第14話

文字数 1,360文字

 それから玄太は、ゆり子の墓に毎日手を合わせ、会話をすることで厳しい冬をなんとか乗り切ることができた。
 そして、ようやく田舎にも遅い春がやってきた。すっかり雪も溶け花々が咲き始めた。中途半端だった家の片付けも、少しずつやり始めた。放置していたゆり子の畑も作物を植えるため耕し始めた。一人ぼっちは寂しいが、元々、天涯孤独の人生を覚悟していたのだから……とそう思うことで残りの人生、一人に慣れていくしかないのだと前向きに思えるようになってきた。

 家の片付けがひと段落して、夕食の準備をしていると、テレビのニュースが大雨の予報を繰り返し伝えていた。玄関から外に出てみると、まだ雨は降っていないが空がどんよりしていた。玄太は早めに雨戸を閉めてこれからやってくる嵐に備えた。
(今夜は早く休むとするか……)

 夜七時を過ぎた頃から風雨が強くなってきた。玄太は懐中電灯を枕元に用意して布団に潜り込んだ。
(明日の朝には嵐も過ぎ去るだろう……)
 しばらくして玄太は深い眠りに落ちた。するとまた、あの夢があらわれた。
 ゆり子と畑で作業をしていると突然、大雨にあい、沼が現れる。ゆり子が目の前で沈んでいくのに助けられずに、自分も沈んでいくーー
 ハッと目が覚めた。激しい風と雨音が聞こえる。玄関の扉を雨が叩く音と風が雨戸を揺らす音……嵐の音は大人になっても恐ろしく耳を塞ぎたくなる。
(ゆり子の畑が心配だ……空が明るくなったら見に行ってこよう……)
 嵐の音を聞きながら目を閉じた。
(どうか畑が無事でありますように……)
 再び玄太は夢を見ていた。
杉の木の側に一人の少年が立ちすくんでいる。
「おい、そこにいるのはリクか?」
玄太が話しかけてもその少年は振り返らない。すると突然カミナリが鳴り、杉の木と少年が一瞬消えたーー
(あっ……)
稲光に飛び起きた。
雨戸を閉めていたから、時間がわからなかった。
電気をつけて時計を見ると、もう十一時だった。
風は止んでいるようだが、雨はさらに強くなっているようだった。
 玄太は居ても立っても居られず、雨ガッパを着て長靴を履き外へ出た。戸締りをしっかりして、ゆり子の墓に目をやると誰かが手向けた野花が風雨に打たれて散らかっていた。
(こんな嵐の中、いったい誰が供えてくれたのだろうか……)
 そんなことを思案しながら裏山の畑へ急いだ。玄太は息を切らし坂道を登り切ったところで驚いて立ち止まった。視界が突然開けたその場所に沼ができていた。
(忍び沼……これが幻の沼か……)
そして沼の中央の木に目をやると、一人の少年が立っていた。
(さっき夢で見た光景と同じだ……)
「リク……おーい、リクか?」
雨が強まり沼の水かさはどんどん増している。雨音で玄太の声は届いてないようだ。その少年はしゃがむと半分、水に浸かりながら叫んだ。
「お母さんにもう一度会いたい……」
 玄太は沼に飛び込み、前に進もうとするがなかなか少年のところまでたどり着くことができない。それでも玄太は力いっぱい足を前へ進めた。
「リクー、リクー……」
玄太はもう胸まで水に浸かっている。もうリクの姿はほとんど見えなくなっている。
(あと少しだ……)
 その時、空がピカッと光り、稲妻が目の前をはしった。
「あっ……」
 杉の木の根元にカミナリは落ちた。
玄太は気を失い、そのまま沼の底に沈んだ。
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