花火 /Kruxy wekro/
文字数 2,418文字
「へぇ、シアリィは軍歌を作ってくれって言ったんだ。ベニアカネ国らしいや」
先のこともあってカッツェンは疑心暗鬼になっていた。できればセロを信じたい。
「大丈夫だよ、ボクはちゃんとカッツェンが納得する形で平和条約までこぎつけてあげるから」
カッツェンの顔色を窺ってセロは答えてくれた。
「うん、そして。暗闇星からこの星を守るために……」
「そこからボクは手をつけないよ」
やはりセロに任せるのは無理なのだろうか。でも、そういう意味ではなかった。
「そのときは、ボクではなく『ボクたち』がやるんだ。平和を守るのはボク一人ができるゲームじゃないからね」
そう言いながら、アルト声で鼻歌をふんふんとセロは歌う。
「でも、その代わりと言ってはなんだけど、ボクからもあるお願いをしていいかな?」
「いいよ、もちろん。僕でできることであれば」
「キミに光のタクトを持って欲しいんだ」
光の、というのが意味が取れないが、要するに指揮者を務めてくれということだろう。
「どんな曲?」
セロが一枚の楽譜を渡す。
そこには音符と休符が並んでいたので、楽譜には違いない。しかし、音符記号が普通のものと違う。音符には長さの表記の他に、数字が付記されており、1から50まで書かれている。
そして、もうひとつ気づいたのが、休符記号を除いたすべての音符が、十六分音符(音の長さが非常に短いということ)になっていたことだ。
絶対音感を頼りにどんな旋律になるのか、頭の中にあるチェンバロで弾いてみる。迫力があるし、心に訴えてくるような曲とわかる。ただ、インパクトが強すぎて、この場限りの一発の曲として終わってしまうかもしれない。
「この曲は何の楽器を使うの?」
楽器の記載がなかった。そもそも、楽譜が並列に書かれてない。この一枚だけを見る限りだと、演奏者は一人だけと思える。
「それは、現地に行ってからのお楽しみだよ」
「現地って?」
「決まってるでしょ?」
薄明かりの差し込む廊下のカーテンを、セロはシャーっと開く。
まだ夕刻かと思ったら、そうではなかった。街灯の輝きで、国は溢れていた。
「夜に賑わうこの場所の中心にだよ」
セロに付き添われるまま到着した場所で、カッツェンは驚く。
城下町の外れ、夜中に草木が生えて虫の声色が響く場所にいた。
カッツェンがそこで驚くものを目にする。そこには大砲がずらりと並んでいたからだ。
もしかして、セロもベニアカネと同じく戦争をする国なのだろうかとカッツェンは訝る。
「カッツェン。なんで、そんなガチガチになった顔してるの?」
「だって、これ、戦争に使う……」
「おーい、五十番担当、一発撃ってみて」
「ハッ!」
大砲の着火音とともに、天上に炎の玉が飛んだ。火球は空中で暗闇に消えたと思った瞬間、パンッと高い音を立てて弾ける。そして、綺麗で大きな炎が空に咲き開いた。
「セロ、これは?」
「これはねカッツェン、花火っていうんだよ」
大砲で空に打ち上げると、火でできた花が空で開くという。
昔の文献を漁っていたセロは、先代の嗜みについて調べ、花火を説明した記述に見つけたという。文献の説明通りにやると花火は、火の玉が浮かんで落ちるだけ。放物線を描くだけの味気ないものだった。セロは何度か実験を繰り返して改良を加え、空中で爆発させるという手はどうかなど工夫を凝らし、さらにはそれをより綺麗により大きな花火を作ることに研究を重ね、いまの花火を完成させたという。さすが、ゲームに長けた女王陛下だ。
そして。
「カッツェン、音楽っていうのは耳で楽しむものじゃないんだ。見ても楽しいのが音楽だとボクは気づいたんだ」
彼女がひとつのタクトを見せる。
それはやや大振りのガラス製のタクトだったが、タクトの中で何かが光っていた。
「これは?」
青く光るそれをカッツェンは不思議がって見る。
渡したセロ本人も不思議な顔でそれを見ている。
「近くの湖から採ってきたんだ。夜中になると青く光るんだ。神様のお酒をネクタルってあるよね、ボクは見たことがないけど、きっとネクタルもこんな色に輝いてるんだろうなって思うよ」
カッツェンが六〇〇〇年のあいだに見たことがないものだった。
セロは本当にどんなものにも、のめり込んでしまえる質(たち)だ。どんなものにも研究熱心で、これが二〇〇年は生きられたとすれば、すべての真理を解き明かせるのではないかと思うぐらいだった。
「二十五番、二十九番、そして三十二番。撃てぇーい!」
セロがタクトを掲げ、三発が同時に発射される。夜空に三つの花と、そして「ド、ミ、ソ」の和音が咲いた。メジャーコードが響いて、空が明るく見え、明るく聞こえた。
「これ、もしかして……」
「撃つのは全部同じ弾じゃないんだ。担当ごとに異なった弾を撃つよう指示してるんだ。二十五番はドの音が鳴る花火、二十七番はレの音が、二十九番はミ、って具合にね」
道理で音が綺麗に聞こえるわけだ。人工的に作られた音であれど、それは綺麗だ。作曲とはそういうものだと、カッツェン自身思っている。
演奏が始まった。振ってカッツェンはチェンバロを弾くように、髪を振りながら、光のタクトを振るう。大砲は花火を次々と放つ。
綺麗な五十の音が調和よく並べられているのがわかる。
天上の視界まで統一的に保たれているようである。セロはまさに空の女王陛下でもある。彼女はこの領土だけでなく、大空も支配しているのだから。そんな節をカッツェンは思い浮かべる。
音楽を見るなんて、楽譜を見たり、演奏家たちの素振りを見たりするときだけかと思っていた。それが今日、こんな形で音楽を見ることになるのが、カッツェンは胸が震えた。