第4話

文字数 1,176文字

 時計は七時をまわった。
「さぁ、リク、行くぞ」
 リクは立ち上がった。一言も言わず玄太の後をついてきた。リクは人の気持ちのわかる賢い子だ。心のどこかで、母ちゃんは来ないとわかっていたのかもしれない。
 スナックあいの裏にある商店街の駐車場に停めてあった軽トラの助手席にリクを乗せた。リクは自分でシートベルトを締めた。ゆっくり走っても三十分ほどで玄太の家に着く。
(俺は誘拐犯になってしまうのか?……)
 そんな言葉が脳裏をよぎった。でも玄太自身も子供の頃は寂しい思いをたくさんしてきたから、あの場所にリクを一人残すことはどうしてもできなかった。

「さぁ、着いたぞ」
誰もいない我が家は広すぎて寒々しかった。飲みに行く前に買い物は済ませていたし、冷蔵庫には数日分の食料もある。ゆり子が入院中に、料理は一通りできるようになったし一人暮らしも不自由な事は何もなかった。
「リク、遠慮なく上がれ」
「はい。お邪魔します」
「今、ストーブつけるから、コタツに入ってろ」
 家の中の空気は冷たかったが、コタツで暖まるうち、体が溶けていく感じがした。
「カップラーメンでいいか?」
「はい。僕にはご馳走です。いただきます」
 
 それから玄太とリクはいろんな話をした。
リクは七才、小学二年生。最近は決まった家はなく男の人のアパートやマンションに日替わりで寝泊まりしたりしていたらしい。寝る場所を提供してもらう代わりに家事をやるのだという。
「なぁ、母ちゃんのこと好きか?」
「うん。殴られたり蹴られたりするけど、後でちゃんと謝ってくれる……泣きながら……さっきはごめんねって。お母さんに悪魔がのりうつるんだって。そんな時のお母さんは、本当のお母さんじゃないからって言ってた。だから、僕がいないとお母さんは死んじゃうんだって……そう言うんだ」
「そうか……リク、お前は偉いな。でもな、リクには友達が必要だ。どうだ?おじさんと友達になってくれないか?」
「友達?……それって大事なことなの?」
「あぁ、とっても大事なことだ。もし、母ちゃんに聞いてみないと……なんて考えているなら、そんなことは心配しなくて大丈夫なんだよ。内緒にしておけばいい。誰にも言う必要はない。リクとおじさんだけの関係だからな。どうだ?友達になってみないか?」
「……うん、いいよ。僕は友達ってよくわからないけど、お母さんに内緒でいいんだよね。だったら友達になってあげる。僕とおじさんが友達になったことは誰にも内緒だよ。約束だよ」
「よし、約束だ。じゃ、おじさんがあの場所までリクを送ってってやる。そこで母ちゃんをリクが待てるだけ待ってみろ。母ちゃんが迎えにきて、一緒に行きたければ行け。でも、もし、いつまで待っても母ちゃんが現れなかったら、その時はまた、こうして遊びに来てくれるか?」
「うん。そうする。友達だもんね」
「そうだ、友達だからな」
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