第8話

文字数 844文字

 玄太がその場所に着くと猫が二匹、誰かが置いた空の餌皿の前で丸くなって寝ていた。他に誰も見当たらない。
(リクはいないなーー良かった……母ちゃんに会えたんだな)
 玄太はホッと胸を撫で下ろし、きた道を引き返そうとしたその時、背中で、か弱い声がした。
「おじさん……おじさん……」
「リクか?」
 振り返ると陽の当たる自販機の裏からリクが出てきた。
「お母さん、まだ来ないんだ……おじさん、寒いよ」
「……おぅ、寒いよな」
 玄太は咄嗟にリクを抱きしめた。
「ほら、これ、リクの好きなチョコレートだ。いま温かい飲み物を買ってやるから、食べろ。ほら」
 玄太はホットレモネードをリクに渡した。
「あったかい……おじさん、ありがとう」
「あれからずっとここにいたのか?」
「うん。ほらあそこ。陽が当たって暖かいんだ。来たのはね、餌をあげに来たおばさんと猫だけーー」
「そうか……なぁ、リク。今日もおじさん家に来ないか?今夜は冷えそうだ。こんなとこにいたら母ちゃんに会う前にリクが死んじまう」
「でも……」
「なら、母ちゃんがわかるように手紙をおいておこう。今夜はおじさん家に泊まるって。どうかな?」
「うん、それならお母さんも心配しないね。でもお母さんがここで待ってるかもしれないから明日また、ここに来たいんだ。おじさん、送ってくれる?」
「あぁ、いいとも。おじさんが車で送ってやるさ。じゃあ交渉成立だな」
 玄太は、自販機に貼ってあった剥がれ落ちたポスターを拾って裏に書いた。
[リクはおじさん家に泊まります。明日またここに来ます]
 リクは安心したのか、玄太の前を元気に歩き出した。
「おじさんはいい人だね」
 玄太がこの言葉をリクから聞いたのは二度目だった。
「リク、友達ってのはな、困ってる時に助け合うものなんだ。だからいい人なのは当たり前なんだよ。おじさんが困っていたら今度はリクがおじさんを助ける。それでおあいこになる。そんなふうに助け合って生きていくものなんだ」
「そうなの……じゃあ、僕もいつかいい人になるね」
「あぁ、そうだな」
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