第10話

文字数 3,186文字




〈鳥島〉


彼らがその島に興味を持ったのは、砂浜に並べられていた何十台ものベッドのせいだったろう。どれも真新しい鉄製のベッドに見えた。背後の丘には廃棄されたのか錆びて赤黒い色をしたベッドがこれまた山のように積み上げられている。人の姿はなかった。船は小さなその島を一周したがベッドの他には取り立てて変わったものは見つけられなかった。そしてどこにも人の姿を見なかった。
「この島は調査対象に入っていましたか?船は随分と潮に流されてしまったようですが」「今、調べていますが、計器がおかしいのです。もしかしたら海底の岩盤のすぐ下を溶岩が流れているのかもしれないですね。多くの金属を含んだ溶岩流が計器を狂わせているのではないかと思います」「それにしても、あんなに沢山のベッドは何の為なのでしょう。何か撮影でもしていたのでしょうかね」「すごく不自然ですよね」「みなさん、この島は地図に書かれていないですよ。
なぜでしょう」
先日この周辺で大規模な火山活動がありこのあたりで盛んに噴煙が上がっていた。島が一つ崩壊し海へ沈んだとの報告がもたらされていたのだ。彼らはその調査に来ているらしい。しかしこの島がその時の火山活動で出来た島でないのは一目瞭然だ。砂浜はすぐに木々の生い茂ったジャングルに続いており、遠くにはやはり背の高い南洋の植物の生えている山々が見えた。
しばらくすると船から三人がボートに乗り込み島に向かっていった。しかし島の少し手前でボートは高波を受け転覆し、三人は海に投げ出される。だが彼らはウエットスーツにシュノーケルをつけていた。見ていると彼らはすぐに海上へ浮き上がったにも関わらず、再び海中へと潜っていく。それをしばらく繰り返したのちゴムボートを曳きながら島へ向かって泳いで行った。一人の男の胸にはカメラがぶら下がっている。そして砂浜に這い上がった三人は、皆でそのカメラを覗き込んでいる様子だ。「すごいな、この風景は・・・。このカメラ、幻でも写せるとか」「僕などてっきり幻覚だと思った」「まさしく竜宮城ですよ。これを見て下さい。ぴかぴか光っているのは宝石じゃないでしょうか」「ほらそこ、どうゆう生き物だ。手で何か持っている」
その時島を強い地震が襲って、丘に積み上げられていたベッドの幾つかが彼らの所まで落ちて来た。すぐ近くの海上には黒い噴煙の柱も見える。「我々はすぐに帰ったほうがいいですね。火山活動が活発になったようだ。船を移動させないと」三人が船を見ると甲板の上で振られている旗が、帰れ、直ちに帰れと合図を送っている。
「それにしてもなぜ竜宮城の上にベッドがあるのでしょう。まさにこの島は、いや、島の下は竜宮城そのものですよね」その時彼らは空に沢山の海鳥たちが集まっているのに気付く。彼らを見下ろしている。「いつ、飛んできたのでしょう。見たことのない鳥だ」「そうだ、新種に違いない。おや、あの足を見て下さい。何か変ですよ」「指のように見える。人間の指のようで気味悪いな」その時鳥が一斉に鳴き出した。彼らはすぐに耐えられずに耳を塞ぐ。「なんて鳴き声だ」恐らく鳥の声がうるさかったのではない、それが異様に人間の叫び声に近かったからだろう。
そのうち沖合から沢山の鳥の死骸が流されてくるのが見えた。それらはしばらく浜の近くを漂っていたが、彼らのいる近くの浜辺に次々と打ち上げられてきた。「先頃の噴火は余程大きかったと見えますね。鳥たちは皆黒焦げだ。可哀そうに噴火に巻き込まれたのでしょうね。それにしても何て数だ」座り込んでいた三人は腰を上げた。一刻も早く船に戻らなくてはならないのは明らかだった。しかし三人はそのまま呆然と立ち尽くす。海上にいるはずの船が見えないのだ。彼らはキツネに化かされているような気分だ。目だけが無意味に海上をさ迷っていくばかり。「どうしたのですか?なぜ海など見ているのです。あの海は今や怪物であり化け物ですよ」誰かが彼らの肩を叩いて言った。「そうですよ。やっと 来たのです。やっと 来る事が出来たのです。到着なのです」「ああ、良かった。ベッドは沢山あるぞ」
鳥たちが話しかけていたのだ。流されて来た鳥たちは浜に着くと立ち上がり、立ち上がると姿が変わっていった。歩いている。鳥ではない、人間のようだ。黒焦げでもなかった。しかし彼らの腰は変な具合に曲がっており、ぎくしゃく歩く様子はまるでゾンビのようだ。しかも身体が弛緩しているらしく、手をだらりと下げ、足を引き摺っている。何もかもが変だ、なぜならそれが時々鳥にも見えてくるのだ。何時の間にかベッドは草原に移動していて、規則正しく並べられている。草原など見当たらなかったがどこにあったのだろう。
その草原から、ベッドの脇から、不思議な生きものが立ち上がった。「ああ、世話人だ。僕は僕の世話人を見つけたぞ」彼らは次々と浜辺を走って行く。あれでも走れるのかと彼らは思う。「あなた方は何をぼんやりしているのです?しっかりなさい。自分の世話人を見つける時間ですよ。一緒にあちらへ行きましょう」
三人は鳥人間たちの後を何も言わずについて行った。三人とも突然背後の海が怖くなったのだろうか。そしてあの草原のベッドで休みたくなったのだろうか。少しだけなら昼寝も許されるかもしれないと思ったのだろうか。船のいない海は今や彼ら人間のいる場所ではなくなったのだから。そう、傷ついた鳥たち以上に彼らの場所ではなくなった。そして三人は涼しい風の吹く草原で、鳥たちに混じって羽のない身体を休めたくなった、硬い鉄のベッドの上、しかし羽毛ではないだろうが柔らかい布団にくるまれて、そして、おそらく眠った。世話人の一人が三人の胸からぶら下がっているカメラを、ペンダントを、認識表を、許可証を、外して海とへ流した。
その頃近くの海は燃えていた。その海の下は地下から噴き出した溶岩で溢れ、やがてそれは海の中に赤い道を、地獄のように灼熱の道を、作っていた。その頃、どこかの島で鉄のベッドに寝ていた車輪の一つが、召集を受け、海へ飛び込んだはいいが、すぐに行き場を失い、しかたなく海中の溶岩流の上を走っていた。見れば車輪は金属の箱を曳いている。箱は焼けて真っ赤だ。そこに窓がある。窓からは中の少女が見える。一心不乱に本を読んでいる。中は熱くないらしい。
車輪が少女に聞いている。「読めましたか」「もうすぐよ」「早く読んで下さい」「分かったわ。最後の所が面白いの」「最後って、主人公が刑場へ引かれて行くのでしょう?どうして面白いのですか」「あらいやだ。あなた、この本を読んだのね。でもいいのよ。拾ってくれて、ありがとう」「とにかく早く読んでしまって下さい。ここで泣いてもいいですから」「それがね。本が違うみたいなの。あなた、間違ったのかしら。今までの筋とこの本の最後がかみ合わないのよ。でも面白の。だからもう一度最初から読んでいるのよ」「しかし早く読んでくれないと・・・。困ります」「そう言わないで、もう少し時間を頂戴な」
「おお、何ということだ。刑場へは行かない。しかしお嬢さん・・・。ああ、時間でしたね。時間はここにはないからあげられないのです。ここにあるのはもう時間ではないのです」「それでも、早くと言うのね。何がここにあるの?」「熱さです」「何も感じないわ」「で、なかったら、あなたに迫って来るものです」「じゃ、感動かしら」「いや、それとは違うものです。とにかく読み終わって下さい。そうすればいくらか分るでしょうから」車輪と箱の中の少女は行ってしまった。だが、まだ声だけが残っている。声が言っている。「あの、お嬢さんは鳥が好きですか?」「ええ、大好きよ」「それなら、いいです」私たちも少女を追いかけていく声の後から彼らを追った。もっと聞かなくてはならなかったから。








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