第14話

文字数 2,227文字




〈最後の車輪〉


「行列というのは一番最後が大概遅れるものよ。このシッポだって無理やり振り回せば、シッポの先が今どこを向いているかなど分からない。真っすぐ進むのは思う以上に大儀な事なのさ。そしてこの世界は今振り回されているシッポのようなものだ」世話人がベッドの脇で話していた。ひどく疲れているようだ。時々話しているうちに眠り込んでいるが気付いていない。そして眠り込んでいる時に車輪が海上に到着した。「マスターはあの頭をしっかり押さえつけているだろうか。いや、マスターなら心配ないな。だが、暴れていることよ」寝言のようだ。
車輪は海から浜へ上がってくる。浜にはキツネの足跡が海と平行に一直線につづいていた。車輪がそれを見ている。世話人がやっと気付いて顔を上げた。「その足跡のキツネなら問題ない。だが、どうしてまだここに残っているのやら。奴の考えは分からぬが時々こうして海を見に来るのだ。それにしてもお前の遅かったことよ」車輪を手招きしている。「仲間はみな行ってしまったぞ。わしの仲間もそうだ。わしを律儀な奴だと言っていたが。だがお前が遅れても来ることは分かっていた。遅れている車輪はお前とあともう一輪だそうだ。そのもう一つの車は仲間から離れ、なぜか分らぬが少女を乗せて、難しい航路を行っているという」
「そう、あの吊り橋だよ。その下で何かが起こったのだろう。あそこは魂の坩堝だからな。どちらにしてもそこで少女の何かを引っ掛けてしまったと言っておった。しかし違うと思うな。あいつは親切な車だから何かに手を出したということだろう。何か切実な理由があったと思うよ。そしてお前は何と忍耐強い車であることよ」「いや、詳しいことは知らぬがあちらの世界へ送って行くということだ。難儀なことだ。今や、どこがあちらでどれがこちらか分らぬ」
その時、浜をキツネが戻って来るのが見えた。車輪に興味があるらしい。タイヤに近づき匂いを嗅いでいる。世話人が車輪に説明している。「こいつは今の世界で何が食べられるか試しているのさ。納得するまで何にでも食いつくぞ」「ああ、どこまで食べられるようになったかは知らない。自分でも分からないんじゃないか」車輪は世話人の所へ走って来た。
世話人はすぐに車輪につかまった。ぐったりしている男を背負っている。キツネが走って来て反対側に飛びついた。それを見ても世話人は何も言わなかった。車輪はそのまま再び海へと出て行った。「いや、この島が最後の島ではないし他の島が最後の島になることもないよ。島はこの海域に次々生まれているよ」「そして、そのうち何者かがそれを見つけるのさ。そして、見つけた者がここまでやって来ることもあるという訳だ。だが、我らは出て行くのだ。それはマスターが決めたことだ」「そうか、竜の頭へ寄ってきたか。マスターは出発した後だったであろう?抜け殻だったと言うか。そうゆうものさ。今彼らがどこにいるか見当もつかぬが、新しい海を渡すのにさぞかしマスターは苦労しているであろうよ。そう、暴れている。しかしマスターならそいつの頭をしっかりと押えていられるだろう」
その時世話人が背負っていた男が喋り出した。「僕があそこへ到着した時には大勢の人がロープに必死で取り付いていた。彼らは何とも不器用な虫のように見えたな。登ってはずり落ちていた。人々はしかしロープを離さなかったよ。ロープはまだ沢山あったな。僕もその一つを掴んで登ろうとしたんだ。僕だけがひどく遅れていた。崖の上を見た時二人の男がそこで下を見ていた。僕に気付いて驚いた様子だった。二人が僕のロープを急いで引き上げ始めた。彼らには僕だけが見えているようだった」「そうだろうとも」と世話人が答える。「それで登れたのか?」「いや、最後の岩に左手を置き、二人の男の一人が差し出した右手を掴もうとして手を伸ばした。そして右手で掴んだ瞬間誰かに突き落とされた」「そうか。お前の何が気に入らなかったのだろうね。おかしなものだな。マスターはお前を気に入ったようだが。して、お前に手を差し伸べた男はどうした?」「僕と一緒に海へ落ちた。そして二人して海を流された。しかしその後は何も覚えていない」「まあ、そうゆうものさ」二人は黙り込む。波がやけに高く、口の中に海水が入って来たのだろう。反対側ではキツネが盛んにくしゃみをしている。
「キツネよ、そう、お前の事だ。何?そう呼ばれているのはとっくに知っていると。そんなもの何の役に立つのかだと。お前は喋れるのか」「何?喋ることなど誰だって出来ると。ここじゃどんなものだってそれ位はできると。だから、ここに残ったと。それで、どうなのだ。お前は何を考えている?」突然男がその会話に割って入る。「私には何も聞こえない」キツネが目を輝かせたようだ。「オイ、お前、これで聞こえるか?お前はどこまで人間なのだ」「どこまで?キツネがどうしてそんな事を聞くのだろう。いや、僕にはもう人間が分からないな。それに人間に人間を図る目盛りがあるなんて知らなかったよ。だけど僕は全部人間だと思うよ」「ありえない。じゃ、全部人間よ、キツネが喋るのはどうだ?」「ありえない」世話人が「そうゆうものさ」と呟く。その時一際大きな波が来て、波頭の頂上に車輪を持ち上げた。それからそれは彼らを抱きかかえるようにして海中へと沈んで行った。海中では何の話声も聞こえなかった。そこでは誰も何も話す事がなくなったのだろう。
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