三君主の再会 /3 amanelo riurma/
文字数 2,195文字
思うにクリオーネが外交の場に姿を現す。三国の女王が、女王陛下として一同に、顔を合わせるのはこれがはじめてである。
がたがたと揺れる高級馬車の椅子。
クリオと同席して、カッツェンは彼女と会話を交わす。
「ねえ、クリオ」
緊張した面持ちで、こちらに顔を向けずに「何かしら?」と聞いてくる。
「僕は親書を見てないからわからないんだけど、クリオーネたちはどこで会議をするの?」
クリオーネが手をあげて、いまの話を聞いていた従者の一人が渡した。それは地図であり、行き先の場所が赤インクの筆跡で囲われていた。
「セロ女王陛下は親書でこうお伝えになりましたわ。どこでもない場所にしてどこでもある場所と」
「どういうこと?」
「さぁ、わたくしにはわかりませんわ」
大陸の地図、筆跡で囲われたところには、シハロフと書かれていた。
そこでカッツェンは、はたと思い出す。もしかして、そこは昔……。
「ねえ、クリオは覚えている?」
「覚えてる? 何のことについてかしら?」
「むかし、僕たち四人が集まって遊んだことがあったじゃない」
それを聞いてクリオーネは、なぜか目尻をつんと尖らせる。よほど気を張り詰めているのだろうか。
「四人って?」
「僕とクリオと、そしてシアリィとセロだよ。君たちが子供のころ、遊んだじゃない」
「何……? 何をおっしゃってるのか、よくわかりませんわ」
このシハロフと記されたこの場所にカッツェンは覚えがあった。
もっともそこは名も無き土地であった。つまるところ、三国のどこにも所属していない場所。逆を言えば三人が心置きなく会うことのできる場所だった。だからこそ、カッツェンは昔、女王陛下になる前の三人と遊ぶ機会を作ったのだ。
もしかして、セロの言うどこでもない場所であり、どこでもある場所というのは……。
丸二日を挟んでの明け方、ようやく馬車はシハロフと思しき場所へ到る。
「ずいぶんかかりましたね」
動かないというのも疲れるものだ。もっとも一番苦労したのは、馬と御者と従者だが。
馬車を降りる。道からはずれると、どこまでも続く平原が広がっていた。
先ほども言ったようにこの場所は、リネル、ベニアカネ、ブリオーダのどの国にも属さない場所だ。
だが、平原の中に家が一軒建っていた。
「あそこかもしれませんわね」
従者が気を利かせて、車輪のついた椅子を持ってくる。何しろクリオーネは厚手のドレス姿なのだから、ここを歩けばどうしても裾が汚れてしまう。
しかしながら、クリオーネはこう言った。
「自分の足で歩きますわ」
「なりません」
「いえ、行かせてください」
無理強いをしてクリオーネはドレスの裾に土がつかないよう少しばかりあげながら、自分の足で歩いた。
「クリオ」
そして、建物へと近づいていく。
そこでカッツェンは口を開ける。
「まさか……」
そう、そこはかつて三人が遊んだ場所だった。カッツェンが昔に連れてきた場所だった。
誰も住んでいない家を見つけて、そこで気が済むまで遊んだ想い出深い場所だ。
それなのにそこは何も変わっていなかった。
家も傷んでいる様子はない。むしろ前よりかは綺麗になっている気さえする。
「クリオ、思い出せない?」
「わかりませんわ……」
そう言いながら進んでいくと、向こうから一人こちらにやってくる。
黒髪と黒い軍服さながらの装いだ。彼女はスカートではなく、礼装のズボンをしている。
「クリオーネ女王陛下」
「シアリィ女王陛下ですわね。公のこの場ではお初にお目にかかりますわ」
どうやら二人は互いに初対面と思っているようだ。
「む……」
奥歯に物が挟まったように顔をしかめるシアリィを見て、カッツェンは「おや?」と思う。
「どうしたの? シアリィ」
「いや、何か既視感のようなものが拭えなくてな……」
「そりゃそうだよ、僕たちはむかし、ともにここで遊んだ仲なんだから」
二人は黙り込む。かえって気まずくしてしまっただろうか。
クリオーネはかつてここで遊んだことを覚えていない。
シアリィは感覚で覚えているようだが、その感覚に正直でいることができない。
「ようこそ! シハロフへ」
新築したように綺麗になったあの家から、アルトの声が響いてくる。セロだ。
「セロ女王陛下ですわね」
セロを目前に二人の女王が顔を堅くする。
クリオーネはドレス、シアリィは軍服、それに比べてセロはフォーマルな感覚を考えず軽装でのご登場だ。それだから顔をしかめずにはいられないのだろう。
「そして、おかえり。二人とも」
カッツェンは、おや? と思った。
セロがここに呼び出したこと。そして何よりセロがこうやって迎える言葉を用意しているということは。
「忘れてしまったのかな? キミたちはかつてここで心をともにしたんだよ」
そう、セロは覚えていたのだ。この場所で四人と遊んだことを。そして、このシハロフという場所の名前。
「ここ、シハロフは僕が名付けた場所だよ。キミたちは忘れてしまったのかい?」
セロから顔を背けるどうしようもなさが、なんとも……。
でもどういう形であれ、三人は再会を果たしたのだ。そしていまここでともに歩む瞬間が近づいていた。暗闇星を打ち砕くために。