあいつには関係のないことに違いない。これは妖狐属に降り掛かる火の粉と言うより、寧ろ人間界の危機なのだ。
「沼藺、新田様もこの状況を理解された様です。では、これから対大悪魔の軍議を始めることにしましょうか……」
「大刀自様、新田純一とは、どう云うことなのでしょうか?」
政木狐は少し驚いて、説明を忘れていたとばかりに僕のことを辰砂に説明する。
「ご免なさいね。この方はあなたのご主人の要鉄男さんじゃなくて、別世界の要鉄男さんなんですよ。ちょっとした事件で、心が入れ替わっちまったんです。でね、今は新田純一さんと名乗られてますんで、ややこしいので新田様とお呼びしてるんでございますよ」
「じゃあ、この人はずっと私を騙して、私の夫に
おい、別に騙していた訳じゃないぞ!
それにしても、辰砂と同衾しなくて本当に良かった。そんなことしていたら、今こいつに何を言われたか、分かったもんじゃない。
「新田様も、自分が入れ替わったなんてことが、分からなかったんですよ。過去に遡って、歴史が変わったと思ってた様なんです」
そんな突拍子もない話であるが、辰砂は意外とあっさり納得した。
「そうだったのね……。あー悔しい。そうと知っていたら、我慢なんかしてないで、早々に抱いて貰ったのに……。不可抗力だったって浮気の言い訳が出来てたじゃない……」
「おいおい……」
「冗談よ」
政木狐が笑っている。全く妖狐と云う連中は、一体何を考えているんだ?
「あなたには、彼が新田様だって分かって貰って置いた方が良いと思ったんですよ」
そんな話題、全く興味がないとばかりに、沼藺は少し語気を強めて言い放つ。
「今は、その様な話をしている時ではありません。本来の話を早く始めましょう」
そうだ。僕に関係のある危機とは一体何のことなのだ? 大体、僕は便利屋じゃないぞ。危機なんて、他のヒーローにでも任せて置けば良いじゃないか……。全く、なんで僕が呼ばれるんだ? 本当に面倒臭い……。
「そう仰有らないで、この写真を見てくださいな。これは、霊視と云う手法で撮られたものなんですけどね……」
僕が政木狐の所までにじり寄ると、政木狐は身体の下から一枚の写真を口に咥えて取り出し、僕へと差し出した。僕は恭しく両手でそれを受け取り、辰砂の脇の所まで戻ってから、その写真を見てみる。
「何これ? 私じゃない?」
隣の辰砂が、僕が手に持っている写真を覗き見て、そう口にした。
いや、違う。これは辰砂じゃない。
写真には、柊の葉を二枚合わせた様な黒い身体に、辰砂と同じ顔が合わせ目に配置された不可思議なものが写しだされている。
「こ、これは……」
「そうです。要鉄男の妹、耀子さん……。いえ、最早、耀子さんではありませんね」
「大悪魔イシュタル……」
そう、正確には『ンジャ◇イシュタ■▼×』。耀子の大悪魔としての名だ。だが、あいつは耀公主の光線砲で、跡形も無く焼き殺された筈だ……。ま、まさか……。
「ええ、そうですよ。新田様もされるでしょう? 月宮盈も耀子さんを消滅させたくなかったんでしょうね……。灼熱の炎に包んで、彼女を転生させていたようなんでござんすよ。でも、妹さんは、怨みと憎しみを宿したまま転生してしまった」
「そんな……」
「その大悪魔が、暗い炎を宿し、人間と妖狐に復讐する為、宇宙の果てから地球へと帰ってきたのです」
それにしても、こいつは確かに厄介だ。こいつの能力は、使い方によっては、どんな悪魔能力よりも強力なのだ。相手の位置、強度、状態までがあいつには手に取る様に分かる。つまり、相手が寝てる時、弱っている時に、何時でも襲うことが出来るのだ。あいつには、嘘寝も、罠も通用しない。確実に熟睡した瞬間を狙うことが出来る……。
だが、そう言う意味では、耀公主だっておんなじじゃないか。盈さんなら『危機感知』だって持っているし、その他の悪魔能力だって幾つもある。
抑々、悪魔の襲来を迎撃するのは、耀公主の仕事じゃないか。僕の出る幕じゃない。
「でもね、新田様。耀公主は死んじまったんですよ。あの戦役で……」
あ……。
そうだった。この世界では、盈さんは僕の盾になって死んだんだった。
ちょっと、これはまずい状況じゃないか?
「大刀自様、あいつを見失っちゃ駄目だ。あいつを倒すには、闇に隠れる前に力勝負を挑むしかない。あいつは……。大悪魔イシュタルは今どこにいるんです?!」
その答えは大全さんの口から発せられた。
「それがね、もう見失っちゃたんですよ。ですから、今耀子さんがどこを飛んでいるのか、それすらも分かっていないんです」
恐らく、イシュタルは、もう地球に来ているだろう。事前に宇宙空間を飛行するのを見せておいて、妖狐側が動揺する間に時空の裂け目を利用してもう移動を完了した筈だ。
そうなると、もう、イシュタルの侵攻を止める手立てがない……。
いや待てよ、政木屋敷はイシュタルには手が届かない。抑々大悪魔は、妖怪層に勝手に移動することが出来ないのだ。
「それはそうですが、そうなると、耀子さんは人間層を攻撃するでしょうね。そして、それを阻止しようとして出てきた妖怪を捕え、妖怪層へと案内させる」
だが、妖怪層には来れても、政木屋敷は特別な『狐の抜け穴』を利用しなければ移動出来ない筈……。
「ですから、それまで人間界への攻撃は続きます。そして、政木屋敷への移動が可能となった時、一気に攻め寄せて来るでしょうね」
確かに、それは考えられる。だが、政木屋敷に攻め入ると云うことは、イシュタルも政木狐の掌中に飛び込むと云うことだ。そうなれば如何にあいつが暗殺の達人だとしても、位置を知られずにいられない。ならば、政木狐が負けることはないだろう。
「新田様の仰有る通りです。でも、良ござんすか? それまで人間層は、大悪魔の爪牙に蹂躙され続けることになるんですよ」
そうだ。あいつの頭にあるのは、オサキ狐への復讐心だけだ。人間層がどうなろうと、恐らくあいつには関係のないことに違いない。これは妖狐属に降り掛かる火の粉と言うより、寧ろ人間界の危機なのだ。
「沼藺、新田様もこの状況を理解された様です。では、これから対大悪魔の軍議を始めることにしましょうか……」