ACT03 「天使君とわたし」
文字数 1,472文字
変人がおかしなこと言いだしたおかげで、天使君がわたしの後ろをついてくる。
「ねぇ、天使君。どうして一緒に来るの? 兄貴の手伝いはしなくてもいいの?」
いつまでも後をついてくる天使君に見かねて声をかけると、天使君は屈託なく笑う。うおお、なんという美しい笑顔。
「今日から僕はサクさんのお世話になります。よろしくお願いします」
「や、お願いしますじゃなくて、兄貴の言ったことはただの悪ふざけだよ、冗談なの、冗談」
「いいえ、リョウさんは冗談なんて言いません。だから、サクさん、今日からお世話になります。よろしくお願いします」
にこにことエンジェルスマイルを振りまく天使君。きっとこの純心な若者には、兄貴の冗談が通じないのだろう。
ああ、どうしよう。このまま天使君を我が家に連れて帰るわけにはいかないし。これはもう一度、諸悪の根源に話をつけるしかない。
それにしても、どうして天使君はこんなに純心なのだ。いや、もう純心を通り越して非常識だと言える。背格好は大人なのに、まるで幼い弟のお守りを押しつけられた気分になるのはどうしてだろう。
「えーと、とりあえず兄貴の処に戻ろうか」
「サクさん」
突然、天使くんが真顔になる。どうしたのと声をかけるまもなく、なんと彼はわたしを荷物のように抱えあげて走りだした。
「ぎゃー」
まるで人攫いのような突然の変貌。パニック。
「ぎゃー、ちょっと、何? 何々何々?」
可愛くない悲鳴を上げるわたしを無視して、天使君は信じられない俊足を披露してくれるが、まったく嬉しくない。どこが天使君なんだ、悪魔君のまちがいだ。
目を白黒させるわたしを抱えたまま、やがてとっと天使君が立ちどまった。ストンと地面にわたしを着地させて深々と頭をさげる。
「申し訳ありません、サクさん。突然のことだったので」
「!!!!!」
衝撃のあまり声がでない。口をパクパクさせていると、天使君が子犬をあやすようによしよしとわたしの頭をなでた。
「わ、わたしは犬じゃないっ、じゃなくて、いったい何なの?」
天使君は困ったように笑う。
「僕にもよく判らないのです。ただ、リョウさんが敵だと教えてくれた人を見かけたので、思いきり逃げました」
「―――は?」
またか、また兄貴がらみなのか。しかも敵って。
「だけどサクさんがそんなに驚くとは思わなくて、本当に申し訳ありません」
深々と頭をさげて、叱られた子犬のように小さくなっている天使君を見ていると、いつもの平常心が蘇ってきた。どうやら天使君にはまったく悪気がなかったらしい。
わたしは大きく息をついて腰に手をあてる。何気なく辺りの様子を眺めると、見慣れた場所だった。
「天使君。とりあえず兄貴のアパートに行こう」
われながら名案だ。バカ兄貴が帰宅するまで、天使君と語り合っていればいいだろう。よく考えてみるとわたしは天使君のことをまるで知らないのだ。
家族構成も、年齢も、本名すらも。
その不可解さが魅力的だったけれど、もう諦めるしかない。
天使君はわたしの提案ににっこりとほほ笑んだ。
「僕はサクさんの言うことに従います」
本当に一体何なのだろう、この主従ごっこのような状況は。
「あのー、うん。今はそうしてくれると助かる、かな」
天使君はどこまでも無垢だ。わたしはがっくりと肩を落として、のろのろと天使君を連れて歩きはじめた。
「ねぇ、天使君。どうして一緒に来るの? 兄貴の手伝いはしなくてもいいの?」
いつまでも後をついてくる天使君に見かねて声をかけると、天使君は屈託なく笑う。うおお、なんという美しい笑顔。
「今日から僕はサクさんのお世話になります。よろしくお願いします」
「や、お願いしますじゃなくて、兄貴の言ったことはただの悪ふざけだよ、冗談なの、冗談」
「いいえ、リョウさんは冗談なんて言いません。だから、サクさん、今日からお世話になります。よろしくお願いします」
にこにことエンジェルスマイルを振りまく天使君。きっとこの純心な若者には、兄貴の冗談が通じないのだろう。
ああ、どうしよう。このまま天使君を我が家に連れて帰るわけにはいかないし。これはもう一度、諸悪の根源に話をつけるしかない。
それにしても、どうして天使君はこんなに純心なのだ。いや、もう純心を通り越して非常識だと言える。背格好は大人なのに、まるで幼い弟のお守りを押しつけられた気分になるのはどうしてだろう。
「えーと、とりあえず兄貴の処に戻ろうか」
「サクさん」
突然、天使くんが真顔になる。どうしたのと声をかけるまもなく、なんと彼はわたしを荷物のように抱えあげて走りだした。
「ぎゃー」
まるで人攫いのような突然の変貌。パニック。
「ぎゃー、ちょっと、何? 何々何々?」
可愛くない悲鳴を上げるわたしを無視して、天使君は信じられない俊足を披露してくれるが、まったく嬉しくない。どこが天使君なんだ、悪魔君のまちがいだ。
目を白黒させるわたしを抱えたまま、やがてとっと天使君が立ちどまった。ストンと地面にわたしを着地させて深々と頭をさげる。
「申し訳ありません、サクさん。突然のことだったので」
「!!!!!」
衝撃のあまり声がでない。口をパクパクさせていると、天使君が子犬をあやすようによしよしとわたしの頭をなでた。
「わ、わたしは犬じゃないっ、じゃなくて、いったい何なの?」
天使君は困ったように笑う。
「僕にもよく判らないのです。ただ、リョウさんが敵だと教えてくれた人を見かけたので、思いきり逃げました」
「―――は?」
またか、また兄貴がらみなのか。しかも敵って。
「だけどサクさんがそんなに驚くとは思わなくて、本当に申し訳ありません」
深々と頭をさげて、叱られた子犬のように小さくなっている天使君を見ていると、いつもの平常心が蘇ってきた。どうやら天使君にはまったく悪気がなかったらしい。
わたしは大きく息をついて腰に手をあてる。何気なく辺りの様子を眺めると、見慣れた場所だった。
「天使君。とりあえず兄貴のアパートに行こう」
われながら名案だ。バカ兄貴が帰宅するまで、天使君と語り合っていればいいだろう。よく考えてみるとわたしは天使君のことをまるで知らないのだ。
家族構成も、年齢も、本名すらも。
その不可解さが魅力的だったけれど、もう諦めるしかない。
天使君はわたしの提案ににっこりとほほ笑んだ。
「僕はサクさんの言うことに従います」
本当に一体何なのだろう、この主従ごっこのような状況は。
「あのー、うん。今はそうしてくれると助かる、かな」
天使君はどこまでも無垢だ。わたしはがっくりと肩を落として、のろのろと天使君を連れて歩きはじめた。