第9話

文字数 987文字




〈世話人〉


車輪は流されていく男に追いつくと手を伸ばして男を拾い上げた。車輪から伸ばされた手はやはり金属の手だ。その手は男を車輪に乗せるとすぐに海上から消えていった。同時に前方に島が見えた。それは彼女が隣の島と言っていた島とは違うようだ。竜宮島だろうか。しかし竜宮にしては砂浜に建っている門は貧相だ。柱の脇で覗いている眼もひどく陰気くさい。車輪は島に着くと男を砂の上に放り出し、その門をくぐるとさっさと中へと入っていった。
眼の主が門の影から現れ男を担ぎ上げた。どうやらこの島に住む看護人のようだ。洞窟の中には他にも沢山の鉄製ベッドが置かれているのが見えた。それはまるで永遠に続くベッドの行列のようだ。いや、洞窟の奥へ、その先の闇へ向かって、見ることの出来ない場所へ向かって、果てしなく並べられているように思える。しかしどれも空のようだ。だがその一つに先程の車輪が寝ていた。世話人は男を背負って来ると車輪の隣のベッドに横たえた。その途端男は水を吐きながら喘ぎ出す。だが、世話人はそのまま行ってしまった。
世話人は次の日戻って来ると男の息があることを確かめ、男の身体を洗い始めた。洗うというより服を脱がせ 水をかけている。水は冷たそうだ。だが男はされるがままだ。時々隣のベッドの車輪を見て、ため息を漏らすばかりで何も言わない。世話する者を見ないようにしている。世話人が男をうつぶせにしようとした時だけ、少し抵抗した。しかし世話人は男をうつぶせにして水をかけ続けた。そのうち背中を撫で始める。もう一人の世話人が奥から現れると、洞窟の中央に火を炊いた。あたりが明るくなると男はまた呻き始め、抗議するような声を上げた。世話人が男を押さえつけている。すぐにもう一人の世話人がそばに来ると二人で男の背中を見下ろしながら私たちには理解できない言葉で何か話し始めた。見れば男の背中には一列に並んだ爪が生えている。
二人の言葉が少し分かってきた。「竜に掴まれた男」と言っている。二人は爪を抜こうとしている。しかし抜くことは出来なかったようだ。男はぐったりとして諦めてしまったのか、声も上げなくなった。そのうち男の泣き声が聞こえてきた。世話人たちは男に新しい着物を着せるとなだめて言う。「もう、心配ない」と。男はそこで世話人たちに何年間か世話をされてから、死んだ。男が死ぬと男の背中の爪は消えていった。
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