第12話

文字数 876文字

 そういえば、入院前、ゆり子から祖父母の話を聞いたことがあった。祖父母はよく杉の木に話しかけていたと。良きことがあればお礼を、悪しきことが起これば願い事をーー穴に叫ぶと願いが叶うのだと。そして、大雨の後、沼が現れるが、その沼の水がはけた瞬間が一番願いが叶うのだと言って出かけていったそう。祖父母は災害の多かった年に豊作を願い見事に難を逃れた。だが、翌年、二人揃って急死したのだと聞いている。
 それからしばらく災害は起こらなかったが、ゆり子が玄太と結婚する前に大雨があり沼が現れたそう。沼が消えて一年後に両親は行方不明になってしまったのだ。

 ゆり子と結婚してから玄太は一度も沼を見たことがなかった。大雨は経験したが、その時は忍び沼の存在を知らなかったため気づかなかった。
(明日、あの場所へ行ってみよう……)
 玄太は冊子とアルバムを赤い風呂敷に包み箪笥に戻した。
(ゆり子はどうして大切に保管していたのだろうーーもしかしたら、土地の言い伝えを自分に話したかったのかもしれない……)

 翌朝、リクを起こすとおにぎりとお茶で朝食を済ませて裏山へ行ってみることにした。
「リク、朝早く悪いな。どうしても行きたい場所があってな」
「うん、いいよ。おじさんと一緒に行くよ」
山道を10分ほど登ったところに平地があって、杉の木が一本立っている。今はうっすら雪が積もっていて畑は見えないが、杉の木の根元には確かに人の頭が入るくらいの穴が開いていた。
(この穴に叫ぶと神様が願いを叶えてくださるのか……)
「なぁ、リク、そこに穴が開いているだろう?」
「うん。これ?」
「そう。その穴に向かって、お母さんに会いたいーーって叫んでみろ」
「えーっ、ここに向かって?魔法の穴なの?」
「そう、魔法の穴だ……恥ずかしいか?……じゃ、おじさんから言うぞ……ゆり子ー、もう一度会いたい、夢でいいから出てきてくれー」
「おじさん、恥ずかしくないの?……じゃあ僕も勇気を出して……お母さんに会いたーい……」
 二人は朝日にこだまする声を聞いて笑い合った。
「叶うといいなぁ……」
「うん。魔法の穴を信じてみよう……」
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