第4話 欺瞞の国家

文字数 2,983文字

 俺とマルガ、他に数人の兵士たちは、漁船の船尾で高速ボートに乗り換えて出撃した。貨物船は俺たちの出現に気付き、方向転換。何とか振り切ろうとしたようだが、猛スピードで迫る俺たちの追撃をかわすことはできなかった。まもなく俺たちは貨物船に追い付く。縄梯子を使ってデッキに登り、我が物顔で船内に侵入した。
 貨物船はその船体の大きさに比して乗組員の数は決して多くはない。大体が二十名前後といったところか。設備のコンピュータ化が進んでいるので、単に航行するだけならばその人数で事足りるのだ。だが、武装したドーグマン兵士から身を守るとなれば話はまったく別である。
 乗組員からの抵抗はほとんどなかった。ライフルを突きつけたら皆が両手を挙げてシンと静まった。俺たちは船長以下の全乗組員をたちどころに拘束したのだった。
 制圧し終わった貨物船の中で、俺はマルガとともにコンテナの物色を始めた。
 貨物船襲撃の目的はあくまでも乗組員の身代金であり、船そのものを強奪する気は端からなかった。慣れない船を操縦して、万が一トラブルでも発生したら大変だからだ。この船のように大型の場合なら尚更である。とは言っても、このまま手ぶらで撤収するのも勿体ない。そこで、船内を探索して、もし金目の物が見つかったら俺たちの漁船に詰めるだけ詰め込んで持ち帰ろうと考えた。
 デッキに敷き詰められたコンテナを手当たり次第に開き、中身を確認していく。紅茶やコーヒー、たばこ、魚介類、ソーダ灰。雑多な商品が次から次へと登場してくる。そうして半分ほどの検分が終わった後、俺はあるコンテナのドアに手をかける。そのコンテナのラベルには「Seafood」と記されていた。また魚か。半ば飽き飽きしながらドアを開けた。
「……これはひどいな」
 マルガが呆れたように呟く。コンテナの中身は魚介類などではなかった。綺麗な曲線を描きながら先細る形状。発せられる乳白色の輝きはどことなく高貴な雰囲気を醸し出す。象牙だ。コンテナには、たくさんの象牙が山のようにうずたかく積まれていた。
 俺はこの代物が意味する事柄にすぐ見当がついた。象牙の密輸。おそらくこれらはケニアのどこかの国立公園で密猟された象から採取されたものだ。この貨物船の業者はそれを密かに国外に輸出しようとしていたのだろう。そこを偶然、俺たちに襲撃されたということか。
 俺は手近にあった象牙を掴んで握りしめる。無意識のうちに拳に力が入る。憤怒と、そして憎悪の感情が沸々とこみ上げてくる。おのれ、ケニアの野蛮人! 好き勝手なことをしおって!
 ケニアという国家に普通の人はどういったイメージを抱くだろうか。夕陽が落ちる広大なサバンナ。悠然と闊歩(かっぽ)する大型の哺乳動物。雄大な大自然に囲まれた野生の王国。そうした自然に抱かれて育った住民はきっと素朴で思いやりに溢れているに違いない。人類の(あけぼの)を彷彿させる原初的な共同体で、彼らは笑顔に満ちた生活を享受する。そんな理想郷を思い描くだろうか。
 ……下らん。実に下らん幻想である。これらの象牙が、それが欺瞞(ぎまん)に過ぎないことを大いに物語っている。
 ケニアは東アフリカ地域の中ではいち早く開発の波に乗っかった国家であり、現在も著しい経済発展を遂げている。首都ナイロビには高層ビルが立ち並び、昼間は大勢のビジネスマンで賑わっている。そして、人々は思いやりに溢れるどころか、皆が自分や自分と同じ一族の利益ばかりを考えている。事実、政治家をはじめとする権力者は汚職にまみれ、不正な賄賂がまかり通っている。それこそが密猟の遠因だ。奴らは賄賂を受け取る代わりに密猟者が国立公園に侵入するのを黙認したり、逮捕された密猟者に無罪判決を言い渡したりしているのだ。だからいつまで経っても密猟者が幅を利かし、野生生物の殺戮は繰り返される。ケニアには雄大な大自然も、人類の原初の面影も何一つない。あの国家の真実の姿は、欲望にまみれた人間どもの巣窟だ。
 俺がコンテナの入り口付近でじっとしているのに対し、マルガは内部をきょろきょろと見て回っている。象牙の数を見積もっているようだ。そうしてひと通り観察した後、俺のもとに戻ってきた。
「ざっと見たところ四百はありそうだ。まったくひどいことをする連中がいるよな。でも、これだけの象牙を持って帰ればドーグマンにとっては結構な資金になるな」
「……マルガ、俺はもう漁船に戻る。象牙の回収はお前が兵士たちに指図して行え」
 俺の突然の発言にマルガは眉根をひそめる。
「急にどうしたんだ? おい、それに何か顔色も悪くないか」
「俺の顔色が悪いのはいつものことだ。なに、別に大したことではないさ。お前が行動隊長に昇進する前に、兵士たちを監督する予行演習でもやってもらおうと思っただけだ。じゃあ、頼んだぞ」
 マルガはまだ何か言いたげだったが、俺はさっさとコンテナの外に出ていった。

 漁船にいち早く戻った俺はひとり操舵室の椅子に腰かけ、物思いにふけっていた。思考の中心は、先ほどマルガと語っていた首領についてだ。
 首領は本当に偉大なお方だ。首領の類まれな統帥があったからこそ、俺たちはソマリアを手中に収めることができた。それまではよい。しかしそれを達成したからといってドーグマンの理想が実現したわけではない。ケニア、エチオピア、ルワンダ、ウガンダ……。東アフリカにはまだ多くの強権国家がひしめいている。そうした国々から権力者をすべて一掃しないかぎり、この地域に平和と安寧は根付かない。まして、ソマリア陥落により奴らはドーグマンを脅威として認識し、抗戦の準備を進めているはずだ。我らはその準備が整うまでに、さらに攻勢を仕掛けなければならないのだ。
 だが今日の作戦といったら何だ。海上を通りすがる一隻二隻の商船から多少の金品を巻き上げたところで、一国家に与えられる損害など高が知れている。俺が望んでいるのはそんな姑息な作戦ではない。本格的な侵攻作戦。ただそれだけだ。もし今ケニアへの出撃が発令されたならば、俺は誰よりも早くその国境を侵し、ナイロビまで攻め上がってみせる。そして、密猟者と癒着するような低能な権力者を徹底的に叩きのめしてやるのだ。俺はいつだって、それくらいの覚悟をもって任務をこなしているつもりだ。それなのに、なぜだ。なぜ首領は薄汚い海賊まがいの行為を俺たちに強いるのか。俺には最近の首領の考えがよくわからない。聡明な首領のことだ。ここで打って出なければ勝機を逃すことは当然分かっているだろうに。
 首領と直接会って話がしたい。俺は切にそう願った。そしてすぐに頭を振る。それはおそらく果たせぬ夢だからだ。首領は地球上に散らばるメンバーを束ねるために、日夜世界中を飛び回って過ごしている。そんな首領に謁見できる者といえば一部の幹部くらいだろう。俺も行動隊長の端くれではあるが、基本的には現場に出ることが多く、上層部の面々と交流する機会は滅多にない。首領に詰め寄せて真意を質そうなど望むべくもないことだった。……今は耐えるしかない。俺は諭すように、自分に何度も何度もそう言い聞かせた。

 その後、マルガが乗組員の連行と象牙回収を終えるのを待って、俺は帰還の途に就いた。本当はまだ任務の終了予定時間まで余裕があったが、現場判断という名目で俺は強引に打ち切った。
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