第7話

文字数 2,171文字




〈海蛇島〉


園長が技術主任を伴って事務所に現れた。そこへ観光課長が入って来る。「おや、園長たちも昼食ですか?」「いえ、私は点検の途中で立ち寄っただけです」
背後で大きな計器盤が唸り声を上げていた。そのうち技術主任は後ろのドアから消える。園長と観光課長の声が聞こえてくる。「さて、新しいジェットコースターの評判はどうですかね。この表によると客の入りは余り変わらないですかね」と園長。「まあ、他の過激なものと比べてうちのはおとなしいですから。それでもまあまあですわ。それに少しずつ上向きになってきましたから、これからです」二人は机の上でそれぞれの弁当を食べ始める。
事務所の窓からは港と、この島に続く島々が見えていた。それらの島々が並んで見える時には七つの島が実は一つの生き物で、それが海を泳いでいくように感じられてくる。そして私たちもその上に乗ってどこかにある見知らぬ大陸目指し、危険な海を航海しているのだと。そこに観光船が入って来た。やがて大勢の観光客が桟橋に吐き出されてきた。彼らは皆この島のジェットコースターが目当てだ。ここは有名なジェットコースターの島なのだ。島は美しい円錐形をしており、その円錐を締め上げる為に巻かれたロープのように、ジェットコースターは島を下から上へ、そして上から下へ、人々を乗せ走って行く。園長と技術主任の声が再び聞こえてくる。どうやら計器の調整は終わったらしい。
「今日は雲の間に海蛇島が見えていますね」と園長。「ああ、珍しいですね。あそこには蛇人間がいると言いますが園長は見たことありますか。ご自慢の望遠鏡でよくあのあたりを見ているでしょう?」「まさか、そんな人間などいる訳ないですよ。何もいません。あれはただの岩山でしかない」「岩以外何も見えない?」「そうです。岩の他は何も見えない。実はあそこのものはみなよく見えないのですよ。あるのかないのか、すべては霞んでいるのです」「どちらにしろ、あの島が我々の島の長だなどというのは、嘘八百もいいところだ」
観光課長も二人の話に加わる。「しかし、そう考えていない人は大勢いますよ。」「みな勝手にいろいろ言っているだけですよ。彼らがなぜそう考えるのか今一つ理解し難いですな」私たちはなぜその島に行って確かめないのだろうと思う。島を上空から見ればそれは確かに蛇の頭によく似ている。海中から突き出して前方を見ている巨大な海蛇の頭に。背後は緩やかなスロープになっている。何かつるつるした光沢のある金属で出来ているようだ。頭の上もつるつるしていそうだ。裏側はどうだろう。顎から腹へかけてはゴツゴツした岩のようだが。そこにはロープのような蔦か何かが、海へと幾つも垂れ下がっている。そして私たちにはそれにつかまって登って行く大勢の人々が見えてくる。あのように大勢の人がなぜ島へ行こうとしているのだろう。何もいないと園長は言っていたが。蛇の口は開いていた。その口の奥に蠢くものが見えるがなんだろう。どちらにしても彼らの説明とは違っている。彼らが話していたのは別の島だろうか。
私たちは元の島に戻って車輪を捜した。どこかに車輪があるはずだが見つからないのだ。ジェットコースターが、島をくるくると回っているばかり、まるで島が大き過ぎる車輪で、それをジェットコースターが必死で回しているようだ。そして私たちが見ているとそれは時々突っかかるのだ。しかもその時に上がる人々の悲鳴を楽しそうに聞いていると思えてくる。そしてこの島の人々はそこにより多くの人を乗せようと、いつも四苦八苦しているのだ。なぜだろう。   その時子供たちの声がした。「七つ、七つ島、そこはどこにあるどの島?今どの島にいる?一周目の島かな、でもそれって、どこ?ここ?・・・・・ここなんて知らない。二周目の島・・・・そんなのも知らない。三周目は・・・もうどうでもいい?でも、どこで降りよう。ここ?それは何周目?そこはどこ?どこでもいいさ。でも間違ってしまったら?それなら、大丈夫、ここには間違いなどないから。どこにもなにもないから。だからどうでもいいよ。そこから飛び降りてもいいよ」子供たちは他にも私たちには意味不明のことを叫んでいる。
悲鳴を上げながら手を上げている人々を乗せ走って行くジェットコースター。私たちも思う。同じ所をクルクル回って一体彼らは何をしているのだろうかと。それにどうしてあんなに悲鳴を上げるのだろうかと。子供たちはジェットコースターに沿った道を駆け上がりながらまだ囃し立てていた。「何周すると元へもどるのかな?七周?それは七つの島のこと?本当に戻れると思う?でも七周以上回ってはいけないよ」
しばらくして、太陽が中天にかかってくる。その時私たちは車輪の一つを見つけたように思った。子供たちはみな一輪車に跨り、その日一番高く昇った陽に照らされながら坂を下って行くところだ。お腹が空いたのだろう。一番短くなった影を引き連れて猛スピードで坂を下りて行く。後ろに続く濃い影と共に家へと向かっていく。そのうち家々からは昼食のいい匂いが立ち昇ってきた。私たちはその匂いを思い切り吸い込んだ。なんていい気持ちだろう。その時、上空で彼らを見送る私たちの目に、次々と彼らの家に吸い込まれていく黒い車輪の姿が私たちの目に飛び込んできた。



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