第11話

文字数 2,175文字



〈ウサギ島〉


金属の男が並んだベッドを見回っていた。しかし、不意に眉を上げると、一つのベッドへと歩いて行く。そこには少女が寝ていた。「どうして人間の少女が紛れ込んでいるのだ」どうも車輪に聞いているようだ。ベッドの脇に古びた車輪が立てかけられている。私の車がどうして少女を運んで来たのか、少女の夢をどこかで巻き取ってしまったのだろうか、そうだとしても・・・彼の考えは不意に断ち切られた。
世話人が彼に話しかけていた。「やはり人間の女の子ですか。私は初めて見ました。仲間から話に聞いてはいましたが」彼は世話人に聞いた。「夢を見ているのか?」「いえ、今はただ無心に眠っているかと」彼は考えている。どうやってもう一度夢を見させるか。恐らくあちらの世界で少女はおかしなことになっているだろう。何にせよ、こちらへ来てしまったからには、どうにかしてこことあちらを繋げなければならない。夢に関わらせるのがいいだろうか。
車輪が彼に言った。「少女はまだ本を読み終わっていません。」「本?」「そうなのです、マスター。実は関わっているのは夢ではなく本の物語なのです。私は落ちた本と一緒に思わず少女を拾い上げてしまったのです。本だけ取ろうとしたのですが、それも余計な事でした。」「お前が本に興味を持つとは」「その本の中に箱車が出て来るのです。私たちの仲間かと、ふと気になりまして。マスターはご存じですか?」「いや、だが、そうかもしれない。私が知るのは多分他の物語だろうが。本の物語は伝承される時、様々な世界を通るからな。」「それで、どうして少女がここにいるのだ」「その時あの噴火に巻き込まれ、ここに連れて来るしかなかったのです」「そうか。少女が無事で何よりだ。お前は良くやってくれた。だが早く帰さなくては。余りにこんがらがってどうにもほどけなくなる前に」「その時にも、私が運びます」「そうしてやってくれ」しかし今まで微妙なバランスでどうにか保っていた世界が再び揺らぎ始めていた。
その時草原からウサギが顔を出した。彼に向かって走って来る。見ればその背後に大きなキツネの姿、ウサギを追っているようだ。彼は飛び上がってウサギを両手で受け止める。ウサギは初夏だというのに真っ白だ。怒ったキツネが彼に飛びかかろうとする。頭の中央から角が伸び上がった。しかし彼はキツネを難なく払いのけ、キツネはどこかへ飛ばされて行った。金属の男は苦笑する。どこへ飛ばしたか少し心配になったのかもしれない。それを見たウサギの耳がすっくと立ち上がる。大きく美しい耳だ。そこで何かがキラキラ輝いている。どうゆうことだろう。「おや、」車輪が声を上げる。「マスター、少女が夢を見始めたのかもしれません」金属の男が頷きながらも言う。「いや、この世界が夢見ることを覚えたのかもしれないよ。そして我々を引っ立て、今度はどこへ行くつもりなのか」彼は彼の顔を見ているウサギに微笑みかける。白いウサギは「それでもぼくはあなたを見つけた」と言った。「そうか、お前は喋れるのだな」ウサギは彼の腕の中から飛び降りると姿を変えていった。彼と同じ背丈、しかし長い耳の分だけ彼よりも大きい。彼らはしばらく見つめ合っていたがウサギは背中を向け離れていった。「行く先はそれぞれ」彼が誰にともなく言う。
車輪が少女を連れて来ていた。そして「私たちは出発します」と言った。「そうか 行くか」彼は振り返る。「待っていても余計に絡まってしまうだけです。行けるだけ行きます」ウサギが戻って来ると少女に近寄っていく。気に入ったようだ。「一緒に行ってもいいぞ。ここも変わっていくからな。お前さえ、この変わり様だ」彼らは出発した。しかしウサギは彼らと行かなかった。ウサギには別の行先があるようだ。その時再び大爆発が起こって、新しい島がここの世界に生まれ出た。金属の男がベッドを回って、そこに寝ている様々な生きものを起こしていった。「さあ起きろ。行ける者は行け。連れて行きたい者は世話人と共に行け」彼が別の車輪に言っている。「彼らを追わせろ」「いいのですか?」「ああ、放つ時なのだ」ベッドの上には様々な生き物が、ただ生き物としか私たちには言えない者たちが寝ている。そう、私たちには何とも言いようがない者たち。だが、その中には明らかに人間と思われる者たちもいる。どちらの者も次々と起き上がっていった。すぐに島中が様々な声で満たされる。だが、それらの声に混じって私たちには竜の鳴き声を聞いたように思った。いや、きっと気のせいだろう。なぜなら、竜が棲むことの出来る世界などまだどこにもなかったから。
その時草原からウサギたちが次々飛び出してきた。そして岩を登っていった。キツネがいなくなったので外の世界へ出て来たのだろう。岩の上から海を見るつもりらしい。だが登りきるとウサギたちは次々海へとダイブしていく。ウサギたちが今まで海へ行きたいと思っていたなんて。私たちは驚いた。しかもウサギたちは岩場から海へ飛び込むと、すぐに泳ぎ始めた。楽しそうだ。ウサギが泳ぎたいと思っていたなんて知らなかった。みな白いウサギたちだ。まるで白い毛玉が海に幾つも浮かんでもがいているように見える。残った世話人たちが砂浜でそれを見ている。だが無表情だ。そして金属の男の姿はもうどこにも見えなかった。
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