歌をひとつ /1 sagaro.../
文字数 2,263文字
「これは何?」
「コーヒーというものだ」
書斎机を正面にして置かれた円いテーブル、それを挟むようカッツェンとシアリィは座る。
コーヒーを飲んで彼は顔を歪める。それを見てヒアリィは「まだまだ子供だな」と抜かす。むっとするカッツェン。
このコーヒーなる飲み物を淹れたのは、シアリィ自身だった。メイドや使いの者に淹れさせればいいのに、とカッツェンは言ってみる。
「客人を王みずからもてなすのが、この国の王のやり方だ」
と女王陛下自身がお答えになった。なるほど、これほどまで人をもてなす姿勢は評価に値する。あとはその口の悪さを直してくれさえすればな、とカッツェンは思う。
全体的に暗い色調が占める書斎は、実に質素な印象があった。
黒光りして高級そうな印象はあるものの、すべての物品は安い材質の物を使っているものと見立てられる。すべての家財が黒い塗料とニスを塗ってある。
金をなるべく使わないところにシアリィの節約美学はあるようだ。だが、ここに来るまでにベニアカネの軍人と遭遇した。それが一人とか十人なら、まぁ普通の国にもありそうだが。さっき隊列を組んだ軍人が行進してるのを見た。
カーテンの隙間から漏れ出る日差しが、唯一の光源で。それがシアリィの涼しく憂いのある雰囲気と混じり合っていた。
「大陸分割条約があってから、時すでに三〇〇年か。実に長い、大陸を再び統一しなくてはならないのが私たちの課題だ」
「そのことなんだけどさ、シアリィ」
「なんだ?」
「単刀直入に言うよ、リネル国とブリオーダ国と平和条約を結んでよ」
シアリィの表情が歪む、一瞬だけ眉が上がった。それは彼女のソーサーにもある苦そうなコーヒーを飲んだからではない。
「目的はなんだ?」
「この星に、危機が迫っている。三ヶ月後、この地に黒い流れ星が落ちてくる」
「……」
「流れ星はこの地に穴を開ける。そして、地は氷のように割れて、みんなバラバラになってしまうよ」
コーヒーをすすってシアリィは、木椅子にもたれ、腕組みを始める。
「三国と力を合わせて、その流れ星に立ち向かえというのか?」
「その通り、さすがシアリィは飲み込みが早い」
「ああ、その通りだとも。だがカッツェン、そなたの申し出をそう易々と飲むほど私も飲み込みがいいわけではない」
「駄目?」
シアリィは立ち上がり、カーテンを完全にすべて開けた。
「かつて三つの国は、白の国と呼ばれていた」
語り始めるに早く、カッツェンが手を上げる。そのようなこと、カッツェンは百も承知だ。
「三人の愚息が自分勝手に、法律作りも政治も裁判も、自分の裁量でやりたい放題やって……」
「愚息と言うな、私の先祖でもあるのだぞ」
「ああ、ごめん」
「そなたが子供であろうが、場合によっては不敬罪に処すところだ。寛大に許してやるが口の利き方には気をつけろ」
「ごめん、だけどともかくそれで、大陸は三つの国に分かれた」
そこでカッツェンは次のように話をつなげた。
「三つの国が白の国と呼ばれていたのには、理由がある」
「なんだ?」
「白が色を示すように、白の国は三つの魔道書を持っていたんだ。緑の魔道書、青の魔道書、そして赤の魔道書」
「魔道書。それが平和条約と流れ星の話題に、どう関係してくるのだ?」
「三つの魔道書は、白い魔法を創り出す。それが黒い流れ星に有効だと踏んでいるんだ」
だが、ここまで聞いてもシアリィはまるでさっぱりと言った感じで、無表情を貫く。
「それで……なんだ?」
「シアリィ、君たち……ベニアカネ国は赤の魔道書を持っている」
三〇〇年前からカッツェンが知っていた。六〇〇〇歳の彼ならば昨日のことのように思い出せる。
「僕は知ってるんだよ、大陸が三国に分割されたとき、三国はその魔道書を一冊ずつ相続されたんだ」
「……まるで、わからんな」
首を横に振ってシアリィは、左肘をテーブルに置いて、ため息をひとつ吐く。
「平和条約を結んでそして……」
「それよりもだ」
平和条約よりも大事なことがあるのだろうか。その言葉には一癖あって、カッツェンは口を曲げた。
「それより、そなたを直々に出迎えたのは私からも用があったからなのだ」
なんだろうか。その頼みに応えれば何かしら返ってくると期待して、カッツェンは耳を傾けた。
「曲をひとつ作ってくれないか?」
こんなときに国王が曲作りの依頼をされ、鳩が豆鉄砲を食らったようにカッツェンは怯む。作曲依頼は頼まれることはあっても、いまはそれどころじゃなく、彼はなんとしてでも話を進めたかったのに。
「この国にはろくな作曲家がいない。いまの時代、最新の楽典を勉強しようにも、ベニアカネは他国への渡航や留学は認めてないからな」
「留学くらいさせたっていいじゃん」
「駄目だ。相手国に諜報の疑いで捕まる可能性が高い。逆に渡航経験者がベニアカネ国へのスパイに仕立て上げられる恐れもある」
「考えすぎだよ、じゃあ僕のことはスパイだとは思わないの?」
「客人は信頼する、逆を言えば信頼に値しない者は客人として扱わない、それだけだ」
シアリィは、コーヒーを飲み干して、ソーサーにゴツッとカップを置く。
「いいよ、曲を作ったら、僕のお願い聞いてくれる?」
「前向きに考えてやろう、王国議会にも議題として取り上げる。ウソではない」
「うん、それで、どんな曲を作って欲しいの?」
「軍歌だ」