第13話

文字数 3,351文字




〈調査〉


地震活動で閉鎖されていた海域へ、何十年ぶりかで調査隊が送り込まれてきた。とりあえず彼らは一番大きな島を目指していった。しかし地場が乱れているようだ。磁石がクルクル回っている。どこも指せない。計器類は何の結論も出せそうにない。人間にはここを見せないつもりかもしれない。その時海を何かの金属が流れていった。調査隊もそれに気づく。次から次へと様々な金属が流れていく。こちらへも来る。しかし調査隊はそれを引き上げることができなかった。引き上げるには金属の入っていないものが必要だ。そうでないと金属同士同化しあってしまう。その結果或るものは打ち消されて消えていき、また或るものは反発して相手を殺して消してしまう。しかし、その世界には、金属の含まれないものなどなかったのだ。人間も今では列記とした金属との混合体になっていた。植物を連れて来るべきだったと彼らは思った。しかし植物との混合体すら連れて来てはいなかった。しかし彼らはどこかの島に上陸した。そう、どこかの島だ。ここら辺の地図は金属たちによって人間世界から消滅している。だからそこは人間の理解を越えた場所?だがそこにはちゃんと港があって彼らの船を歓迎した。
その島には小さな美しい砂丘があり、砂浜の後ろはすぐにジャングルだった。砂丘には様々なものが埋まっていそうだ。一番高い丘には前世界の遊園地跡が半分ほど突き出ている。たいしたオブジェだ。その後方に巨大なシダ類が天をついて伸び上がっているのが見える。彼らはジャングルに入っていった。そして繁茂している巨大なシダ類を見上げた。彼らはカメラを構える。シャッターを押す、カシャカシャカシャカシャカシャカシャ。その音にひかれてか、人間の子供程もある大きなカブト虫が飛んで来ると彼らの頭の上で蝉のような羽音を立てた。「信じられない。これでは恐竜が出て来ても驚かないぞ」島は全体が大きな丸い緑の塊に見える。「あの中にはいったいどんなものたちが潜んでいるのだ」
それでも彼らはジャングルを、島の中心に聳えている山を目指して進んだ。すぐに道は急峻な登りとなっていった。そして程なく彼らは気付く。自分たちが歩いているのが道ではなく、実は何かの金属のレールだと。垂直に登って行くレールに、それと交差して島を並行に巻くレール、しかしそれは今ではそこに絡み付いた蔦の束の所為で、まるで一本の大木から別れた枝のようになっていた。金属と合体した植物かと彼らは考える。それも島を覆いつくすほど伸びた一本の蔦との。
「とんでもない世界だ。どうして今まで見つからなかったのか」「この世には迷える世界が沢山あると言いますよ」「それはどんなオカルトなんだ」「みな、あの時世界は引き裂かれたと言いましたよね」レールの脇には身をくねらせたような白い幹を持つ南国らしい植物。その枝には色鮮やかな蛇が巻き付いている。しかし蛇は人間を知らないようだ。彼らをじっと観察している。「カブト虫に見えたものはカブト虫とは違う昆虫だろう」「いや、下にいたのは間違いなくカブト虫だった」と昆虫学者。「ほら、あの上にいるのもこちらのとは違っているが同じ種類だ」レールを一つ登る毎に形を変えていく同じ生物たち。信じられないことだ。進化が早すぎる。あまりに際立っている。そのうちカラスだと思った鳥に彼らは爬虫類の手足を発見する。
「幻覚だ」そう、私たちもそうだと思う。島自体が今や彼らの迷える神経系なのだと。みなそこに結びつけられているのだと。島は上に行くにしたがって益々変化を加速させていた。山頂はその最前線に立っているようだ。その時足元が動いた。レールが動いたのだ。レールと植物は一体ではないかもしれない。植物がレールを掴んで離さなかっただけかもしれない。彼らは思う、植物はこのレールが動くことを好ましく思っていなのではないかと。しかしレールは彼らを乗せて動こうとしていた。下を見ればそこは植物たちの創り出した深い奈落だ。彼らはこのまま頂上を目指すことにする。「ともかくもこの島全体を把握しよう」と隊長。
またレールが動いた。そしてレールは今度は動きを止めなかった。下でスイッチを押さえていた植物の手が払いのけられたかのように、プツンという音がした。あちらこちらでプツンプツンという音。そして程なくゴォーという叫びが上がった。「レールが走り出そうとしているぞ」植物たちは金属をつかまえているのを諦め、次々その拘束を解いていったようだ。程なくピカピカのレールが現れてきた。それは島を隈なく巻いていた。そのレールこそこの島の全容だと言ってよかった。レールは動き、植物たちを引きちぎっていった。傷口からは、様々な植物たちがそれまでどこかから吸い取り作り出してきた大量の体液が流れ出し、その強烈な匂いが周囲に充満していった。彼らはみな鼻を押さえながらも目から涙を流していた。誰からも何の言葉も出ない。体液は熱さの中ですぐに乾燥し、水蒸気となってあたりに立ちのぼっていく。霧がたってきた。他の香りもする。昆虫か?蛇か?何とも言えない匂いだ。まやかしのような、麻薬のような。
科学者たちはすぐに酔ってきた。空気はすでに水蒸気となり、それがおかしな色の霧になっていた。空は黒かった。爬虫類のような、鳥類のような、昆虫のような、人類のようなものが、周囲から飛び立っていく。そして空を埋めていく。いや、これも彼らの幻覚だろう。だが調査隊は出発した。レールに運ばれる観光客のように。そして島を周遊した。たぶん酔っぱらいながら、たぶん何人かは吐きながら、たぶん何人かは叫びながら、そして皆目を回し、その目に涙をため、そして誰かがレールから足を踏み外す。上に行くに従い霧は益々深くなり、船までの距離を無限大に拡げていった。それでもレールは何事かを成し遂げようとするかのように、必死で走り続けた。上に箱を乗せていなければレールが別の目的で回転していると思っただろう。だが、レールの上で何人かはここの本質を見たと思った。そして何人かはここでは何も見ていないことにした。
海上には七つの島が一直線に並んでいた。調査隊の誰もそれを見なかったとしても。対岸の陸地では、砂浜からも、岩場からも、七つの島が見えていた。いや、今それは島ではなくなった。海には七つの車輪が並んでいる。そしてそのどれもが金属の箱を曳いていた。
ところで人間にとって隣は永遠に隣で顧みられない場所なのだろうか。あの調査隊の記録は何時もの保管庫の隣の倉庫に置かれた。誰かが移したのだ。例え彼らが酔っぱらっていたとはいえ、いや、あんなに酔っていたからこそ、あれはいい記録だったと思うのだが。ところで今頃あの島の頂上は雪に埋もれてしまっていることだろう。あの後すぐに寒波が北から降りて来て居座ったから。そして降る雪を、樹冠に取り付いた着床植物たちが受け止め、その下では樹が、木の幹が受け止め、さらにその下では剥き出しとなったレールが受け止め、島は白一色になっていることだろう。そして木々から垂れ下がって咲く様々な空中の蘭の上にも、雪は降り積もっているだろう。あの島は上に行くほど急激に気温が低下する。しかしあの島の可憐な欄たちは太陽を求めて常に上にいく。雪雲は定期的にやって来るが、大概島を大急ぎで通り過ぎ植物たちを冷やすだけだったが、今回のように時として大雪になることもある。
ところで調査隊は島の頂上でレールから降りることはなかった。誰も降りて少し休憩しようとは言わなかった。なぜか皆急いでいた。何者かに追われ追いつかれそうになっていたかのように。あの時雪雲が北方から到着し、頭の上を覆い始めていたからかもしれなかったが。
どちらにしても、彼らはこの島の雪を見ることがなかった。だからその時のカブト虫や爬虫類たちのちょっとした混乱も、鳥たちの大騒ぎも、知らなかった。空中に咲く華麗な花々の憂鬱も、空中に充満していった昆虫たちの気鬱も、知らなかった。つまり自然が人間から隠している場所に自分たちがいたということを、知らなかった。つまりどんな人間もその時には人間ではなく、昆虫に似た蝶に似た、植物に似た、そして金属に似た者になることを知らなかった。



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