第1話

文字数 631文字

 三日前、最愛の妻、ゆり子が死んだ。

 玄太は秋田の妻の実家へ婿養子に入り、質素ながらもいつも笑いの絶えない、その家族が大好きだった。
 孤児院で育った玄太は一生独身だと思っていた。東京駅で清掃の仕事をしているときに、たまたま法事で東京へ出てきていたゆり子と出会った。駅の階段で靴のヒールを折ってしまって、挙げ句の果てに迷子になって困っていたところを玄太が声をかけたのがきっかけだった。一年ほど遠距離で交際し結婚した。田舎暮らしの経験はなく、新しい土地で右も左もわからない玄太に、村中の皆がとてもよくしてくれた。打ち解けるまで時間はかからなかった。
 結婚した翌年にゆり子の両親が相次いで行方不明になった。嵐の夜に畑を見てくると家を出たきり戻ることはなかった。
 突然、家族を失い子供に恵まれなかった二人は、仲が良く、どこへ行くのも何をするのもいつも一緒だった。
 そんな最愛の妻が亡くなったのだ。玄太は何のためにここで生きているのか意味を見失っていた。
 病院から、そのまま火葬場に行き、お骨になって家に戻ってきた。そして自宅前の先祖の墓に埋葬し、お経をあげてもらった。
「坂田さんとこも、とうとう玄太さん一人になってしもうたな……」
 長年の付き合いのあるお坊さんがポツリと言って帰って行った。
(そんなことは人様に言われなくても自分が一番わかっとるわい)
玄太は寂しくて悔しくて泣きながら墓の前に崩れ落ちた。自分よりも十歳も若いゆり子が病死してしまうことは想定外であった。
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