セロ /Cello Briochda/
文字数 2,478文字
「残るはブリオーダ国。セロだけはどうか僕の話を積極的に聞いて欲しいな」
セロもかつての幼少期、カッツェンと一緒に遊んだ経験がある。
無邪気で活発で、いろんな遊びを提案してくるたびに二人はそれで笑い合った記憶がカッツェンにある。
彼女はいつも柔軟に物事を考える。だからこそカッツェンは願っていた。どうか、彼女だけは変わっていないでくれと。
鳥が翼をはためかせる音がこちらに向かってくる。
カッツェンの伝書鳩二羽が目の前に降りる。どうやら二羽は合流しての帰還のようだ。
一羽の足にはくくりつけた手紙はない。シアリィが受け取ったのだから当然だ。
ただ問題があるとすれば。
「どうしたの?」
もう一羽は手紙がくくりつけられたままだった。
「届けられなかったのかな?」
届けられなかったことは一度もなかった。不思議に思いカッツェン、くくりつけた手紙を開いた。するとそこに丸い筆記文字でこう書かれていた。
――ボクの大好きなカッツェンへ。
――セロだよ。素敵な楽曲をありがとう。
――ボクはいつでもカッツェンの味方だよ。
――ブリオーダで待ってるよ。
――なんでも相談に乗るから。
涙が出そうになった。きっとセロならなんとかしてくれる。一縷の望みが生じ、カッツェンは馬に乗り直し、小高い丘からベニアカネを見下ろす。
「さよなら、ベニアカネ。さよなら、シアリィ」
馬がぶるぶると震わせながら、いななく。
その声にタイミングをあわせるように、手綱を持って馬を走らせた。
ブリオーダは山々に囲まれた盆地にある。
ひとまず馬で、山の頂上まで登り詰め、そこからブリオーダ国を見下ろした。
地平線が見える。地平線を超えたら、山が立ちはだかる風景が見えるのだろう。盆地ではあるが、かなりに広さだ。
今日の天候は穏やかなせいか、風がほとんどなかった。
馬に乗りながら山の下り傾斜を見やる。たくさんの風車が点在していた。十個とかそれほどの多さではない。一〇〇ほどの風車があった。
このあたりにかつて風車は建てられていなかった。カッツェンが来ないうちに、何があったのだろうか。
傾斜を下り、小さな村に到る。
民家ばかりだ。といっても、その民家には誰一人として住んではいなかった。
カッツェンは思い出す。廃墟も同然のこの場所は、セロのお気に入りの遊び場だったことを。
民がこの村を捨てた後、前国王がその土地の使い道に困り、セロに遊び場として与えたものだ。そのころからセロは道楽娘だったようである。いまもそうなのだろうか。
「キミはまったく変わらないね」
アルトの声色をした女の子の声が聞こえてきた。
「誰?」
「ボクは羨ましいよ。図体ばかりが大きくなって、ほんとキミになりたいくらい」
上のほうから声がして目を向けると。民家の屋根に彼女がいた。
「カッツェンだよね?」
「……セロ?」
「ご明察」
セロ女王陛下は優雅とはとても名状できない軽装で、軽く屋根から飛び降り、空中で身体を一回転させ、姿勢の乱れもなく両足で着地した。
「いまの時間、とても運がいいよ」
そよ風が吹いて、セロの短髪をそっと揺らした。
「カッツェン、いまも作曲してる?」
「う、うん」
「嬉しいな、実はボクもいま作曲してるんだ」
すると風が強くなり始めた。
「あ……タイミングがようやくやってきた。聴いて……」
強い風当たりを感じ始めたあたりで、山々からメロディが聞こえてきた。
風車の羽の回り方はどれも一様な速さの回り方ではなかった。まるで風車たちが個性を持っているかのように。
山と風が創り出す音楽だ。カッツェンは胸の内が癒やされていくように、その自然の音楽に聴き入っていた。
「風車には音を鳴らすカラクリが仕掛けられてる。微妙な風速の違いで違う高さの音を鳴らすようできてるんだ。風車の羽の重さを変えてみたり、羽の形を微妙に非対称にしてみたり、そうやってこの偶然性の高い音楽を創り出すんだ」
難しいことはよくわからない。けど、このすべての風車が楽器になっている。カッツェンは自身の琴線が振るえているのを感じた。風車が奏でるこの音と共鳴するように。
「空気の流れにはムラが必ずある。それを利用して創ったボクの実験音楽だよ」
「実験音楽?」
「まだいろいろあるんだ、身体を叩いたり唇を震わせたり歯をカツカツと音を立てたりして楽器をひとつとして使わない音楽を創ったり、傍から見るとミニチュアの迷宮みたいな形をしたガラスの容れ物にビードロの玉を落としてその跳ね返る音で音楽を創ったり」
湖に、いびつな形をした鉄球を落として複雑な波紋を作り、その非対称な波の形と不規則な動きを利用し、その波で海上に設置した大きな鈴を鳴らして音楽を創ったり。インクの染みでできた模様の中心に向かって螺旋を描き、そこからある法則で音の長さと高さを割り出して音楽を創ったり。
「音楽の話はあとにしよう。セロの作曲活動には興味があるけど、一日かけて語り尽くすの難しそう。それにいまは積もる話があるんだ」
これ以上話を続けさせると長くなるので、さすがの音楽好きなカッツェンもここで止めに入る。
「ごめんごめん、つい熱が入っちゃって」
「本当。セロはいつも話に熱が入っちゃって、周りが見えなくなるよね」
「あははは」
ときどきネジが外れることがよくある女の子だけど。彼女ならきっとカッツェンの話を聞いてくれる。そして、何とか対処してくれるはずだ。
「僕に協力して欲しい、セロ」
「なんでも言って」
「リネル国とベニアカネ国と平和条約を結んで欲しいんだ」
「……」