第6話

文字数 3,253文字

 政木狐が改めて、皆に急場ゆえ遠慮不要であることを告げる。それがあったからか、口切りは、意外にも戦闘力の全く無い辰砂であった。
「私たち夫婦が深く関係していることは理解できたけど、軍議に参加しても仕方ないんじゃない? 私、能力を奪われて何も出来ないんだから……」
 いや辰砂、そうじゃない。僕たちは戦闘力を必要としていない。僕たちの役目はイシュタルを誘き寄せる為の餌なんだ。大悪魔イシュタルは妖狐、特にオサキ狐を恨んでいる。そして、それを許した上に裏切ってオサキ狐の辰砂と結婚した僕を……。
 恐らくイシュタルは、復讐の前に、まず要の両親に気付かれずに会おうとするだろう。そこで、オサキ狐の辰砂と僕が夫婦として一緒に暮らしていることを知る。
 怒りに震えたイシュタルは、直ぐ様、僕たちを殺そうとするだろう。時を待って暗殺するなどと言った、まだるっこしいことはせずに……。それこそが、神出鬼没のイシュタルを倒すチャンス。だが……。
「そうですね……。大刀自様、兄上。お二人には、もう、さっさと帰って頂いても良いのではないでしょうか?」
 沼藺がそう冷たく言い放つ。確かにそれでも良いのだが、何も知らせずに、僕たちを囮に使おうと言う所が少し気にいらない。僕は沼藺に反論した。
「僕たちを囮に使って待ち伏せしても、イシュタルには、罠も何もかも見え見えですよ。どうやって、あいつに危険を感じさせないで待ち伏せする心算なんですか?」
 政木狐が僕の意見に同意する。
「そうですね。万全の体制を引いたら、彼女は罠には掛からない。万全でなければ餌だけを取られて、魚に逃げられてしまうかも知れない。八方塞がりですかねぇ……」
 大全さんが無駄だと知りつつも、彼らしく意見を述べた。
「耀子さんと和解出来ませんか? 鉄男さんの妹さんだし、彼女だって昔の様にご両親と仲良く暮らしたいでしょう……?」
「無駄ですね。オサキ一党があいつに何をしたか、忘れた訳ではないでしょう?」
 そうだ、尾崎真久良、そしてオサキ一党は、卑劣にも耀子を拉致かした上で、抵抗できない耀子を全員で陵辱した。そして、その映像を態々僕に送りつけてきたのだ。身も心もボロボロになった耀子は、オサキ一党に復讐を誓い、耀公主の力を奪おうとして逆に殺されたのだ……。そんな耀子が、オサキを許して、元の暮らしに戻れる訳などないではないか。
「ところで、新田様は、何が出来るんでござんすか?」
 政木狐が僕に尋ねてきた。僕が新田純一だと知っていると云うことは、向こうの世界での僕の能力も、全て知っていると云うことだろう。別に隠すこともない。
「悪魔能力は『皮膚硬化』だけですね。魔法は一切使えませんでした。『思い出』はまだ試していませんが、仮に使えたとしても戦力にはならないでしょう。僕は……、少し思うところがあって、殆んど全員を解放してしまいましたから……」
 そう。僕は悪魔能力が殆んど失われていることを知り、魔法が使えるかも当然に試している。
 魔法はあくまでも知識の技術なので、今の僕でも使えるかと思ったのだが、一旦魔法を知る人間に、魔法を使う為の神経結合にして貰わなければ駄目ならしく、アルウェンに出逢う前の僕では『魔法の矢』すら放つことが出来なかった。
『思い出』に関しては、「思い出は心の中で育むもので、指に納めて使役するものでない」と縫絵さんに言われて以来、僕はひとりの『思い出』を残し、全て解放してしまっている。娘の有希なんかは、過去の自分の姿なんかを入れてアルバム替わりにしている様だが、僕にそんな趣味はない。因みに、残したのは尾崎真久良。無いよりはましだが、こんなのを出したら、あいつの怒りの炎に油を注ぐ様なものだ。
「恐らく『思い出』を使おうとしても、誰も記憶されていないでしょう。こちらの要様は『思い出』を自分の指に残す技を覚えていませんでしたからね。でも、それでは、本来のお力の、一厘にも足りませんねぇ……」
「でも、大刀自様。僕が本来の力を持っていたら、あいつは来たりしませんよ。と言うか、近づくことすら出来ないと思います」
 そうなのだ。あいつの『危険察知』は自動発動する能力。おまけに危険が大きければ大きい程、不快感を増して自分の生気を消費してしまうと云う諸刃の剣。本来の僕がいたら、地球に来ることすら難しいだろう。
「それは、どうですかねぇ……」
「どういう意味ですか?」
「新田様は、妹さんを倒すべき敵として対峙できるのでござんすか? 恐らく無理でしょう。そんな新田様を、耀子さんは脅威とは感じないんじゃないですかねぇ……」
「だとしても、僕の強さは分かる筈ですよ。そんな罠に、あいつは掛かりませんよ」
「それもどうでしょう? 耀子さんは理性より感情で動くタイプ。忍者の様な殺人マシンなら、相手が油断するまで待って、確実に成功するタイミングで、お二人を殺すでしょうけど、彼女はそんなことしないと思いますよ。もし、新田様の方がお力が上だと知っていても、いいえ、お力が上と感じたら、尚更、耀子さんは戦おうと為さるんじゃござんせんかねぇ」
 確かにそうだ。耀子は相手の戦闘力を知る能力を持っている癖に、相手が強かろうと闘うことを止めたりはしない。全く宝の持ち腐れとしか言いようがない奴なのだ。
 だが……、だとすると、僕たちが強くなることは、全く意味の無いことではないのではなかろうか?
「大刀自様の仰有る通りかも知れません。ならば、幾つか、お願いがあります……」
「仰有って下さいな……」
「辰砂の妖力を復活させて下さい。それと、僕を暫くの間、地下牢にでも閉じ込めていて下さい」
 この提案は、辰砂に喜びを与えると同時に、沼藺に大きな不満の感情を与えた。
「その様なこと、出来る訳がありません。それは大刀自様の下したお裁き。それを覆すなど、政木一族を蔑ろにすることと同義。下がりなさい、無礼者!」
 だが、それを宥めたのは、沼藺の兄、大全であった。
「沼藺、今は緊急の時。辰砂にも、自らの力で己れの身を守って貰わねばならん」
「しかし……」
 二人の言葉を聞き、政木狐がひとつの提案をする。
「では、これではどうでしょう。新田様が地下牢に閉じ籠るのは良いとして、この危機が収まるまで、辰砂さんに西の丸にご滞在頂くと言うのは……」
 この意見に、僕は辰砂の返事も待たず承諾の意を示した。

「では、それで参りましょう」
 政木狐は全員を見回し、軍議の終わりを宣言した。まぁ軍議と言っても、僕と政木狐が二人で手順を纏めたに過ぎない。
 作戦は、ひとり人間層に僕が戻って、大悪魔イシュタルを迎え撃つと言うものである。
 場所は他人に被害が及ばない様、とある稲荷社の境内。ここにイシュタルが来るまでテントを張らせて貰って彼女を待つ。そして、僕とイシュタルがさしで闘い、この決着をつけると言うものだ。それで、もし僕が倒される様なことがあれば、妖怪層で待機していた政木妖狐軍が人間層に移動し、全軍で大悪魔を包囲し、総力をかけてイシュタルを打ち取ると云う二段構えの作戦だ。

 軍議の後、僕は正木屋敷の地下牢で、二晩ほど『思い出』を残そうとチャレンジした。だが、矢張り『思い出』を残すことは出来ず、結局、僕は強化すること無しに、そのまま人間層に戻ることになった。
 もし『思い出』が使えるのであれば、耀公主を呼び出し、彼女に琰を作って貰い、彼女の能力をコピーさせて貰おうと思っていたのだ。だが、残念ながら、その当ては大きく外れてしまった。
 確かに、琰だけであれば、要の実家にひとつくらいは残っているかも知れない。だが、琰を使う相手となる、強力な能力を持つ大悪魔が存在しないのだ。琰を取って来たとしてても、どうにも仕方がないだろう。
 兎に角『思い出』で闘うことも僕には叶わない。自分の能力である『皮膚硬化』で闘うしかないのだ。
 こうして僕は、弱っちいままで、稲荷社境内にテントを張って貰い、囮としてイシュタルが来るのを待つことになったのである。
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


元大悪魔。耀公主の能力と伝説の大魔法使いアルウェンの魔法を受け継いでいる超人。現在は別時空に移住し、妻・美菜、娘・有希と平和に暮らしている。

尾崎辰砂(要辰砂)


オサキ四狐のひとり。当初、ラクトバチルスの一員として要鉄男、耀子兄妹と共に戦っていたが、オサキ一党の反乱により敵味方に別れた。決戦の数日前、月宮盈の暗殺を目論むも、逆に捕らえられ、月宮盈に殴り殺された。愛称シンシア。

藤沢耀子(要耀子)


元大悪魔。新田純一と同じ力を持つ超人。オサキ一党の乱のテーク1では月宮盈に焼き殺されるが、やり直しのテーク2でオサキ一党を倒し生き残る。現在、大家族のビッグママとして、日々優雅に暮らしている。

白瀬沼藺


鉄男の恋人であった雷獣・菅原縫絵の生まれ変わり。妖狐の術と雷獣の力を併せ持つ。通称霊狐シラヌイ。

政木狐(大刀自)


仙籍、白面金毛九尾の狐。政木屋敷に住む妖狐界の大立者。

政木大全景元


政木家の妖狐。鉄男と縫絵が政木屋敷を訪れた際は、政木家の次期当主ながら、二度に渡り接待役を務めた。

月宮盈(耀公主)


鉄男たちが住み着いた時空に先住している悪魔殺しの大悪魔。テーク1では玉藻御前の狐火から鉄男を庇い焼死するも、テーク2では鉄男、耀子と組んで玉藻御前を打ち倒した。

要慎之介、照子


ストリートチルドレンだった鉄男と耀子を引き取って自分の子供として育てる。

新田有希


新田純一の娘。

犬里風花(橘風雅)


白瀬沼藺の義理の妹。

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