シアリィ /Siary Vienia-carne/
文字数 2,404文字
「何日ぶりになるかな、シアリィに会うの楽しみだな」
すでに伝書は届いているだろう。カッツェンがかわいがっている鳩は手紙を送る約束を守る。
朝焼けに染まる頃合い、馬を止めて降りた。カッツェンが何かを見つけた。サビが酷く、黒く汚れ、見つけた「それ」が何か、わからなかった。
ティンパニのように大きく、穴が開いており、着火装置で黒色火薬に引火して使う楽器とカッツェンは判断した。
煤に紛れ黒色火薬が少量残っていた。カッツェンは付属の着火装置で火花を散らし、それが燃え移った瞬間、ドン! と轟音を立てた。
「ひええ、乱暴な楽器だなぁ」
ところが騒がしくなってきたのは、その後だった。
遠くから、何人かがこちらにやってくる。草をかきわけ、丘をのぼってきた。
カッツェンは急ぎで馬に戻るため、駆け足に。
騒ぐ声はさらに近づき、とうとう死角の低地からこの丘の高みに、人陰がガサッと現れる。
「カッツェンか!」
「え?」
朝の日差しを弾く、夜に紛うほどの黒い長髪が風に靡く女の子だ。
カッツェンの記憶に間違いがなければ、彼女は今年すでに十七。
「シアリ……」
間違いなく見識があるシアリィ女王陛下だ。シアリィは自身の小さな唇に当て、息を吸って歌い始めた。
Arcimelda hoic hoic.(いたずら野ウサギは、どこだどこだ)
Armuldera hoic hoic.(いたずら飼ウサギは、どこだどこだ)
Na mur da-da. Na mur da-da.(そなたのヒゲを引き抜こう、そなたのヒゲを引き抜こうか)
El becceo culoman zir zeda.(生かすか殺すか、私はそなたが欲しい)
Sally tog dam line.(来たる客人のために)
Orga galma melite orna.(そなたの生命が欲しいのだ)
Sally tog dam line.(来たる客人のために)
Orga Orga galma melite orna.(そなたを土産にしたいのだ)
無理に高音にまで声を持って行こうとする不器用な歌声だ。昔から聞き慣れたバリトン声に、カッツェンはボーイソプラノまで声を伸ばして歌を返す。
Nana en morgania tel me.(僕は自由にして飢えてはいない)
Nana en gania tel memor.(僕は豊かにして不自由してない)
Belna hio Arcimelda-cimelda.(野ウサギもいらない)
Belna hio Armuldera-muldera.(飼ウサギもいらない)
Ponoloa hialo ten daloh.(野に放つが幸せ)
Catza leska tol moma daloh.(首輪をはずすが幸せ)
Merma im alel doz melch daloh.(その幸せを僕はいただきたい)
そして自分の胸に手を当ててカッツエンは、この東国の女王陛下の前にひざまずく。
Varna Omger helma tila asta.(僕の愛しき女王陛下へ)
Para doni dole dola mastif.(明日の光が現れしとき)
Eloma ar secta lor.(僕はそちらに向かいます)
Falma edo bolia giga dagla astaf.(僕が向かうためでも)
Falma helma tilab asta.(女王陛下のためでもなく)
Selo firroi amna mela.(愛しさをお連れするため)
Selo polkia dosti.(世界臣民のため)
「その歌詞、そしてその音程。手紙の内容と一字も違わない。お前はイタズラウサギではなく、紛れもなくカッツェンのようだな」
「そして君は間違いなくシアリィ女王陛下。相変わらず下手だね、その歌声」
芝居がかった雰囲気を漂わせる二人だった。カッツェンの言葉を聞き、シアリィは目を細め、咳払いを立てた。
「歌詞を送りつけてきたのはそなたではないか、カッツェン。歌には歌で返しをするのが筋というもの」
「僕をウサギか客人か見分けようとしたのに?」
「ふっ、悪く思わないでくれたまえ」
しかし、わざわざシアリィが歌わなくてもよかったのにと思って、カッツェンは嘆息する。
「他の人に任せればよかったんじゃない?」
「私は卑怯者ではない。国王が直々に出向き、そなたを迎えるのがこれまた筋というもの。そうであろう?」
「無理にそのハスキーボイスでソプラノ声を出そうとするんだから」
逡巡した顔で、シアリィは目線を横に動かす。
「それに、やるなら楽器だっていいじゃん。笛とかバイオリンとかチェンバロとか」
すると、深刻な顔でシアリィはカッツェンを見る。
「私の国では楽器は一切作っていないのだ」
「そんなことないでしょ、さっきの大きな音がする楽器があった。あれだけ迫力のある楽器はないよ」
「あれは、楽器ではない」
先ほど巨大な音を立たせた楽器を、シアリィは見やる。
「大砲だ」
「……」
「無論、婚約の儀に使う祝砲ではない。人を殺すための大砲だ」
そこでシアリィは、くっくっくと笑いながら、作り笑顔でない正真正銘の微笑みになる。
「てっきりリネル国かブリオーダ国が攻めてきたのかと思ったぞ。私も反撃の準備に入ろうかと危うく決断をするところであった」
あの暗闇星が差し迫っているというのに。シアリィたちは国と臣民のこと、そして相手国の脅威のことしか考えていない。