旅立ち /Urma/
文字数 1,393文字
「腹は減っては戦はできぬ。いや……」
もとい戦いなんてしてはダメだ。戦は常にすべてを消耗する。民が飢え、死んでいくのが戦だ。人々が平和になるのは、飢えがないとき、腹が膨れているときだけだ。
露店を構えたテントが、大通りに並ぶ市場は、いつもながら賑やかな雰囲気で人々がごった返している。人込みに揉まれながら、歩くのはいつも苦労するものだ。
歌うこと、楽器を奏でること、曲を作ること。少年のまま年を取らないこと、そしておそらくは死なないこと。カッツェンが一般人とは違うところはそこだ。
心も体も子供、大人も知らないような役に立たない知識ばかりが貯まっていくばかり。六〇〇〇歳とは言え、頭でっかちで子供のまま今日まで無駄に生きてきた。
だが、そうも言っていられない。もうすぐ暗闇星がこの星に穴を開けるときが近づきつつある。
水と干し肉と酒を買った。あとは厩舎へと赴き、手頃な馬を見つけて借り賃を出し、カッツェンは馬に乗って走った。
東西に見える山脈が執拗に左右の視界を塞ぐ、退屈な風景の流れがしばらく続いた。
小村を三つばかり抜けてもその風景は続いた。
ようやく山脈が途絶えて、視界に変化が現れたのは、太陽が沈んだ頃合い。
かろうじて明かりなしで目が見える暗さになったときだった。
そのとき突然、二つの笛の音が後ろから聞こえてきた。
「誰?」
別の馬が二頭、カッツェンを追い、笛を鳴らして注意を促す。
カッツェンはやむなく、そこで馬を止める。馬に乗った男二人が追い抜いてから振り返り、対面する。
「クリオーネ・リネル女王陛下から伝言でございます。城にお戻りください。あなたが出ていかれたことを知って、女王陛下が大変ご心配なされています」
「悪いことは申し上げません、早々に引き返してください」
使いの者と言えど、騎士の経験はあるようで、剣も鎖帷子も揃っている。
「嫌だとは言わせないことはわかってるよ」
クリオーネの使いが手綱を持って馬に乗りながら、カッツェンのそばまで肉薄を図る。
「君たちは声が汚い、息づかいも汚い、だからその笛の音も汚い」
「カッツェン様」
彼は二人の持っていた笛を目にした。先ほど、カッツェンに対する警笛として使ったものだ。彼はひとつ気に入らないことがあった。
「笛の音が汚いとどうなるか知ってるの? 君たち」
「聞いてません、早急にお戻りください」
するとカッツェンは、にらみを利かせて二人を見た。
「聞かないの? それなら、なおさら聞くべきだよ。笛の音が汚いと、いつかこうなっちゃうよ?」
カッツェンは自分の馬の耳をマントで覆ってから、彼らが持っているのと同じ笛を取り出した。おそらくカッツェンが出ていく際、城にあったものを拝借したのだろう。
口を思い切り歪ませて、気持ちの悪い不協和音の笛の旋律を吹いた。
途端に、彼らが乗っていた馬が狂い出し、使いの者二人はこの暴れ馬に、手綱もうまく使えず、その場で振り落とされてしまう。
暴れ出した馬はそのままどこか遠くのほうまで走っていってしまった。
それを見計らって、カッツェンもマントを取り去り、手綱を取り、二人のもとから走り去っていく。
「じゃあね、クリオによろしく伝えておいて」
「カッツェン様!」