第14話 リベンジ

文字数 5,563文字

 隠し通路は「通路」と呼ぶのが怪しまれるほど粗末な造りだった。モグラのトンネルのように掘られた狭く暗い道が、つづら折りになって岩窟上層部へと延びている。俺たちは身をかがめ、時にはよじ登るようにしてどうにか進んでいく。
 ラーゲルの奴め、とんだ道を教えてくれたな。だが文句は言っていられない。ここを通り抜ければ一気にアレカシに迫れるはずだ。勝機はいまだ俺たちにある。
 全身を土まみれにして道を登り切ると大きな岩壁が道を塞いでいた。壁を念入りに調べたら、案の定スイッチと思しき突起物を発見する。力いっぱい押すと岩壁が軋みを上げながらスライドする。出口だ。眩しい光が闇にどっとなだれ込んできた。
 不意に俺の耳がある音を捉える。微かだが銃声のようなものが聞こえてくるのだ。
 ――この階のどこかで戦闘が発生している!
 居ても立ってもいられず俺は駆け出した。もう記憶と相談して道順を考える必要はない。銃声の聞こえる方へ聞こえる方へと、通路を右に左にひた走る。傭兵たちはそんな俺に遅れじと必死に後から付いてくる。
 そうして何度目かの曲がり角で足を止める。銃声の音はいよいよ高くなる。間違いない。ここを曲がった先が音の出所だ。俺は壁の角に身を寄せてこっそりと様子を窺った。
 まず目に飛び込んできたのはドーグマン兵士たちの後ろ姿。彼らは、通路の至るところに設置されたバリケードの陰に隠れつつ、一心不乱に銃を乱射している。俺たちの方を振り向く気配はなく、皆が一様に通路の向こう側を注視している。
 そのときだ。真っ赤な影がバリケードの一角を颯爽と跳び越えたかと思うと、近くにいた兵士たちを瞬く間に一蹴する。それに端を発したように青黄緑のスーツも向こう側から姿を見せて、兵士たちに凶暴に襲い掛かった。
 ……いた。ついに見つけたぞ。このときをどれだけ待ち望んだことか。俺は無意識のうちに通路に身を乗り出す。
 陣形を崩した兵士たちはこちら側に後退して再び銃撃を開始する。しかし勢いづいたアレカシは止められない。奴らは銃撃にも怯まずに攻勢を強め、兵士たちを容赦なくなぶり倒していく。
 どうやらここの防衛線が突破されるのも時間の問題のようだ。そしてこの先にあるのは岩窟の作戦司令室だったはず。そこを制圧されたら岩窟は完全に機能停止する。ラーゲルが助けてほしいと言っていた幹部連中もその部屋に避難していることだろう。
 もはや悠長なことはしていられない。俺は傭兵たちの方に振り返る。
「この先でアレカシがドーグマン兵士たちと戦闘している。俺たちは今から奴らに奇襲を仕掛ける。だがアレカシと兵士たちが混戦しているために火器を使用するのは危険だ。兵士に流れ弾が命中する可能性があるからな。それゆえまずは兵士たちの避難を優先する。兵士たちが逃げ切るまでの間、できるだけアレカシの気を逸らすんだ」
 俺は傭兵たちの中から十人ほどを先鋒要員として選び出す。残りの者にはしばらく後方で待機してもらうことにした。
 さてここで問題が一つ。アレカシの各メンバーに誰が立ち向かうべきか、だ。欲を言えば俺一人で奴ら全員を相手取りたい。俺たちの中で最も戦闘能力が高いのはアンドロイドである自分に違いないからだ。しかし、混戦の中で兵士たちを避難させつつ奴ら全員と戦うなど、とても俺だけでは無理だ。俺が対峙すべき相手は奴らのリーダー格たる人物。もしそうした人物を倒せれば、他のメンバーに対しても戦わずして士気を低下させられるだろう。
 俺は少しだけ黙考して答えを出した。
「そうだな、青黄緑の三人はお前たちに任せるとしよう。奴ら一人に対して数人掛かりで挑め。俺は奴らのリーダーである赤――紅蓮の阿と戦う」
 実を言うと、あいつが本当に奴らのリーダーであるのか、俺には確証がない。俺が見る限り、あいつはいつも黙然としていて、他のメンバーに指示を出すことは一度もなかった。そうした行動は蒼穹の礼あたりが率先してやっていたような気がする。しかしあいつが奴らの中で異様な存在感を持っているのは確かだと思う。あいつを討ち取れば、必ず他の奴らにも動揺を与えられるはずだ。
「兵士たちの避難が完了したら火器で反撃に転じる。先鋒組の者はただちに撤収。待機組の者は迅速に武器を用意せよ。よいか、俺はこの戦いに自分の命を懸けるつもりだ。お前たちには死ねとまでは言わんが、それ相応の覚悟で臨んでほしい」
 傭兵たちは皆が力強く頷いた。所詮は金で雇われた連中だと高をくくっていたが、その表情に嘘偽りはない。むしろ非常に頼もしく感じられた。
「では参るぞ」
 俺は通路に勢いよく飛び出し全力で駆け出した。腹の底から大声を出す。
「覚悟せぇーい! アレカシぃー!」
 俺の出現にアレカシも兵士たちも一瞬動きが鈍る。俺はさらに兵士たちに対して叫ぶ。
「よく聞け! アレカシはこのホーゲンが引き受ける。お前たちは至急この場から退くのだ」
 兵士たちは最初のうちは戸惑っていたようだが、すぐに退却し始めた。何しろ彼らは殺し合いの只中にいるのだ。俺がなぜ生きているのかという疑問は二の次なのだろう。だがそれはアレカシとしても同じこと。奴らは俺たちを最優先で排除すべき存在として認識したようだ。蒼穹の礼、黄金の佳、翡翠の志。三人が一同に怒涛の如く俺に迫る。
「させるか!」
 傭兵たちが俺の横をすり抜けて突進し、三人にがっしりと組み付いた。
「む!?
「お前ら、邪魔すんな!」
「お願いです。どいてください!」
 三人は払いのけようとするが、傭兵たちは振り回されながらも決してその身体を離そうとしない。
「旦那、今のうちに早く行け!」
 傭兵たちの鼓舞を受け取りながら俺は自分の獲物のもとに走り寄る。
 紅蓮の阿――奴はこの状況下でも取り乱した風はなく物静かに佇んでいた。まるで周囲の争いをひとり高みから見下ろしているかのような傲慢な態度。フン、今に見ていろ。俺がその高みから貴様を引きずり降ろし、この上ない恥辱を与えてくれる!
 腰元の鞘からカットラスを抜いて接近する。間合いに入ったと見た俺は奮然と剣で斬りつける。虚しく空を斬る刃。阿は俊敏な動きで難なくかわしていた。やはり一筋縄ではいかんか。
 俺から距離を取った阿は軽妙なフットワークを踏んでこちらの出方を窺っている。ようやく臨戦態勢に入ったようだ。俺は中段に剣を構える。
 俺と阿の間の距離は三メートルほど。さてどうやって攻め込むか。
 先に行動を起こしたのは阿だった。予備動作を感じさせないステップで一気に詰め寄ってくる。阿が鋭い縦拳を放つ。俺はそれを剣で切り払う。
 ――カキン!
 金属を叩いたような高い音が鳴り響く。俺の振るった剣が阿の拳と交わった音だ。例のスーツの防御力は手先においても健在らしい。剣の刃が拳に当たっても弾き返されてしまうようだ。
 攻撃に失敗した阿はバックステップで再び俺から距離を置く。俺もすぐに元の構えに戻る。
 その後も阿は何度か踏み込んできたがいずれも俺は食い止めた。思うに武器にカットラスを選んだことが功を奏したようだ。なるほど確かに阿は強い。反射神経などは俺よりも格段に上であろう。だがあいつが頼みとしているのは徒手空拳だ。俺のカットラスに比べると間合いは極端に狭い。だからあいつの拳が俺に届くよりも早く、俺はそれを防ぎ切れるのだ。
 守備に不安要素がないとなれば、あとは攻撃あるのみ。俺は意を決して一歩踏み込み、鋭く剣を突き出す。
 そこで阿は突飛な行動を取る。俺が剣を突き出す直前に奴は身をねじり、倒れるように姿勢を低くして攻撃をかわしたのだ。ちょうど俺に背を向けてしゃがみ込むような形だ。そして阿はその体勢のまま長い脚で後ろ蹴りを繰り出す。予想だにしなかった下方からの攻撃。奴の蹴りはカットラスを握っていた俺の右腕を正確に捉える。カットラスが俺の手を離れ上空に舞い上がる。
 ――しまった!
 その隙を見逃してくれる阿ではなかった。倒れ込んだ姿勢から一息に起き上がると、上段に高速で回し蹴りを放ってくる。カットラスを失い無防備な俺はその攻撃になす術を持たない。結果、奴の回し蹴りは俺の脳天にクリーンヒットする。稲妻に打たれたかのようなすさまじい衝撃が頭から全身にほとばしる。俺はその場で倒れ伏したのだった。だが……。
 その一撃は俺を死に至らしめなかった。阿が手加減したというわけではない。むしろ今の一撃は生身の人間相手であれば確実にその者を瀕死に追いやっていただろう。俺が無事で済んだのはひとえに機械の身体があったればこそだ。鋼鉄製の頭部骨格が回し蹴りによる衝撃に見事耐え抜いたのである。
 このとき俺は確信する。――今の自分は最強だ。この戦い、必ず勝てるぞ!
 仰向けに倒れた状態のまま俺は阿の様子を窺う。奴は俺にもう立ち上がる気力はないと考え、すっかり緊張を解いていた。幸運にも、先ほど手放してしまったカットラスが自分のすぐ近くに転がっている。俺はやにわに身を起こしてそれを拾うと全速力で阿に迫る。阿が俺の突進に気付く。だが、さすがの奴でも俺の復活までは予想していなかったのだろう。即座に反応できずに立ち尽くす。俺はチャンスとばかりにカットラスを連続で振るった。カキンカキンという反響音を発しながら刃が火花をまき散らす。阿はあまりの剣圧に耐えかねて、一歩また一歩とどんどん後ずさる。
 やがて阿の姿勢のバランスが完全に崩れる。今だ。俺は剣を振るうのをやめて阿の懐に飛び込む。そして奴の腹部目掛けて渾身のパンチを叩き入れた。急所を貫く確かな感触。直撃を食らった奴の華奢な身体は後方へまっすぐぶっ飛び、背後の壁にめり込むように激突する。通路全体に地鳴りのような振動が走った後、阿の身体は壁からはがれ落ち、力なく地に沈んだ。
「グレンっ!?
 傭兵たちと交戦していたアレカシの三人が張り詰めた声を上げる。阿が俺に後れを取ったことがよほど意外だったのだろう。思えば、奴らがこんなふうに驚愕した様子を見せるのは今回が初めてだった。
 さてそろそろ大詰めだ。周囲の状況を確認するとドーグマン兵士たちの姿は既にない。無事に退却は完了したようだ。今なら火器を使用できる。
「ジョージ!」
「おう! 待ちかねたぞ」
 俺の呼びかけを聞いて、待機組のジョージが他の傭兵たちと手分けして大型の火器を運んでくる。ブローニングM2重機関銃。実戦に投入されたのは第二次世界大戦かららしいが、それから半世紀以上経過しても破壊力と使い勝手の良さからいまだに現役の重機関銃だ。
 俺は傭兵たちから二丁のマシンガンを受け取り片手に一丁ずつ握る。両腕にズシリと荷重がかかる。筋力を最大限発揮してそれを持ち上げると、銃口をアレカシ三人に向けた。
「お前たち、早く隠れろ!」
 先鋒組の傭兵たちは俺の号令に表情を明るくする。俺が阿を撃退できた一方で彼らは軒並み苦戦していたようだ。近場にあったバリケードに急いで身を隠した。マシンガンの弾道上にはアレカシだけが取り残される。
 間髪入れずに二丁のマシンガンのトリガーを押す。轟音を響かせて大口径の銃弾が立て続けに発射される。同時に、腕をもぎ取るかのような強力な反作用が両腕に跳ね返る。
 クッ、想像以上にきついな。俺は思わず顔をしかめる。本来このマシンガンは、頑強な土台で地面に固定し反作用を相殺しながら運用する。ところが俺はそれを片手に一丁ずつ携えたまま掃射しようとしている。反作用による負担と言ったら尋常なものではない。
 強健な腕力でマシンガンを無理矢理に抑え込んで操作する。蒼穹の礼から黄金の佳、その後は翡翠の志、それも済んだらまた元に戻って……。アレカシに反撃の隙を与えないように射撃対象を次々に切り替える。奴らは襲い来る銃弾に対して身動き一つ取れずに悶え苦しむばかり。俺は長時間の連射で銃身が熱くなるのも忘れてトリガーを押し続けた。
 そろそろ銃弾も尽きようかという頃、ついにマシンガンを手放す。傷だらけのアレカシに猛然と突撃し、駄目押しのパンチやキックをお見舞いする。奴らは無抵抗なままにそれを受け入れ、ぼろぼろになって床に倒れた。息は絶え絶えとなり一向に起き上がる気配はない。
「……フ、フフ、フハハ」
 ようやくアレカシに一矢報いることができた。そう思ったら柄にもなく下卑た笑いが漏れた。
「ジョージ、予備の弾薬があっただろ。あれを持ってこい」
 俺に呼び出されたジョージは渋った顔をする。
「まだやる気なのか。奴ら、見るも無残にへばっているじゃないか。これ以上痛めつける必要はないんじゃ……」
「駄目だ。アレカシは極めて危険な存在だ。奴らの胴体に風穴が空くのをはっきり見届けるまで油断はできん。早くするんだ」
 ジョージはすごすごと弾薬を持ってきてマシンガンに補充する。今か今かと彼の作業が終わるのを待つ。
「旦那、後ろ!」
「何!?
 ジョージが急に俺の背後を指差す。振り返れば、瀕死だったはずの阿が途轍もない速度でこちらに接近してくるではないか。
「くそっ、しぶとい奴め」
 俺は補充し終わったマシンガンを発射させようとするが、阿は素早く俺に絡みついてその動きを封じる。すかさず阿は腰元のポーチから何かを取り出して直下の床に放り投げた。その物体の正体に俺は愕然とする。
 ――手榴弾!?
 そう気付いた時には既に遅かった。まもなく手榴弾は爆発し、俺と阿の周辺は爆風に一瞬のうちに飲み込まれる。事態はそれだけに留まらない。爆風の衝撃で床にめきめきとひびが入り、出し抜けに崩れ落ちたのだ。俺はそれに巻き込まれ、何をする暇もなく階下へと落下する。
「だんなーっ!」
 傭兵たちの俺を呼ぶ声が虚しくどこまでもこだましていた。
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