ACT12 「ストーカーさんの正体」

文字数 1,406文字

 天使君のことは心配だけど、心があるということについてはとても救われた。あの笑顔も優しい言葉も、すべて天使君の中で芽生えたものだ。
 それなら、今までもこれからも何も変わらない。

「戻ってこないなぁ、ゼロ」

 残り物のタコ焼きをつまみに、変人は呑気に缶ビールをあけた。
 結局、屋台を早めに片付けて兄貴のアパートに戻ってきたのだ。どうやら兄貴は天使君がアパートに帰っていると考えていたらしい。

 そういえば黒い日傘のストーカーさんの姿も、いつのまにか公園から消えていた。きっとあのストーカーさんも天使君に関わる研究者か何かだろう。

「いつも公園に様子を見に来ていた黒い日傘の女の人も、本当は兄貴の知り合いなんでしょ?」

 いまさらごまかす必要もないのに、兄貴はボトリと卓袱台にタコ焼きをとり落とす。みるみるビールでほてっていた顔色が白くなった。

「ま、まずい」

 もしかしてタコ焼きが腐っていたのだろうか。

「サク、兄ちゃんは今、とても大変なことに気がついたぞ」
「は?」

 いきなり何を言っているのだ。

「あのロボット女のことをすっかり忘れていた」
「あのロボット女って?」

 もしかして黒い日傘のストーカーさんのことだろうか。あの人も天使君と同じように兄貴の最高傑作だったとか?

「ぐわぁ、まずい。しまった、しまったあぁぁ」

 兄貴は頭を抱えて悶えだす。
 と同時に。
 コンコンとアパートの扉を叩く音がした。兄貴は「ぐわぁ」とそれどころではないようなので、仕方なくわたしがでる。

「こんばんは」

 噂をすれば、黒い日傘のストーカーさんである。とはいえ、もう夕方なので黒い日傘は見当たらない。

「あ、こんばんは」

 対応に戸惑っていると、背後で奇声がした。

「出たな、このロボット女」

 わちゃー、変人は錯乱状態である。しかし黒い日傘のストーカーさんは冷静だった。

「久遠(くおん)博士、お久しぶりです、と言いましても、ずっと様子を拝見しておりましたが」

 ものすごく大人な反応。変人は地団駄を踏む。

「くそ、やっぱりか。ゼロをどうした?」

 げ、嫌な予感。思わず兄貴と黒い日傘のストーカーさんを見比べてしまう。目があうと黒い日傘のストーカーさんはにっこりとほほ笑んだ。

「久遠博士の妹さんですね。わたしは司馬井(しばい)マヤと申します」

 すっと白い手が名刺を差しだした。ええと。

――ワールドグループ、グローバルシステム(株)、第零研究所第一部部長、司馬井マヤ。

 すごい、部長さんだ。どうやら予想どおり、兄貴の勤めている研究所の人らしい。
 黒い日傘のストーカーさん――ではなく司馬井さんが改めて兄貴に向きなおる。

「久遠博士、ゼロはこちらで保護しております。その件でご相談にまいりました」

 錯乱していた変人がぴたりと動きを止めた。

「相談?」
「はい」

 天使君の研究に関わる話だろう。ものすごく気になるけれど、わたしは部外者だ。

「あ、あの、ええと。――兄貴。わたし帰ろうか?」
「できればサクさんにもお話をうかがいたいのですが」
「え? わたしも?」

 司馬井さんが頷く。
 断るような理由はない。むしろこちらが天使君のお話をうかがいたい。
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