第4話

文字数 981文字




    〈少女〉


眼下に海と吊り橋が見える場所で、少女が火山岩の上に腰かけ無中で本を読んでいる。私たちは思う「ここで読むな」と。しかし言っても聞こえないだろう。「我々の物語をその本で掻き回すな」だが言っても無駄だろう。少女の耳にはイヤホンが入っている。少女は今そのイヤホンの中にいるようだ。そこは私たちとは別の世界だ。
少女は読む。主人公は粗末な馬車に引かれて刑場に向かっている。到着したら首を落とされる運命だ。罪によってではなく運命によって。そして主人公の運命とは愛の力のことだ。「ああ、まずい」私たちは思う。そして今しがた下の橋を通って行った箱車と、そこに乗っている人々を思った。少女がイヤホンを外して立ち上がる。どうやら読み終わったようだ。吊り橋へ向かって岩場を降りて行く。花柄のワンピースが風に揺れ、すらっとした足にピンクのスニーカーがよく似合っている。
少女は箱車を追って行く。「見えている?」「そんなはずがないよ」「大方まだ物語の中にいるのだろう」「それはここと混ざり合っている?」「困るな」「どうするのだろう」「少女は手ごわいぞ」そうだ、そうだ、という声が皆から上がる。少女のリュックに付いている人形が揺れ、そこに付いている鈴が鳴る。「見ろ 人形だ。人形までここに来るのか」「人形が機関銃のようなものを持っているぞ。きっと戦士だ」少女は吊り橋を渡って行った。そして橋の途中で箱車に追いついた。「見るのを止めよう」「そうすると少しは良くなるかな」
「あ、落とした」「え!何を」少女は本を海へ落としてしまった。まだ手に持ったままだったようだ。まだ読み切れていなかったのだろうか。「きゃー」と言っている。私たちはホットする。しかし、もしここに人形が来たら?その機関銃で箱車を穴だらけにしたら?「さあ?」まあ、弾丸を食らっても、箱車はびくともしないだろうが。だが中にいる者たちは?彼らはそれが人形だったのなら諦めるだろうか。とにかく弾丸は箱車に残るだろうな。弾丸の食い込んだ箱車、それも悪くないなと私たちは思った。
そのうち下を見てしょげていた少女は諦めて戻って行く。吊り橋を渡らなかった。引き返して行った。箱車はそのまま渡って行く。どうやら少女は家へ帰るようだ。岩場の道を登って行く。陽が少し傾いてきた。風が完璧に止まって、人間には耐えがたい蒸し暑さとなっていた。
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