第10話

文字数 3,184文字

 耀子は立ち上がった。人間で言う所の魂が抜けて死んでいた状態だったのだが、自分の遺体に憑依する形で生き返ったのだ。
 納得いっただろう?
 さぁ、決着を付けようじゃないか!

 耀子は、左手で拳を作り、その手首を右手で支えている……。
『光線砲』か? いや、威力を絞っての『光線弾』だ。だが、いずれにしても僕には通用しない。何故なら、耀子の拳が僕に向けて差し上げることがないからだ。
 僕は耀子の左拳を重くして、耀子の力では持ち上げられない様にしていた。この戦法は盈さんから聞いたものだ。昔、師匠が盈さんと闘った時に使った技だと……。
 そして、僕は質量を落として『高速移動』で耀子に近づく。これは盈さんが考えた戦法。そして、質量を増加すると同時に『重力低下』で拳を上方向に向けて叩き込む『反重力アッパー』。これは耀子自身が考え出した技だ。
 僕には耀公主の力と、それを磨き上げてきた皆の知識が蓄積されている……。能力を得たばかりのお前が、僕たちに敵う訳がない。
『反重力アッパー』は耀子の顎を捉え、耀子を錐揉み状に巻き上げて数メートル程撥ね飛ばした。これで顎が砕けたことは間違いないだろう……。

 耀子はこの一撃で相当ダメージを受けた様だ。しかし、耀子は最後まで諦めない奴だ。油断することは出来ない。
 試してみるか……。
「お前の負けだ。負けた方が折れるのが筋と言うものだ。耀子……、オサキのことは、諦めろ……」
「ふざけるな! まだ負けた訳ではない!」
 流石、耀子だ。口の中は血に溢れ、喋ることすら辛い筈なのに、まだ戦意を失わず、言い返し、そして立ち上がってくる。ならば、僕もそれに応えよう。

 僕は耀子に拳で攻撃を再開する。格闘術で攻撃を仕掛けたのは、耀子の出方を伺う為だ。だが、耀子は僕の攻撃をノーガードで腹部に受ける。何を考えているのだ? 僕は一旦後ろに下がる。
 もう、立っていることもやっとで、僕に殺されることを、只、待っているだけなのだろうか? もしそうならば、僕自身の技『トゥーフィンガーサーベル』でひと思いに首を落とし、『光線砲』で跡形も無く焼き尽くしてやる。
 僕はゆっくりと耀子に近づいた。耀子は立っているだけで、目を開いているかも定かではない。さあ、この闘いも終わりだ。僕は耀子の直ぐ目の前に立った。
 耀子は、このチャンスを待っていたんだろう。琰を手に持って、僕の肩の上、頭のある位置にそれを宛がってきた。
 琰は、大悪魔の能力と生気を奪う法具だ。この水晶玉を額に宛がうと、大悪魔は抵抗することも、逃げることも出来なくなる。そして、生気の全てを奪われた時、大悪魔は転生も、憑依を解くことも出来ず、干からびて、死んでしまうのだ。
「何故だ? 琰もお前も、何故、光を発しないのだ?」
「耀子……。お前、進歩、なさ過ぎ……」
「何?」
 耀子はそう言ってから、大きく血を吐き出した。今、こいつの腰から下は、僕の腹の皮で作った巨大ギロチンで上半身から分断されている。そして、琰も、音を立てて罅割れ、耀子の手から落ちた。
「盈さんにも同じことして、こう言われたろう? 僕も『危機察知』を持ってるんだぜ。お前が琰を使おうとしてるのなんか、僕たちには見え見えなんだよ」
「額に宛がった筈だ。それが……、何故?」
「僕の『皮膚変形』は大体の形にしかならないけど、型紙があれば、その形に変形させることが可能なんだよ。だから、僕は……」
 そう。僕は顔に右手を当てて、右手の皮で僕の頭を作った。そして、本物は首を傾げて肩の皮に隠していたのだ。つまり、耀子が僕の額だと思って琰を宛がったのは、額ではなく冷却することの出来る僕の右掌(みぎてのひら)だったのだ。そして琰は、急冷したことで、粉々に砕けていく……。
 ま、良く見れば、顔の形も少し変だし、身体のバランスも何処かおかしいことが直ぐ分かるんだけどな……。
「さ、もう、お終いにしよう。その状態では再生も簡単には出来ないだろう。お前を『光線砲』で焼き尽くす。覚悟しろ!」
 だが、耀子はそれを望まなかった。
「テツ……。転生は、もういい。首を跳ね、再生出来ない程に脳をぐちゃぐちゃに踏み潰してくれ……」
「それじゃ……」
「ああ。私の息の根を止めてくれ……」
「おい、お前……」
「お前に憑依して見た私……。あれは、別時空の私ではなく、この私自身なんだろう? 要慎之介と照子の子供の……」
「ああ。パパとママの子の耀子だ」
「だったら、未来は、あっちだけでいい。あっちの未来は、私にも家族がいて、旦那がいて、子供が一杯いて……。耀公主の力を得て、二代目耀公主になって……。魔法まで覚えて、エロブスよりも強くなって……」
「おい、向こうの私は、ブスチビより弱くなったことなぞ一度も無いぞ!」
 月宮盈が、僕の口を使って勝手に抗議する。だが、耀子には、もう何も聞こえてはいない様だった……。
「オサキに捕まって、あんな目に遭わなければ、私はあんな風になれたんだ……。旦那様が二人……。最初のが真久良だって? 本当、私、何考えてたんだろう? 訳分かんない。でも、いいなぁ。私の未来はあっちがいい。あっちの私だけに……して欲しい……」

 僕は、ギロチンの刃の上に置かれた耀子の上半身を見つめ、腕を交差してから、鋏で切る様に両手の指の皮で作ったサーベルで耀子の首を跳ねた。そして、勢いで跳んだその首を右手で掴み、そのまま氷の塊に変える。
「悪いな……、耀子。今の僕じゃ、『極光乱舞』で氷らせて、『超無窮動』で粉砕さすと云うことが出来ないんだ。だから、再生の苦痛が少しでも短くなる様に、盈さんの最高の必殺技で、お前を砕くよ……」
 僕は耀子の生首を、稲荷社の石畳の上に置いた。そして、翼を広げて月輝く夜空へと舞い上がる。
 斯うして充分高度を上げてから、僕自身の質量を増加……。これで重力は低下しているが、質量が増加した状態だ。これで羽を閉じると僕は地面へと自由落下する。但し、落下加速度は通常より大きく低下している……。
 そうして、僕はゆっくりと耀子の生首の上を目指した。さぁ、これが盈さんの最終兵器『パイルドライビング』。
 最大質量のフィストドロップだ!!

(おい、落下位置がずれてるぞ!)
(大丈夫です。翼と気流で補正しますから)
 だが、翼は空気を掴めず、気流を幾ら僕に当てても位置は変わらなかった。
(あれ?)
(愚か者め!)
(質量を増やすと言うことは、動き難くなると云うことだ。空気抵抗では動かない!)
 そう言えば、盈さんは『パイルドライビング』を、主に巨大生物に対して使っていた。成程、命中が難しいなんて、そんな弱点があったのか……。
 僕がミスを認めようとしていると、心の中の耀公主が僕にアドバイスをくれた。
(落下速度は通常より遅いのだ。地面寸前に来たら、気流を起こし生首の方を動かせ! それで間に合う)
 確かに、通常の重力加速度より加速は小さい。だが、気流は僕の皮膚で起こすものだ。離れた場所からは使えない……。そんな余裕のあるタイミングじゃないだろう!
 しかし、今はやるしかない。僕は激突の刹那、耀子の氷った生首を移動させる為、気流砲を発射した。それでホンの数十センチ。ぎりぎりで、生首は僕の拳の落下地点に動く。

 耀子の頭は衝撃に耐えきれず、その影響を受けた参道の敷石などと共に、轟音と巨大な土煙となって月夜の塵となって消えた……。
 これで、この世界の要耀子は永遠に消滅した。もう転生することも、生き返ることも在りはしない……。
「これで要耀子の未来は、僕の世界ひとつになったよ……。そうだな……、辰砂が生きている未来を確認できて確かに満足だが、僕も、僕が過ごしてきた未来の方が好きだな。耀子と一緒で……」
 そう思った瞬間、貧血でも起こしたかの様に、目の前が真っ暗になった……。そう、僕は意識を失ってしまったのだ。
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


元大悪魔。耀公主の能力と伝説の大魔法使いアルウェンの魔法を受け継いでいる超人。現在は別時空に移住し、妻・美菜、娘・有希と平和に暮らしている。

尾崎辰砂(要辰砂)


オサキ四狐のひとり。当初、ラクトバチルスの一員として要鉄男、耀子兄妹と共に戦っていたが、オサキ一党の反乱により敵味方に別れた。決戦の数日前、月宮盈の暗殺を目論むも、逆に捕らえられ、月宮盈に殴り殺された。愛称シンシア。

藤沢耀子(要耀子)


元大悪魔。新田純一と同じ力を持つ超人。オサキ一党の乱のテーク1では月宮盈に焼き殺されるが、やり直しのテーク2でオサキ一党を倒し生き残る。現在、大家族のビッグママとして、日々優雅に暮らしている。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木狐(大刀自)


仙籍、白面金毛九尾の狐。政木屋敷に住む妖狐界の大立者。

政木大全景元


政木家の妖狐。鉄男と縫絵が政木屋敷を訪れた際は、政木家の次期当主ながら、二度に渡り接待役を務めた。

月宮盈(耀公主)


鉄男たちが住み着いた時空に先住している悪魔殺しの大悪魔。テーク1では玉藻御前の狐火から鉄男を庇い焼死するも、テーク2では鉄男、耀子と組んで玉藻御前を打ち倒した。

要慎之介、照子


ストリートチルドレンだった鉄男と耀子を引き取って自分の子供として育てる。

新田有希


新田純一の娘。

犬里風花(橘風雅)


白瀬沼藺の義理の妹。

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