第12話

文字数 2,516文字




〈竜の爪〉


島の反対側へやって来た二人は、寒さで歯をガチガチ鳴らしていた。今日も遠くに見える岬の島からは、ゴォー ゴォー と獣の鳴き声が響いてくる。「今日の鳴き声は酷く身にこたえるな」「まったく、しかし何か食べ物があるはずだ」
二人は洞窟の中を見回している。洞窟の中はゴミだらけだ。恐らく海に漂着した物が箱と一緒に引き上げられてきたのだろう。それをこの島に毎日吹き荒れている強風が洞窟へと押し込んだようだ。しかし二人はそれらを丹念にあさり出す。ゴミの中から比較的新しい時計と体温計が顔を出した。二人はすぐにそれらにかぶりつく。「おお、美味しい 時計など久しぶりだ」「おお、美味しい 体温計などいつ食べたきりか」まあ、私たちにはそう見えるだけ。実際彼らが何を食べているのかは見当もつかない。きっと私たちの知らないものだろう。
半島の上にはピカピカの車輪が置かれている。出来立てだ。これから出発していくらしい。車輪が回転し始めた。二人が顔を上げた。「行くぞ。そら行け、ゴー、 ゴー」一人が囃し立てる。「そら、ドボンだ ドボン」そして二人とも耳を澄ませる。バシャ、という音、そしてゴォーと波の押し寄せる音がする。「やった」「うまく落ちたぞ」二人は顔を見合わせ歓声を上げる。二人は洞窟を出て滝の近くへ戻って来た。下にはもうあの車輪の姿はない。しかし滝が次々と古い箱車を引き上げていた。半島のほとんどを占めているのは、規則正しく並べられている、それら古びた箱車だ。二人はその一つ一つを見てまわる。「あった」「おお、こいつには竜の爪が二つも食い付いているぞ」
私たちは思う。箱の中に入れられていたのはきっと竜の餌だと。二人は又滝を見下ろすと下にある何かを捜しているようだ。「まるで滝というより下水道だ」と言っている。見れば滝は所々凍り付いている。再び雪が降り出していた。雪が降り出すと強風は大概収まるのだ。彼らは風除けのゴーグルを顔から外した。二人の頭も竜の頭もだんだん白くなっていく。二人は再び洞窟の中へ入って行った。探し物は見つかったのだろうか。わからない。そしていくら待っても彼らは出て来なかった。何年待っても出て来なかった。

峠にはあの二人の姿があった。何時の事かは分らなかったが。そして竜の爪らしきものを首からぶら下げている。「どうして竜はあの箱に爪を残して行くのだろう」と、言っている。今日も雪が降っていた。風はない。だから二人の顔にあの派手なゴーグルはなかった。私たちはそれを見るのが好きだったのだが。二人はゴーグルを幾つも持っていてそのどれもが面白い形と色なのだ。中でも竜の形が多いのはこの島の故だろう。二人は峠に座り込んで登って来る人を待っているようだ。
「どうして、こうも、人が来なくなったのでしょう」と、言っている。「この爪に実際どんな価値があるのでしょう」と、言っている。「島には私たちしかいないのでしょうか」と、言っている。「箱車で運ばれて来た人たちはどうしたのでしょうね」と、言っている。その度にもう一人がそれにうなずく。そして「ここは昔から島だったのですか」と、言っている。「いや、どこかに繋がっているはずだ」「無論どこにでも繋がっているのでしょうね」と、言っている。「ところで、この爪は竜のものにしては小さ過ぎませんか」と、言っている。「そうですね、トカゲでしょうか、大トカゲなら隣の島に沢山いたはずだ、尾のある奴も、足のある奴も、手のある奴も、その中には手があって強情な奴がいる、尾はあっても凶暴ではないが欲求不満の奴がいる、足があって怠け者だが暴力を振るう奴がいる、目があって好奇心旺盛だが的の外れた奴がいる、彼らはみな何かを掴むのだ、掴みたくなったら掴む」と、言っている。「金属も貫く爪があったら、意味もない事などしない」と、言っている。「或はここに私たちが流れ着いた時に、ここは突然小さくなったのだ、何もかも小さくなったのだ、きっと私たちの所為ですよ」と、言っている。そして二人して「なぜ?」と首を傾げる。
その時新しい箱が滝を昇って来た。二人は慌てて岩場に隠れた。箱車の窓には二の眼が映っている。同時にどこかにいるかもしれない竜の影が峠に落ちて来た。そして箱をその影の中に飲み込む。「ひとつ ふたつ みっつ」二人は数える。影は静かに去って行った。二人は言っている。「いつも見えない」「いつも聞こえない」
だが、そのいつも見えない、いつも聞こえない者が、すぐそこに 二人の近くに立っていた。だが彼らは言い続ける。「何も伝わらない。何も伝えられない」「何も起こらない。何も起こさない」「何も起こせない。来て 行く」「来てから 行く。行ってから来る」「見ていても 見えない。聞いていても 聞こえない」「あ、箱車になった」
二人は岩陰から出ると箱車を押していった。「まだ中にいると思いますか?」「え、何が?」「人間が。いや人間に似た者が」「人間に似た者?なぜ私たちには見られないのでしょう。たまには覗いてみましょうか」「そうですね」「そうです。禁止されている訳ではない」しかし覗きはしない。二人は箱車を押して竜の頭の後ろへ行く。車輪は箱を降ろすと、後方のスロープを滑り降りていった。
「行きましたね。成功でしょう」 「しかし、あそこからここへ運ぶ私たちにどんな意味があるのでしょうね。しかも彼らには車輪があるのに。自分で行けるのに」「きっと自分では行きたがらないのでしょうよ。」「そう、きっと行きたくても行けないのでしょう」 
「ああ、ここから、あそこ。あそこから、ここ。こんなにつまらない事はない」
それから二人は峠に座り込んで箱車を待ったが、その日はもう箱車は引き上げられなかった。
夕刻、冷たい風の中を二人は反対側へと戻って行く。誰かがその二人に近づいて胸から下げている竜の爪に触って、カラカラだかキ~ンキ~ンだか分らぬが、
鳴らした。その中の一つで自分の手の平に十字の傷をつけた。腕には木の葉のような形を刻んだ。いつものように二人は気付かない。そして再び竜か何かの影が峠に降りて来ると、二人のすぐ近くにいた者を、引き上げていった。


























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