身長差 /Knatla tremomas/
文字数 2,503文字
軍人たちが集められている。軍とは無関係そうな人もちらほらといる。おそらくステータスの高い人間だろう。
カッツェンはシアリィとともに最後尾にある二つの席に座った。カッツェンは、自分はともかくシアリィは女王陛下だから、最前列に座るか、みんなと向き合う形で壇上に席を設けるかと思っていた。だが、その意味をすぐ理解する。
タクトを持った人間が現れる。装いからして軍人だ。軍で合唱団を統率してる人だろう。陸上部、補給部、偵察部など、軍もいろんな部に分かれている。音楽部など、軍が合唱団や楽団を組織しているのは珍しくないことだ。だがベニアカネにはろくな楽器がないから、楽団は存在しないと思われる。
あげたタクトと同時に、全員が起立した……シアリィ女王陛下を除いて。カッツェンも立ち上がろうとしたが、シアリィに手を掴まれ「そのままでよい」と言われ、座ったまま合唱を観ることに。
タクトでも彼女は動かない。まして、最後部の列は誰よりも高い位置にいる。そして指揮者よりも高い位置にいる。
シアリィ女王陛下が軍人よりも高い地位にあり、また指揮者を統べるのも彼女自身だということを示しているのだ。カッツェンはそう理解した。
タクトが一拍分動いてから、息を吸う音がいっせいに響く。
Ama, edol kielar falfa dormech chot.(いま、我らが血潮が熱狂に滾る)
Dormech mahk sag manch grasgoh.(その熱血を以て骨肉まで燃やせ)
……
カッツェンの作詞作曲した軍歌が、劇場を揺らした。
怒号にも近い迫力の声で、劇場が地響きを起こす。
乱暴に歌って欲しくないという気持ちはあった。これも王国議会に平和条約の話題を出してもらうためだ。カッツェンは唾を飲み込んで我慢を決める。
……
Selmo danka kel-danka suza-suza.(戦えこの決戦を終えよ)
Amebori dormech kuridol onda.(命の紅い雫を搾るまで)
……
ここから、人類が暗闇星に立ち向かう願いを込めた歌詞が出てくる。
カッツェンが最も言いたかった言葉が来る。
しかし。
Danka! Linnel!(討て、リネルを!)
Danka! Briochda!(討て、ブリオーダを!)
「なっ……」
言葉が出なかった。出てくるはずのない歌詞が発せられた。
歌詞を改作されたのだと、カッツェンは気づく。そのショックに彼は開いた口が塞がらず、同時に我慢ならない感情が腹の底から、こみ上げてくる。
盛大な拍手とともに、指揮者はタクトを下ろし、一礼して去り、軍人や臣民もその場から退席していった。
同時にシアリィのそばに、使いの者が来る。耳打ちされてシアリィは立ち上がり、「私たちも行くぞ」と言いながらこの場を去ろうとした。
「ちょっと待ってシアリィ、説明をしてよ!」
「なんだ?」
「僕の創った歌詞を勝手に変えないでよ」
「……」
無表情をわざと作ってるのがわかった。冷たい視線でカッツェンを見る。その視線を送ってやりたいのは、むしろカッツェンのほうなのに。
「シアリィ、これだけ好き勝手、僕を利用したんだ。王国議会は非公開らしいけど……シアリィは本当に平和条約締結を議題に挙げたんだよね?」
「挙げた」
そして、どうなったのか? カッツェンが聞くと、当然起こった事実を述べ始めた。本当に事実だけを述べる淡々さで。
「全会一致で平和条約を求める議案は却下された」
却下されたのはそれはそれで残念だが、しかしそれはシアリィが形だけで話を進めただけではなかろうか? カッツェンの頭の中は疑問の渦に巻かれた。けれど、その疑惑を払拭するようにシアリィは補足する。
「私も馬鹿ではない。このようなことを軽はずみに議題に出せば、否決されるのは目に見えていた」
「そこをなんとかするのが女王陛下でしょ!」
「私のことも考えろ。王国議会の議員から信頼を落とした場合、私の首が飛ぶかもしれないのだ。慣用句的な意味でなく、本当の意味で首が飛ぶ覚悟をしていた。だから平和条約の議案については、議会開始ぎりぎりまで内容を詰めた。演説も当たり障りのないようにまとめた」
その言葉に嘘偽りはなさそう。だが、彼は納得はできない。シアリィは議会の圧力に折れてしまったのでは?
「恨んでくれるな、この国で一番偉いのは私だ」
それが王というものだ、だが。
「偉いからといって、何でもできるとは限らない。わかってくれ」
そして二つ目の疑問もカッツェンは聞かずにはいられない。
「なんで歌詞を変えたの?」
「私にも戦略がある。平和条約を提案して相手国側に譲歩し過ぎていると、臣民から見られたくはない。私は二国に対し強硬な姿勢を維持していることは変わらない。そういうメッセージを送っただけだ。改作して、本当にすまなかった」
冷たい痛みがカッツェンの頭を走る。その痛覚とともに、シアリィが幼少期のころ、カッツェンが一緒に遊んでいたときを思い出す。
「シアリィは変わった」
幼少時代、シアリィは礼儀正しくて、冷静で、知的だった。いや……それは昔と比べても、いまでもそうだ。だが昔と比べて、ひとつだけ完全に欠落しているものがあった。
「僕の知っていたシアリィはそんなことを言うシアリィじゃなかった。シアリィは曲がったことが嫌いだったはず、その性格はいったいどこへ行ってしまったの?」
だがそれは、シアリィとカッツェンの身長差がすべてを物語っていた。
「いつまでも子供でいられないように、私が大人になっていくのを止めることはできなかった。ずっと子供のままでいるそなたには、決してわかりはしない」
そう言ってシアリィは、劇場から去っていった。
その場にひざまずくカッツェンには、単純に形容も理解もしがたい絶望が胸の中にのしかかった。