ACT02 「天使君とリセットボタン」
文字数 4,254文字
あつあつのタコ焼きにパクついていると、天使君が来た。
「おう、ゼロ。ご苦労様」
兄貴も屋台からでてきて天使君の前にたつ。
天使君。これはわたしがつけたあだ名である。理由は明快で、見た目が天使のような美青年だからだ。彫りの深い顔に、ぬけるような白い肌。このギラギラとした炎天下、兄貴と同じように外に出ていても、まるで焼けている気配がない。
長い手足に、亜麻色(あまいろ)の髪の毛。
むし暑さに汗ばむような気配もなく、どこまでも爽やかなのだ。
亜麻色の髪は、太陽の光に透けるとキラキラと黄金色に輝く。まさに天使様である。
兄貴はそんな彼のことをゼロと呼んでいる。愛称なのか本名なのか詳しいことは知らない。
彼は屋台の雑用係をやっている。材料を揃えたり、後片付けを手伝ったり。
天使君はものすごく兄貴のことを慕っているようだ。
兄貴が勤めていた頃からの知り合いだろうか。いろいろと憶測してみるが、そんなことはどうでも良いことだったし、知らないほうが楽しいような気がした。
「サクさんがタコ焼きを食べているなんて、珍しいですね」
天使君はわたしにも礼儀正しい。見た目には絶対にわたしよりも二つ、三つ年上だと思う。でも、意外と年下なのかもしれない。
「ひふれんのやへふい」
「何ですか?」
彼は意味が判らないらしく、きょとんとして背後の兄貴をふり返った。兄貴も困ったように笑っている。
「失恋のやけ食いだって。ゼロにはわからないだろ。そんな経験ないから」
それはそうだ。こんなに美しいのだから、失う恋なんてないに違いない。
天使君はわたしの中では少し変わった位置づけになっている。日常を過ごす知人や友人達とは違った、非日常の登場人物。
兄貴のいる世界に馴染んでいるのだ。わたしにとっては兄貴自身が非日常なのだった。非日常への扉と言ったほうが正しいだろうか。
ほおばっていたタコ焼きを飲みこんで、兄貴を見た。天使君に失恋の経験がないのはわかる。だけど、兄貴にはあるのだろうか。わたしの中にある兄貴の記憶は、小学生の時代までさかのぼる。当時すでに高校生だった兄貴は、それなりに人気者であったらしく、バレンタインには可愛い包みをもらって帰ってきたりしていた。
そう考えると付き合っていた彼女なんて、これまでにも幾人かいるはずなので、失恋したこともあるだろう。
あるだろうけど。
失恋。
兄貴には似合わないなぁ。天使君とは全く違った意味で、この変人に恋愛というのが、どうにもピンとこないのだ。
「その口ぶりだとさ、兄貴には失恋した気持ちがわかるみたいに聞こえる」
「もちろん、わかるぞ」
疑わしい眼差(まなざ)しを向けると、兄貴は墓穴を掘ってくれた。
「それはだなぁ、サク。心が破れて痛くて、切なくて苦しくて、湖に身を投げたいような思いがする。しかし、そんな勇気もなくてだな、ともかく悶えるんだ。張り裂けるような痛み。哀しくって、涙が出ちゃうわけ」
湖に身を投げるなんて、いつの時代だ。一昔前の少女漫画か。天使君は隣で「そうなんですか」と真(ま)に受けて、綺麗な目を苦しそうにゆがめている。
どうして彼はそんなに純真なのだ。
「兄貴、そのどこかで読んだような説明はいいからさ」
「せっかく兄ちゃんが、わかりやすく解説してるのに」
どの辺りがわかりやすいのだろうか。
「じゃあ、もっとわかりやすく言うぞ。とにかくヘコむ。ヘコんでヘコんで、泣く。そうだろ? サク」
一転して、シンプルな説明。
「そうなのかな」
申し訳ないけど、わたしにはよくわからないのだった。兄貴には間の抜けた答えに聞こえたらしい。
「えーっと、おまえ、今、打ちひしがれてるんじゃないの?」
「ごめん、兄貴。ちょっとばかし悲劇のヒロインを演じてみただけ」
「なにぃっ? じゃあ、失恋したのも嘘か? おまえ、心優しい兄ちゃんをだまくらかしてタコ焼きをただ食いするとは、卑劣な奴め」
兄貴はこちらににじり寄ってきて「金払え、金払え」を連発している。
せこい男だな。妹なんだから、事件がなくてもおごってくれるくらいの懐がほしい。
「サクさん。嘘をつくのはよくありません。僕もそう教えてもらいました」
ボソリと天使君。この場に不似合いなくらいに純心な台詞をはく。それがまた違和感もなく似合っている所がすごい。
「全部が嘘とは言ってないよ。だって、たしかに元カレは今友達と付き合っているんだからさ。わたしの心情はともかく、周りから見ればこれって十分かわいそうな状況に見えるんじゃないの?」
兄貴はふたたび宇宙人を見るような目でわたしを見る。
「サク。おまえってたまに、すごいよな」
「すごいって?」
「きり替えが早いと言うか、傷つかないよな」
そうなのだろうか。だけど、たしかに今回の件については哀しいとは感じていない。ともかく、わからないのだ。
横から熱心な視線をじりじりと感じる。天使君がきれいな目でこちらを見つめていた。
失恋の経験がなくてわからない彼と、失恋してもわからないわたしは、やはり違うのだろうか。
痛々しい心模様。
わからないという形に差はないのだろうか。わからない。
世の中、わからないことだらけ。
「変かな。よくわからないんだよね」
「はぁ?」
兄貴、こんどは宇宙語を理解できないというようなリアクション。
「たとえばだな。どうでもいい奴と、とりあえず付き合ってたとか?」
「ううん。好きだったよ。一緒にいたら面白かったし」
「あ、わかった。友達のこともすごく好きで、友達が幸せそうだから、帳消しになったとか」
「そういうのって、足し算、引き算じゃないと思うけど」
「そ、そうだな」
天才にもわからないことはあるのか。いや、違うな。兄貴はわかる人だ。痛々しい心模様がわかる。だから、それがわからないわたしがわからないのだろう。
「僕、サクさんの心がわかります。人を好きのなるという心がわからないのですね」
「違うだろ、ゼロ」「うん、そうかもしれない」
兄貴とわたしは、同時に声をあげるはめになる。兄貴は聞きまちがいかという顔でグルリとこちらを向いた。わたしはポンと手を打ってうなずく。
「天使君の言うとおりだ。わたし、人を好きになるっていうの、わからないのかも」
「まてまて、サク。彼氏のことは好きだったんだろ?」
「うん。でも、失っても困らないし。自分一人に戻ってほっとする」
そうだ。わからないのだ。
わたしにとって、誰かと築かれた関係は一過性のはやり病のようだった。
その時に感じた信頼も、安堵も、永遠ではない。周りは常に揺れ動いていて、形を変えている。特に人の心はわたしの知らない出来事によって、大きく変形するのだ。
独りきりなら、その変化に戸惑うことはない。
ひっそりと独りきりで絵を描く時間。そのひとときは、うつろわない。
独りきりに安堵できるなんて、わたしが世界に馴染んでいない証拠のようである。
だけど、独りぼっちの世界を味わうことのできる人は、それがどれほど満ち足りた時間であるのかわかってくれるだろう。
べつに永遠にひきこもりたいわけではないのだ。
独りきりに安堵する。
その気がねのない世界を愛している。
それは素晴らしいことであるのに、なぜか人々が心から賞賛するのはむずかしい。
「リセットボタンがあるんだよね」
「どこに?」
「どこにって……、自分の中かな」
兄貴は両手で頭を抱えこんで「ぐわぁ」ともだえている。本当に見ていて飽きない人だ。
「サクの言葉がわからない。これが世代の違いなのか? ひょっとして兄ちゃんはもうオッサンなのか?」
「あー、かなり足を突っ込んでるだろうね」
「がーん」
些細なことにショックを受けている兄貴は無視して。わたしは傍らの天使君の視線にこたえる。目があうと、天使君はにっこりとほほ笑んだ。
「サクさんにもリセットボタンがあるのですね。僕と同じです」
「え? 天使君にもあるの?」
彼はリセットボタンの意味がわかっているのだろうか。聞こうとすると、兄貴が「宇宙語の会話はやめろー」と叫んで割りこんでくる。
「おかしい。今の会話は絶対におかしい。そもそも兄ちゃんを置き去りに話が進んでいくのが一番おかしい」
いやいや。わたしから見るとあきらかに兄貴が一番おかしい。
「サクの言うリセットボタンを、オッサンにもわかるように説明してくれないかな」
「オッサンにわかるかどうかは、わからないけど。わたし、あまり人間関係が蓄積されていかないんだよね。だから、簡単にリセットできる」
「おまえはロボットか」
「そうかもしれない」
笑うと、兄貴はいきなり「このバカサクっ!」と怒鳴る。
「な、何よ」
「おまえ、何かを拒否してる。拒否権が発動してるぞ」
今度はわたしが理解できない番らしい。
「それはよくない。ゼロのリセットボタンとは話が違う」
「そうなんですか」
天使君はのんきな声を出して首をかしげていた。わたしにもまったくわからない。ちんぷんかんぷんである。
「そういうわけで、サク。しばらくおまえがゼロの面倒を見ろ」
「は?」
意味がまったくわかりません。
「お互いにリセットボタンを持つもの同士、語り合えるだろう」
「いや、語り合えないって……」
「ゼロ。今日からおまえの面倒は、サクが見るのでよろしく」
「ちょっとちょっと……」
「わかりました。サクさん。よろしくお願いします」
こらぁ。どうして納得しているんだ。どう考えてもおかしなこと言っているだろうが、この変人は。
「わからない事があれば、兄ちゃんはいつでも相手してやるので。よろしく頼んだぞ、妹よ」
「やだ。頼まれない」
「サクさん。僕は何をすればよろしいでしょうか」
「な、何もしなくていいよ」
どうやら、わたしの非日常は続くらしい。
「おう、ゼロ。ご苦労様」
兄貴も屋台からでてきて天使君の前にたつ。
天使君。これはわたしがつけたあだ名である。理由は明快で、見た目が天使のような美青年だからだ。彫りの深い顔に、ぬけるような白い肌。このギラギラとした炎天下、兄貴と同じように外に出ていても、まるで焼けている気配がない。
長い手足に、亜麻色(あまいろ)の髪の毛。
むし暑さに汗ばむような気配もなく、どこまでも爽やかなのだ。
亜麻色の髪は、太陽の光に透けるとキラキラと黄金色に輝く。まさに天使様である。
兄貴はそんな彼のことをゼロと呼んでいる。愛称なのか本名なのか詳しいことは知らない。
彼は屋台の雑用係をやっている。材料を揃えたり、後片付けを手伝ったり。
天使君はものすごく兄貴のことを慕っているようだ。
兄貴が勤めていた頃からの知り合いだろうか。いろいろと憶測してみるが、そんなことはどうでも良いことだったし、知らないほうが楽しいような気がした。
「サクさんがタコ焼きを食べているなんて、珍しいですね」
天使君はわたしにも礼儀正しい。見た目には絶対にわたしよりも二つ、三つ年上だと思う。でも、意外と年下なのかもしれない。
「ひふれんのやへふい」
「何ですか?」
彼は意味が判らないらしく、きょとんとして背後の兄貴をふり返った。兄貴も困ったように笑っている。
「失恋のやけ食いだって。ゼロにはわからないだろ。そんな経験ないから」
それはそうだ。こんなに美しいのだから、失う恋なんてないに違いない。
天使君はわたしの中では少し変わった位置づけになっている。日常を過ごす知人や友人達とは違った、非日常の登場人物。
兄貴のいる世界に馴染んでいるのだ。わたしにとっては兄貴自身が非日常なのだった。非日常への扉と言ったほうが正しいだろうか。
ほおばっていたタコ焼きを飲みこんで、兄貴を見た。天使君に失恋の経験がないのはわかる。だけど、兄貴にはあるのだろうか。わたしの中にある兄貴の記憶は、小学生の時代までさかのぼる。当時すでに高校生だった兄貴は、それなりに人気者であったらしく、バレンタインには可愛い包みをもらって帰ってきたりしていた。
そう考えると付き合っていた彼女なんて、これまでにも幾人かいるはずなので、失恋したこともあるだろう。
あるだろうけど。
失恋。
兄貴には似合わないなぁ。天使君とは全く違った意味で、この変人に恋愛というのが、どうにもピンとこないのだ。
「その口ぶりだとさ、兄貴には失恋した気持ちがわかるみたいに聞こえる」
「もちろん、わかるぞ」
疑わしい眼差(まなざ)しを向けると、兄貴は墓穴を掘ってくれた。
「それはだなぁ、サク。心が破れて痛くて、切なくて苦しくて、湖に身を投げたいような思いがする。しかし、そんな勇気もなくてだな、ともかく悶えるんだ。張り裂けるような痛み。哀しくって、涙が出ちゃうわけ」
湖に身を投げるなんて、いつの時代だ。一昔前の少女漫画か。天使君は隣で「そうなんですか」と真(ま)に受けて、綺麗な目を苦しそうにゆがめている。
どうして彼はそんなに純真なのだ。
「兄貴、そのどこかで読んだような説明はいいからさ」
「せっかく兄ちゃんが、わかりやすく解説してるのに」
どの辺りがわかりやすいのだろうか。
「じゃあ、もっとわかりやすく言うぞ。とにかくヘコむ。ヘコんでヘコんで、泣く。そうだろ? サク」
一転して、シンプルな説明。
「そうなのかな」
申し訳ないけど、わたしにはよくわからないのだった。兄貴には間の抜けた答えに聞こえたらしい。
「えーっと、おまえ、今、打ちひしがれてるんじゃないの?」
「ごめん、兄貴。ちょっとばかし悲劇のヒロインを演じてみただけ」
「なにぃっ? じゃあ、失恋したのも嘘か? おまえ、心優しい兄ちゃんをだまくらかしてタコ焼きをただ食いするとは、卑劣な奴め」
兄貴はこちらににじり寄ってきて「金払え、金払え」を連発している。
せこい男だな。妹なんだから、事件がなくてもおごってくれるくらいの懐がほしい。
「サクさん。嘘をつくのはよくありません。僕もそう教えてもらいました」
ボソリと天使君。この場に不似合いなくらいに純心な台詞をはく。それがまた違和感もなく似合っている所がすごい。
「全部が嘘とは言ってないよ。だって、たしかに元カレは今友達と付き合っているんだからさ。わたしの心情はともかく、周りから見ればこれって十分かわいそうな状況に見えるんじゃないの?」
兄貴はふたたび宇宙人を見るような目でわたしを見る。
「サク。おまえってたまに、すごいよな」
「すごいって?」
「きり替えが早いと言うか、傷つかないよな」
そうなのだろうか。だけど、たしかに今回の件については哀しいとは感じていない。ともかく、わからないのだ。
横から熱心な視線をじりじりと感じる。天使君がきれいな目でこちらを見つめていた。
失恋の経験がなくてわからない彼と、失恋してもわからないわたしは、やはり違うのだろうか。
痛々しい心模様。
わからないという形に差はないのだろうか。わからない。
世の中、わからないことだらけ。
「変かな。よくわからないんだよね」
「はぁ?」
兄貴、こんどは宇宙語を理解できないというようなリアクション。
「たとえばだな。どうでもいい奴と、とりあえず付き合ってたとか?」
「ううん。好きだったよ。一緒にいたら面白かったし」
「あ、わかった。友達のこともすごく好きで、友達が幸せそうだから、帳消しになったとか」
「そういうのって、足し算、引き算じゃないと思うけど」
「そ、そうだな」
天才にもわからないことはあるのか。いや、違うな。兄貴はわかる人だ。痛々しい心模様がわかる。だから、それがわからないわたしがわからないのだろう。
「僕、サクさんの心がわかります。人を好きのなるという心がわからないのですね」
「違うだろ、ゼロ」「うん、そうかもしれない」
兄貴とわたしは、同時に声をあげるはめになる。兄貴は聞きまちがいかという顔でグルリとこちらを向いた。わたしはポンと手を打ってうなずく。
「天使君の言うとおりだ。わたし、人を好きになるっていうの、わからないのかも」
「まてまて、サク。彼氏のことは好きだったんだろ?」
「うん。でも、失っても困らないし。自分一人に戻ってほっとする」
そうだ。わからないのだ。
わたしにとって、誰かと築かれた関係は一過性のはやり病のようだった。
その時に感じた信頼も、安堵も、永遠ではない。周りは常に揺れ動いていて、形を変えている。特に人の心はわたしの知らない出来事によって、大きく変形するのだ。
独りきりなら、その変化に戸惑うことはない。
ひっそりと独りきりで絵を描く時間。そのひとときは、うつろわない。
独りきりに安堵できるなんて、わたしが世界に馴染んでいない証拠のようである。
だけど、独りぼっちの世界を味わうことのできる人は、それがどれほど満ち足りた時間であるのかわかってくれるだろう。
べつに永遠にひきこもりたいわけではないのだ。
独りきりに安堵する。
その気がねのない世界を愛している。
それは素晴らしいことであるのに、なぜか人々が心から賞賛するのはむずかしい。
「リセットボタンがあるんだよね」
「どこに?」
「どこにって……、自分の中かな」
兄貴は両手で頭を抱えこんで「ぐわぁ」ともだえている。本当に見ていて飽きない人だ。
「サクの言葉がわからない。これが世代の違いなのか? ひょっとして兄ちゃんはもうオッサンなのか?」
「あー、かなり足を突っ込んでるだろうね」
「がーん」
些細なことにショックを受けている兄貴は無視して。わたしは傍らの天使君の視線にこたえる。目があうと、天使君はにっこりとほほ笑んだ。
「サクさんにもリセットボタンがあるのですね。僕と同じです」
「え? 天使君にもあるの?」
彼はリセットボタンの意味がわかっているのだろうか。聞こうとすると、兄貴が「宇宙語の会話はやめろー」と叫んで割りこんでくる。
「おかしい。今の会話は絶対におかしい。そもそも兄ちゃんを置き去りに話が進んでいくのが一番おかしい」
いやいや。わたしから見るとあきらかに兄貴が一番おかしい。
「サクの言うリセットボタンを、オッサンにもわかるように説明してくれないかな」
「オッサンにわかるかどうかは、わからないけど。わたし、あまり人間関係が蓄積されていかないんだよね。だから、簡単にリセットできる」
「おまえはロボットか」
「そうかもしれない」
笑うと、兄貴はいきなり「このバカサクっ!」と怒鳴る。
「な、何よ」
「おまえ、何かを拒否してる。拒否権が発動してるぞ」
今度はわたしが理解できない番らしい。
「それはよくない。ゼロのリセットボタンとは話が違う」
「そうなんですか」
天使君はのんきな声を出して首をかしげていた。わたしにもまったくわからない。ちんぷんかんぷんである。
「そういうわけで、サク。しばらくおまえがゼロの面倒を見ろ」
「は?」
意味がまったくわかりません。
「お互いにリセットボタンを持つもの同士、語り合えるだろう」
「いや、語り合えないって……」
「ゼロ。今日からおまえの面倒は、サクが見るのでよろしく」
「ちょっとちょっと……」
「わかりました。サクさん。よろしくお願いします」
こらぁ。どうして納得しているんだ。どう考えてもおかしなこと言っているだろうが、この変人は。
「わからない事があれば、兄ちゃんはいつでも相手してやるので。よろしく頼んだぞ、妹よ」
「やだ。頼まれない」
「サクさん。僕は何をすればよろしいでしょうか」
「な、何もしなくていいよ」
どうやら、わたしの非日常は続くらしい。