第5話

文字数 1,280文字




〈金属の男〉


ここは極めて温暖な地だが、それでも今日は冷気が肌を刺す。大気がこの夜抱えているのは何とも珍しい冷たさだ。そして夜空が非常に澄んでいる。そこから夜更けと共に、ここではあり得ない程の星々が姿を現す。そこに流れ星が一つ美しい軌跡を描いて落ちて行った。
海岸のあたりがやけに明るい。岩間で波に弄ばれているのは鉄の船のようだが、四角い箱のようになってしまっている。そこに大きな男の影が立ち上がる。がっしりとした体格だ。海上の何かを見ている。どうやら男と共に別の時間がここに重なり始めたようだ。なぜなら私たちが寝ぼけながら、ここの事を呟いているのではなくなったところをみると。
ああ、船ではなかった。箱車だ。金属の箱と七つの車輪が男の立っている浜に現れる。そして男は消えていた。男が消えていくと夜空に一つの光が放たれたように見えた。だとすると、男は金属の男と呼ばれた者なのだろうか。金属をあやつり、人間には見えないが人間に関わっているもう一つの世界を、必要な時には結び、自らは光の如く、そう金属が放つ光の如く、二つの世界を行き来すると言われる者。だが本当のところは私たちにも分からない。ただ「金属の男」「マスター」と彼が車輪に呼ばれていたのを聞いた。どちらにしてもあの箱車には導師がいた訳だ。
箱は分解して扉となり、次には回転しながら未知の金属へと戻っていく。周囲の岩が少しばかり黒くなり赤くなった。そして金属の扉はどこかへ行った。しかし七つの車輪は七つに分かれたまま海上を渡って行く。
その時海上に七つの島が浮かび上がった。そして私たちは思う。「世界の本当の姿は何か」には答えがないと。その広大な彼方への拡散を私たちは知ることがないと。勿論、あの流れ星が落ちると同時に世界は変わった、そしておそらく混合の世界となったのだという事くらいは知っている。金属と水との、金属と水と木との、金属と水と木と動物との、その他諸々との、そしてそこになぜか人間の混ざり合った世界。それが、そこに私たちがいることの出来るギリギリの世界だったからか。金属の男が身にまとっていた何とも古めかしい雰囲気が、今も車輪の周囲を取り巻いている。とにかく車輪は海上を走ってどこかへ行った。そして七つの島は七つの車輪の世界となるのか。そしてそれも私たちの世界なのだろうか。それとも今はその一つだけが私たちの世で、それは私たちの過去であり未来なのだろうか。そしてそこで知ることの出来ないのは?
その時彼らがここに置いていった世界の中に、濃厚な水の気配が周囲を圧倒して立ち上がってきた。「七つの環よ」金属の男の声がどこからか重々しく響く。そして夜空の中を、おそらく夜の名を持つ何者かが先頭の島へと降りていった。空から見ると編隊を組んだ渡りの鶴のように並んでいる七つの島、その先頭に立って飛んでいく島へと。そして水の霊が冷気を、何かの象徴のような冷たい水を、南国の島々へと引き寄せていった。もしかして混合が、合成が、始まるのだろうか。だとしたら?
私たちは危惧する。そこから生まれるのは不安と不和なのだろうかと。



























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